第20話(最終話):ため息をつきながら、明日へ歩き出す
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ついに迎えた最終回。平和な港町で束の間のスローライフを満喫するルイスたちの前に、再びあの忌々しい「お迎え」が……!? 十一度目の幕引きと、終わらない日常を描く最終話、ぜひお楽しみください!
第20話(最終話):ため息をつきながら、明日へ歩き出す
世界が平和になってから、どれくらいの時間が経っただろうか。
王国中を巻き込んだ「英雄行方不明事件」は、しばらくの間ちょっとした都市伝説になっていたらしい。「世界を救った最強の旅人は、報酬も名誉も一切受け取らず、風のように去っていった」――そんな美化された噂が勝手に一人歩きし、吟遊詩人たちの格好のネタになっていると、どこかの酒場の耳寄り情報で耳にした。
だが、当事者であるルイス・クラウドは、そんな世間の喧騒から遠く離れた、大陸の端っこにある小さな港町の宿屋のベッドで、相変わらず盛大に寝息を立てていた。
「――んぁ……、もう朝か……?」
ごしごしと目をこすりながら上半身を起こす。
窓の隙間から差し込む朝日は柔らかく、潮の香りと波の音が心地よく部屋に流れ込んできている。前回の世界、前々回の世界で味わったような殺伐とした空気も、神様の理不尽な怒号もない。ただ、どうしようもなく平和で、気だるい朝がそこにあった。
部屋の扉がトントンと軽く叩かれ、すぐにガチャリと開いた。
「ルイス! いつまで寝てるの! お昼過ぎちゃうわよ!」
呆れたような声とともに、エリスが部屋に入ってきた。相変わらずの赤髪をポニーテールにし、手には買ってきたばかりの焼きたてのパンと、湯気の立つスープの入った木製のトレイを持っている。
「ん……。朝からうるさいぞ、エリス。もう少し、こう……人生の余韻に浸る時間というものがだな……」
「余韻に浸ってる暇があるならさっさと起きなさい! 昨日の夜も『もう二度と動かない』って布団から出なかったくせに!」
エリスはテーブルの上にトレイをドンと置くと、不満そうに腰に手を当てた。その表情は呆れながらも、どこか楽しげだった。
遅れて、ルルアもひょっこりと部屋の顔を覗かせる。
「先輩、おはようございますぅ。今日の朝ごはんは、近くの市場で仕入れた新鮮な魚のスープですよ。すごく美味しいです!」
「お、マジか。それはちょっと評価する」
ルイスはのそりのそりとベッドから這い出し、ボサボサの頭を掻きながらテーブルの椅子に腰掛けた。
スプーンでスープを一口すする。優しい魚のダシと塩気が、十回分の人生の記憶と疲労で重くなった胃袋にしみわたるように染み込んでいく。
「……うん、悪くない」
「でしょ? せっかく平和になったんだから、こういうスローライフをもう少し満喫しようよ。魔王もいなくなったんだし、もう急ぐ必要なんてどこにもないんだからさ」
エリスが向かいの席に座り、自分で用意したパンをかじりながら言う。
その通りだった。魔王は消え、世界は救われ、神様の理不尽なシナリオもとりあえずは粉々に破壊した。今の彼らには、誰に強制されることもない、完全に自由な時間が広がっている。
だが――ルイスはふと、窓の外の青空を見上げた。
心のどこかで、嫌な予感がずっと消えないでいた。
あの日、神界のモニターを物理で粉砕したとき、世界の神は確かにこう叫んでいた。『次こそは絶対に、私の思い通りの感動的な大冒険をさせてやるからなァァァ!!』と。
「……なぁ、エリス」
「ん? なによ、急に真面目な顔して」
「もしさ、明日あたりに突然空が真っ赤に割れて、超絶うざい神様が降って湧いてきて、『十二回目の世界へようこそ! 今度の君の役目は伝説の勇者ではなく、魔王のペットです!』とか言い出したら、お前どうする?」
「……は?」
エリスは食べていたパンを喉につまらせそうになり、盛大にむせた。
