ろ
櫻子、芽亜里、諦の三人は、炎天下の公園に集まっていた。私服姿である。
「な、なんだか久しぶりだね、学校以外で会うの……」
暑さのためか気恥ずかしさのためかは知らないが、ほんのり頬を赤らめる芽亜里の発言に、櫻子はそういえばその通りだ、と思った。
この三人、確かに保育園から一緒の幼なじみなのだが、今時の子どもの距離感というか、頻繁に家に行って遊んだりだとか、こうして公園で外遊びに勤しむような間柄ではなかった。学校で一緒に話していて楽しいとか、ミスをフォローしあったりとか、そんな程度の交流である。私服姿で会うのなんて、制服がなかった小学生以来ではなかろうか。
「さくらはその格好、暑くねえの?」
諦が怠そうに櫻子を見る。櫻子はハイネックのワンピースを着ているのだが、真夏とは思えないほど肌の露出の少ない格好であった。提灯袖にフリルのついた可愛らしいデザインのワンピースだが、ぴったりと腕のラインにフィットした黒い長袖が伸びている。膝丈のスカートの下には黒いストッキングを穿いている。ワンピース自体も焦げ茶をベースとした暗い色で、涼しそうにはとても見えない。
櫻子の姿で唯一涼しそうに見えるのは、ショートカットの黒髪くらいなものだろう。左側を軽く耳にかけている。
「日焼けするのが嫌でな。これは最近よくある汗をかくと冷たくなる素材でできたやつだ。しかもUVカット」
「美容意識のお高いことで……」
「あんまり涼しそうには見えないけど似合ってるよ、さくらちゃん!」
そういう芽亜里はと言えば、水色のリボンがついた白いワンピースに麦わら帽子である。足元は他二人がスニーカーなのに対し、サンダルだが、お洒落ではあるものの機能性が劣っているわけではないようで、小走りもなんのそのであった。
夏であるため、露出が高く、非常に芽亜里に似合っているのだが、普段の制服ではわからない、芽亜里のふくよかで女性的な部分が強調されており、諦は目のやり場に困っていた。
そんな諦がこの中で一番普通の格好をしていた。ハーフパンツに半袖のパーカー。野球帽を被っている。
「というか、帽子とかなくて大丈夫なのか、さくら。熱中症にならないようにしないと……」
「暑いと思ったらそこの水道で頭にがっと水ぶっかければいいだろう?」
「今時男子小学生でもそんなことしねえわ!」
何故櫻子は女性として容姿端麗なのに、性格というか、やることなすことが男性的なのだろうか。諦の言う通り、公園の水道から頭に水をぶっかけるなど、今時小学生でもしない。
この際、熱中症対策はさておこう。コンビニも近くにあり、三人共、スマホを持っている。三人全員一緒くたに倒れない限りは助けを呼ぶなり何なりできるだろう。
ここから本題である。
「で、結局どうすんの? さくらは視線を感じて、メアリーは人形が見えて、オレは声が聞こえる。メアリーの見た人形が視線や声の正体だとして、触る前に消えるんだろ? 対策とかあんの?」
「ない」
櫻子の即答に芽亜里と諦が固まる。それもそうだろう。この時期らしい怪奇譚かもしれないのだ。何の対策もなしに、何故集まったのか。
櫻子はすぐ言葉を連ねる。
「対策はないが、私たちが集まったことに意味はあるはずだ。視線、人形、声。それぞれ違うものを見たり感じたりしていたが、それが一つの線で結ばれたことに何の意味もなかったら、それこそ手詰まりだろう」
そう、この三人のそれぞれの違和感は、一つのことが共通したことにより、結びつけられた。
芽亜里がさっと顔を青くする。
「人形……」
「そう、それだ」
櫻子と芽亜里に声は聞こえなかった。諦は二人のように視認するまで気づかなかった。けれど、それは三人が同じ人形を見たことにより、無関係の理由から外れた。
