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 男の子の無邪気な様子、けれど明らかに異様な雰囲気を醸し出している状況に、三人は各々顔をひきつらせた。

 櫻子はごくりと息を飲み、芽亜里はあまりもの恐怖に声も出ない。諦は目を見開く。

 女子二人は唐突に現れた存在に目を奪われていたが、諦はもう一つ、重要なことに気づいた。

 男の子が抱き抱える人形。

「その人形は……」

「あ、紹介がまだだったね! ボクの友達の薄露(はくろ)。とってもかわいいでしょ」

 自慢げに示すのは片目が取れかけのボタンに口が継ぎはぎ、毛糸のぼさぼさ頭の人形だ。

 間違いなく、櫻子たちが探していた人形だ。他に同じ人形があるというのなら、見てみたいものである。

「それが友達だなんて、趣味がどうかしているな」

「櫻子!」

 櫻子の発言に諦が櫻子を慌てて止めながら押し倒す。櫻子の頭があった辺りを、ひゅん、と何かが通りすぎる。風圧で芽亜里の髪が少し乱れた。

 ずどん、と後ろの方で音がしたので、三人共そちらを向く。そこにはゲームなんかで見るような、吊り下げ斧が落ちていた。当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。何せ、ここはゲームの中ではないのだから。

 とはいえ、今起きたのはゲームより奇妙なことだ。ここはごく普通の公園である。吊り下げ斧なんて物騒なものはない。そんなものがあったら住民に通報されているだろう。

 こういう奇妙な事柄の擬似体験──ゲームの経験のある諦はすぐわかった。ここはたった今、ただの空間ではなくなったのだ、と。

 諦が察すると同時、男の子が朗々と語り始めた。

「ここはね、ボクが好きにできる空間なんだ。掌の上ってやつ。だからさ」

 色素の薄い灰色の光彩が嗤う。

「ボクの機嫌を損ねないようにね? 櫻子お姉ちゃん、芽亜里お姉ちゃん、諦お兄ちゃん?」

「な、なんでオレたちの名前を」

 いともあっさり紡ぎ出された三人の名前。この男の子とは三人共初対面のはずだ。諦が思わず振り向いた先で、櫻子も芽亜里も首をふるふると横に振る。

「なんでって、ここがボクの掌の上だからだよ」

「個人情報駄々漏れ的な……?」

「そうそう! ボクは普通の人と違ってデリカシーのないことは言わないから安心してよ! といっても、この空間にいるのはキミたちを知っている人ばかりだから、今更隠してもどうしようもないけどね」

「へ?」

「他にも人が巻き込まれているのか」

「そうそう」

 男の子はにこにこと告げる。

()()()()()()()()()

 復唱された言葉に櫻子が違和感を抱く。だが、違和感の正体は掴めない。そもそも、この男の子の存在そのものが掴みどころがないのだ。目の前にいるのは確かなのに、こうして喋っているのに、異様なまでに存在感が希薄に感じられる、というか。

 この感覚を芽亜里と諦にも伝えるべきだろうか、と束の間考えるが、やめた。共有したところでどうこうなる問題ではない。感覚的なものというのは特に。感じ方なんて、各々異なるものなのだ。そうして櫻子は言葉を飲み込んだ。

 男の子がそんな櫻子をじっと見つめていた。それは「穴が空くほど」と形容しても過分ではないくらいに。櫻子がその視線に気づいて、男の子の方を見ると、男の子はにい、と笑った。背筋に悪寒が走る。無邪気で微笑ましいもののはずなのに。

 そんな男の子を諦がぽこ、と殴る。殴るといっても痛みを伴うほどのものではなく、軽く叱ったり、からかったりするような仕草だ。

「こら、デリカシーのないことはしないとか言った傍から色目使ってんじゃねえよ」

「あ、アキラくん、お、お、怒らせたら駄目だよぉ……」

 芽亜里に指摘されて、ここがどのような空間か思い出し、諦は慌てて男の子から離れた。ちら、と見やった向こうには先程落ちてきた吊り下げ斧。未だに実感は湧かないが、夢とも現実ともわからない空間に閉じ込められているのだ。迂闊なことをして、殺されかけたらたまったものじゃない。

 しかし、男の子は全く怒っている様子はなかった。相変わらずにこにこにこにこと笑い、芽亜里に向かっておどけた調子で言う。

「やだなぁ、じゃれあいでしょ? これくらいで怒るほど、ボクは狭量じゃないよ」

「むむむ難しい言葉知ってるね!?」

 話しかけられて動揺が隠せない芽亜里。まあ、芽亜里はいつもこんな調子だが。

「で、結局ここはどこなんだ?」

 櫻子が本題に戻す。そう、掌の上、とは言われたが、それではこの男の子が超常的存在ということくらいしかわからない。

 男の子はあどけない顔で笑った。

「わかんない? お姉ちゃんたちの思い出の公園だよ?」

 ──改めて、辺りを見回すと、そこは子どもたちの憩いの場に相応しい公園であった。日の下に照らされるブランコ、ジャングルジム。かくれんぼなどに使える定番の穴が空いたでこぼこ山。公園は植木で囲ってあり、大きな木が片隅にある。こんな暑い夏の日に、あの木の木陰は避暑地として重宝されたものだが、枝が間引かれて、あまりその役目に適していないように見える。

 木の近くには公衆トイレがあった。二年ほど前に回収工事が入り、清潔感のある場所になったと記憶しているのだが、見ただけで鼻をつん、とつくようなアンモニア臭を想起させる小汚なさだ。