「なによそれ!? 魔王のペットってなに!? そんなの絶対嫌よ! そもそも神様ってそんな適当なこと言うわけ……」
「いや、あいつらなら平気でやる。なにせ前科が十回あるからな」
ルイスは遠い目をして、心の中でこれまでの十度の人生の「クソ仕様な転生トラウマ」をカウントした。
元カノに刺されて始まった最初の死。
それから続く、無茶苦茶なルール、理不尽な戒律、そしてなぜか勝手に倒してしまう魔王たち。
疲労も、絶望も、達観も、すべてがこの頭のなかにこびりついている。やる気だけは永遠にゼロのままだ。
しかし――。
ルイスは、目の前でガタガタと文句を言いながらスープを分けてくれるエリスと、それをニコニコしながら見守るルルアの姿に視線を落とした。
十度の人生で、ひとりで孤独に世界を救い(あるいは滅ぼし)、誰にも頼られず、ただただ消費されるように死んでいった過去の自分。
それに比べて、今の旅はどうだ。
めんどくさいと文句を言い、夜逃げをして、神様にキレられて……それでもなぜか、こうしてくだらない朝を一緒に迎えてくれる仲間がいる。
「……まあ、いいか」
ルイスは小さく呟いた。
「何か言った?」
「いや、何でもない。スープが美味いって話だ」
ルイスは苦笑いを浮かべ、カップを飲み干した。
――その時だった。
ピーーーーッ、と、現実世界のものとは思えない、異様な電子音が頭の直ぐ奥で盛大に鳴り響いた。
窓の外の青空が、パキリ、とガラス細工のように一瞬だけひび割れ、見なれた黄金色の光の粒子がちらほらと舞い始める。
『――ふふふ……よくも休んでくれたな、ルイス=クラウド!! 十一度目の世界はこれで終了だ! 十二回目の舞台へ、今すぐ強制転移――』
頭の中に直接響いてきた、あの忌々しいブラック上司――世界の神の声だった。
「…………」
ルイスの手が、ピタリと止まった。
エリスとルルアが「えっ……? なんか今の声……空が変じゃない!?」と青ざめて立ち上がる。
ルイスは、わずかにため息をついた。
本当に、一息つく暇もない。相変わらず神様は仕事熱心で、そして最高にめんどくさい。
「おい、エリス。ルルア」
「る、ルイス! これって……!」
「ああ、どうやら休暇終了のお迎えみたいだ」
ルイスは椅子から立ち上がり、ベッドの脇に立てかけておいた神話級の魔剣――前回の戦いでなぜかまた荷物にしれっと混ざっていた厄介な相棒――を、ダルそうにひょいと掴んだ。
頭の奥には、変わらず十回分の疲労と、途方もない気だるさがこびりついている。
やる気なんて、最初から一欠片もない。
それでも、ルイスは口の端をふっと緩め、いつものやれやれ顔で一歩を踏み出した。
「行くぞ。……どうせ次の世界でも、俺はまたグダグダと魔王を倒して、あのクソ神を盛大にキレさせるだけだろ――」
十一度目の幕が下り、十二回目の世界へ向かう足音が、静かに、そしてどこか面倒くさそうに響き渡る。
英雄になる気なんてない。ただ眠り、文句を言い、時折助けた人間に押し切られるだけ。
それでも彼は、今日もため息をつきながら、明日へ向かって歩き出すのだ。
第20話「ため息をつきながら、明日へ歩き出す」をお読みいただき、「小説家になろう」風テンプレ要素とシュールコメディを詰め込んだ全20話の物語が、ここに完結となりました!
元カノに刺されて始まった駆の人生が、十度の転生を経てルイス・クラウドとなり、やる気ゼロのまま十一回目の世界でも魔王と仲良くなり、最後は神様をブチギレさせながらも日常へと帰っていく――そんな「どうしようもない救済」の旅をお楽しみいただけたでしょうか。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました! ルイスたちの(おそらく終わらない)グダグダな次の世界へ、皆様も心の中で盛大にため息をつきながら、またお会いできれば幸いです!