ついでに言えば、この怪現象を各々が認知した時期も一致する。ここまで条件が揃うと、もはや三人に起こっていることが無関係だと考える方が難しい。
更に櫻子は推測を口にする。
「仮に人形の持ち主をこの件の黒幕として、私たち三人が揃って気づくことを望んでいたんじゃないだろうか。三人が気づいて、集まることが第一段階。第一段階をクリアすれば、第二段階が始まるはずだ。三人それぞれにばらけていた認識が一つに揃う、とかな」
「認識が一つに揃うって……?」
芽亜里の声は震えていた。不気味な人形を目にするだけで、彼女の臆病な心は削れていく。これ以上、怖いことが起きるのは嫌だ。
だが、その思考は逆手に取れば、「これから怖いことが起きる」ことをわかってしまっているのだ。
櫻子はなんでもないように告げた。
「三人共、視線を感じ、人形が見えて、声が聞こえるようになる」
「い、いや……」
「そうは言ってもだな……」
怯える芽亜里に困り果てる櫻子。櫻子が助けを求めて諦を見るが、諦は軽く肩を竦めるだけだった。
櫻子がむっとした表情になると、諦も彼女にばかり喋らせているのは悪いと思ったのか、口を開く。
「それってつまり、三人であの人形探すってことだろ? 人形が現れる保証なんてあるのかよ? そもそも神出鬼没だし、ずっとオレらを見てるわけじゃないだろ?」
芽亜里を慰めたり、励ましたりする言葉でない辺りは諦の完全な逃げなのだが、櫻子は細かいことは気にせず、淡々と答えた。
「言ったはずだ。私たちが異変に気づいて集まるのが第一段階なら、第二段階が始まる。第二段階で何が起こるにせよ、黒幕から何らかの合図があるはずだ。合図にあの人形はうってつけだろう?」
言われて、諦は人形の造形を思い出す。ぼさぼさの髪の毛、取れかけの緑色のボタン、つぎはぎだらけの体……あれを忘れる方が難しい。
「進んで会いたいとは思えないけどなあ……」
諦のぼやきに芽亜里がぶんぶんと首を縦に振る。櫻子と諦より長らく人形と付き合いのある芽亜里、そして彼女はご覧の通り怖がりだ。あんな不気味な人形と関わりたくなどないだろう。
でもまあ、諦からしても、こうして気づいて三人で集まって、何も起こらない、というのはあまりにも希望的観測だろうと理解できた。オカルトの類を信じる方ではないが、ここ一週間、「あそぼ」という子どもの声に悩まされてきたのである。もし、第二段階に進まなければ、第一段階の繰り返し、つまりあの声に悩まされる日々が帰ってくるということである。それは御免被りたい。
「長期的に悩むのと、短期決戦で済むのなら、短期決戦がいいな……メアリーは?」
諦が簡潔に自分たちに残された選択肢の内容を口にすると、メアリーは少し考え込むように、顎に手を当てた。
時間はそうかからなかった。
「解決できるなら早めがいい」
先程までめそめそと泣いていたとは思えないくらい、芽亜里ははっきりと意思表示をした。櫻子も満足げに頷く。
……とはいえ、やはりあの人形が現れてくれなければ、話は進まないのだが。
こちらから呼び掛けて出てきてくれるのなら、楽に話は進むのだが、そう都合よくできてはいないらしい。
ところで、と諦が切り出す。
「集まるにしたって、こんな炎天下の公園にしたのはなんでだ、さくら? 別にこの三人のうちの誰かの家でもよかったんじゃね?」
「招くにしろ、訪ねるにしろ、気を遣うじゃないか」
自分たちが気の置けない仲だと思っていても、親などは違う。友達の家に行くと言ったら、迷惑をかけるな、というのは当たり前だが、人によっては手土産の一つも持たずに、などと気にする親もいる。それは子どもにとっては鬱陶しい。
それに、手土産を持っていったとして、今度は受け取った側の親が「気を遣わせちゃってごめんなさいねえ」などと言いながら、はちゃめちゃに持て成してきたりする。ただ遊びに来たり、来てもらっただけの子どもはそんな大袈裟な、と気分を悪くする。