 公園の中央には蛇口がある。一般的な上下に口が動かせるものと、噴水タイプのもの。夏には蛇口を上に向けたり、噴水式のものを加減なしにひねって水を飲んだり、浴びたりした。想定外にびしょ濡れになることもあったが、それもまた懐かしい思い出である。

 ここは確かに櫻子たち三人が遊んでいた公園だが、その姿は確実に櫻子たちが遊んでいた十年以上前の姿を保っている。ここは櫻子たちの知る公園であって、そうではない。

 櫻子が言葉に詰まっていると、男の子はひらひらと手を振った。

「まあ、お姉ちゃんの言いたいことはわかるよ。ブランコは丈夫すぎる鎖が危険だし、立ち漕ぎしたり、飛び降りたりする子どもがいて、怪我人も出たから今は木の板が外されて、鎖はぐるぐる上にまとめられてる。ジャングルジムは、自分の大きさを理解できない子どもがはまって動けなくなる事件があったから撤廃されて、本当はあそこには子どもが乗ってゆらゆら揺れる動物の乗り物があるんだ。穴の空いたでこぼこ山はね、あそこに隠れた子どもが熱中症になったから撤廃されて、今はベンチがあるんだよね。水道はほとんどそのままだけど、蛇口に口をつけて飲む人がいるから衛生面が問題視されて、噴水式のは外されて、下の蛇口は向きを動かせないように調整された。その分、涼が取れるようにって、木を間引く時期を秋にずらしたんだ。別にここの木は紅葉もしないしね。公衆トイレはもっとぴかぴかで、壁が綺麗だったかな。トイレもちょっと綺麗なのに変わったんだよね」

 男の子が語ったのは、櫻子たちすら把握していなかった公園の変貌だった。男の子は肩を竦める。

「勿体ないよね。せっかく子どもたちが健全に遊べるちょうどいい遊び場だったのに、ちょっと大きくなった子どもの行動でこの公園は今やないも同然だ。少なくとも、子どもの遊び場としては機能してないよね」

「そ、そうなのか」

「あれ? お兄ちゃんたち、知らなかったの? 思い出の場所のことなのに?」

 むしろ、この男の子こそ、何故ここまで詳しいのだろう。せいぜい小学生手前くらいの年齢だろうに。

 それに、未就学児にしては難しい言い回しをしていた。超常的存在とは思っていたが、一体何者なのだろうか?

「ところでさ、せっかく懐かしいものと再会できたんだから、遊ぼうよ。お姉ちゃんたち質問ばっかりで面白くなーい」

 しまった、と櫻子と諦は焦る。

 ここはこの男の子の掌の上。何をされてもおかしくない。前もって、機嫌を損ねないようにと本人から言い付けられていた。説明する姿は楽しそうに見えたが、元々「あそぼ」と言って出てきた子どもなのだ。こんな炎天下で小難しい話ばかりをさせられたのでは、それはつまらないことであろう。

「な、何して遊ぶの?」

 芽亜里が咄嗟に、男の子に目線を合わせて訊ねる。このときばかりは櫻子も諦も芽亜里を見直した。ここまでびびり倒してばかりいたが、長い長い説明を受けて落ち着いたのかもしれない。「お姉ちゃん」と呼ばれるに相応しい対応だ。

 男の子は太陽に向かって咲いた向日葵のように笑う。

「かくれんぼ!」

「かくれんぼ!?」

 何故か、ずざざ、と芽亜里が後退りして、しりもちをついた。別に迫られたわけでもないのに。

 まあ、芽亜里が大袈裟なのはいつものことだ。諦が話を進める。

「かくれんぼな。オレたち三人と、オマエ……」

「あ、自己紹介がまだだったね! ボクは亜都(あと)! よろしくね!」

「お、おう、よろしく」

 元気よく握手で腕をぶんぶん振り回されながら、諦はやたら元気だな、と思った。こうしていれば、年相応に見えるのだが。

 櫻子が次いで声を上げる。

「四人だな」

「違うよ」

 即座に否定され、櫻子はは? と聞き返す。諦も改めてその場を確認するが、櫻子、芽亜里、自分、亜都の四人のはずだ。

 いや待て、と諦は考え直した。薄露と呼ばれた神出鬼没人形を亜都は友達と言った。もしかしたら人数にカウントしているのだろうか。それなら、子どもらしいかわいい冗談ではないか。

 ──その読みは甘かった。

()()だよ」

「え?」

 三人の声が揃う。人形をカウントしたとしても、二人多い。

 亜都が、子どもの読む絵本で悪役がするような笑みを浮かべて問いかける。

「まさか、三人共覚えてないの? ひどいなあ、みんな友達だったのに」

「え、は……」

「ボク隠れるから、お姉ちゃんたち三人が鬼ね! 三十数えたら『もういいかい』だよ!」

 子どものような無責任さと身軽さで、亜都はどこかへ行ってしまった。

「どうする?」

 さすがの冷静沈着を表したような櫻子も戸惑ったようだ。芽亜里と諦を窺う。

「さ、三十数える……? それしかなさそうだよ」

「しゃあないな。何か知ってそうな亜都のこと見つけて、他に隠れてるやつのこと聞こう。何にせよ、よかったんじゃないか? これがさくらの言ってた第二段階ってやつだろう?」

「じゃあ、数えるか」

 後ろを向いて、目隠しをして。

 三人は声を揃えて数えた。

 いーち、にーい、さーん……

 間延びした数え方に童心に返ったような心地がした。そのまま三十まで数える。

「もういいかい」

「まぁだだよ」

「もういいかい」

 十を数え直してから再び問うと、()()()()声が元気よく返した。

「もういいよ!!」

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