その点、外で会うだけなら、不要な手土産も持たされず、子どもは大人の体裁に振り回されずに済むのだ。一石二鳥である。
「なるほどねえ……」
「うん、そうだね。うちは特に過剰接待とかあるかも……」
「メアリーの家の人、まず距離感近いしな……」
特に普段から遊びに行くわけでもないのに、突然押し掛けるというのは、双方が気を遣うことになって、得がない。それに、気兼ねなく話もできない。幼なじみである三人だが、そこは一線を引いてしまうのだ。
納得はしたが、諦の中にまた疑問がふわりと浮き上がる。
「……別に、かんかん照りの公園じゃなくても、ショッピングモールのフードコーナーとか、ファミレスとか、屋根のあるとこでよかったんじゃねえの? オレたち高校生なんだから、さすがに貯金の一円もないなんてことはないし」
そう、この茹だるような暑さの中、わざわざピーカンをそのまま浴びるような公園に集まる必要はなかったはずである。むしろ話し合いなら、諦が挙げたように、腰を落ち着けられる場所の方が適しているはずだ。まさか神出鬼没の人形が場所を選ぶわけじゃあるまいし。
そういうところに頭の回らない櫻子ではないはずだ。三人の中で一番頭は切れるし、先程も諦から繰り出される疑問に淀みなく応対していた。それがまさか初歩の初歩でポカをやらかすだろうか。いや、ない。芽亜里も諦も知っている。幼なじみだからこそ、櫻子がどれだけの熟慮の下に行動しているか。
故に、二人は信じられないものを目にする。
「……あれ? 確かに、諦の言う通りだな。何故だ? 私は色々考えて、検討して……」
自分の指示の意図を全く考えていなかったような櫻子の様子に、二人は声も出ないほど驚いた。芽亜里でさえ、強い日差しに辟易して、諦と同じことを思っていたというのに。
けれど、芽亜里は他人を否定することができない性質だ。すぐさま櫻子をフォローするように慌てた様子で吃りながら喋った。
「ほ、ほら、これだけ暑かったら、さ、さくらちゃんだってぼうっとしちゃうこともあるよ! それに、この公園、懐かしいじゃない。お互いの家にはあんまり行かないけど、小さい頃、ここでよく遊んだの、アキラくんも覚えてるでしょ? ほ、ほら、ブランコとかジャングルジムとかでこぼこ山とか全然変わってないよ!」
「ああ、確かに……って、え?」
芽亜里の必死のフォローに同意しかけた諦だったが、運悪く、異常に気づいてしまう。
「確かに、何も変わってないな。ジャングルジムは錆びてないし、公衆トイレは薄汚いし、でこぼこ山もぴかぴかしてる」
──それは、おかしなことなのだ。
公園が記憶のままなんて、おかしなことなのだ。
だって、三人がこの公園で最後に遊んだのは一体何年前の話だというのだ? 保育園以来で、今彼らは高校生。十年以上経っている。
公園の目立った改修は公衆トイレくらいなもので、あとは劣化したり汚れたり、十年の間でそれがなかったと考えるのは難しい。
それに気づいた諦の口から、恐る恐る、言葉が紡がれる。
「ここはどこだ?」
悪寒が三人の背筋をなぞった。それを待っていたかのように、嬉しそうな男の子の声がする。
「やっと遊んでくれるんだね。ボク、待ちくたびれちゃった」
小さな男の子の無邪気な声。それは諦が櫻子と芽亜里に語ったそのものだった。
声のした方を三人が見ると、そこには不気味な人形を抱えた園児くらいの男の子が立っていた。茶髪に灰色の目をした男の子。夏から切り離されたように白い肌の彼は、三人と目が合うとにっこりと笑った。背筋が凍るほど無邪気に。
そうして、確認するように、こう呼び掛けたのだ。
「あーそーぼ!」




