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数学の授業中、先生は黒板になにやら方程式を書き、わけのわからない呪文のような言葉を唱えていた。
数学が苦手でチンプンカンプンな僕には、呪文としか聞こえないのだ。
それに加えてこの先生の声は、なんだか妙なイントネーションがついていて、人を眠りの世界へといざなう効果まであるみたいだった。
……というわけで、昨日立てた予定どおり、僕は爆睡していた。
僕は眠りに就くのが早いだけでなく、どこでもどんなときでも眠れる能力を持っているのだ。某○び太くんと同じように。
コツッ!
と、不意に頭になにかがぶつかって、僕の机の上にポトッと軽い音を立てながら落ちた。
どうやら紙を丸めたもののようだ。
周りを見渡してみると、三席分くらい斜め後ろに陣取る夕時が投げたものらしいと、その視線からわかった。
僕はその紙を素早く開いて読んでみた。
「俺は用事ができたから、放課後の調査はまたふたりでよろしく!」
おいおい……。
さっき感心した僕がバカだった。やっぱり、面倒だからやめた、ってことなのか?
斜め後ろを再び振り返り、夕時を睨みつける。
その瞬間、
「こらっ!」
ゴツッ!
「痛っつ~~~~!」
いつの間にやらすぐそばまで来ていた先生が、よりにもよって教科書のカドで殴ってきた。
「ヨソ見をするな! 授業に集中しろ! ……というかお前、さっきまで寝てたよなぁ? ……まったく、いっつもお前はぁ……。だから成績も伸びないんだぞ。だいたいだなぁ――」
そして、先生のお小言が始まる結果となった。
夕時のせいで、散々だ。
それにしても……。
どうしてこんな強い口調でガミガミ言われているのに眠くなるのだろう。
先生、そのイントネーションで喋るのは、やめてくれないでしょうか……。
などという不満をこぼせるはずもなく。
十数分にも及ぶお小言を、眠気にひたすら耐えながら聞き終えた頃には、授業時間は終わっていた。
――あぁ、やっと地獄から開放される……。
どっ、と力が抜け、僕は再び眠りに就く。
もちろん次の授業の古文でも、先生にお小言をいただくことになったわけだけど。
しかもその先生もまたのんびりとした口調で、やっぱり眠気を誘って……。
以下、延々ループ。
☆☆☆☆☆
まぁ、当然ながら延々ループなんてことはなく。
無事に放課後となった。
夕時はチャイムの音とともに、すでに教室を出ていったあとだ。
……そこまで急いで飛び出していかなくても……。もしかして、トイレ(大)かな?
と、それはともかく。
僕(と詩織ちゃん)は、一年生の教室へと向かう。
教室から出てきた翔くんを確認し、本日の尾行を開始。
尾行するのもこれで三日目だ。結構慣れてきている気がする。
翔くんは、自分の家とは逆方面、駅や商店街のあるこの町の中心街へと向かって歩いているようだった。
やがて学校帰りの学生たちで賑わう駅前通りに差しかかる。
さすがに土曜日の午後だけあって、それなりに人が多い。大都会というわけではないから、芋洗いのような混雑ぶりではないのだけど。
なんとなく、姿を消して僕のすぐそはを歩いている詩織ちゃんの気配を読んでみる。
幽霊だから人とぶつかったりすることはないはずだけど、どうやら他人の体と霊体である自分の体が重なってしまうのは嫌なのだろう、前から来る人を上手く避けつつ歩いているみたいだった。
でも、ふと重なったりしてしまったのか、きゃっ、と小さな悲鳴を上げたあと、僕の後ろにぴったり寄り添ってくる。
つまり僕を盾にしているということか。
ま、それくらいなら、なんの問題もない。
この僕にどーんと任せて、思う存分、盾として使ってくれていいよ。
なんて考えを頭の中で浮かべると、詩織ちゃんの気配も少し穏やかで温かい雰囲気に変わったような気がした。
「あっ、お待たせ! ごめんごめん、待った?」
翔くんの声が響く。
いけないいけない。尾行中なのに、集中力を切らしてしまっていた。
視線を戻すと、手を上げて駆け寄る先に、ひとりの女性の姿があった。
喫茶店の前に立っているその女性に、翔くんは話しかけたようだ。
「やっほ☆ 大丈夫、今来たとこだよ」
女性は明るい笑顔で答える。
おそらく昨日の電話の相手――清美さんなのだろう。
ふたりはそのまま、喫茶店の中へと入っていった。
「あ……どうする?」
耳もとで詩織ちゃんがささやく。
本来なら僕たちも中に入って、隣のテーブル辺りにでも座って話を盗み聞きするのがいいとは思うのだけど。
「ん~……。中に入るのは、やっぱりちょっと……。僕の少ないお小遣いじゃ、金銭的に辛いし……」
「零樹くん、無駄使い多いもんね……」
厳しいツッコミを入れられた。
まだ数日しか一緒にいないのに、僕のことを非常によくわかっていらっしゃる。
そんなわけで、僕たちは店の外から様子をうかがう作戦に打って出た。
☆☆☆☆☆
翔くんたちは都合のいいことに、道路側の窓のすぐ横にある席に座った。
ここなら外からでも様子はうかがえる。
だけど……。
「やっぱり会話も聞かないと、状況がよくわからないよね……」
その店の窓と道路のあいだには、丈の低い植え込みがあった。
姿を隠すには充分と言えるだろう。
「僕はあの植え込みに隠れるから、詩織ちゃんは窓ガラスを通り抜けて、店の中でふたりの会話を聞いてきて」
「うん、わかった」
僕は周囲を確認し、サッと植え込みの陰に身を忍ばせた。
すかさず、詩織ちゃんが僕のそばから離れ、店の壁をすり抜けて中に入っていく。
これで、どうにか任務は遂行できそうだ。
とはいえ――。
植え込み自体の幅はそれほどないため、通りの人からは丸見えのようだった。
なにやら白い目で見られているような……。
う~ん……。ま、いいか。
しばらくこのまま待って、あとは詩織ちゃんに任せよう。
と考えていた、そのとき。
「おい、キミ! そこでなにをしてるんだ?」
急に男性の声が響き渡る。
驚いて顔を上げるとそこには……。
――やば、警官だ!
「あ……え~っと……その……」
――こういう場合は……。
僕は身をひるがえし、一目散に駆け出していた。
「なんでもないです! ごめんなさ~い!」
「あっ、ちょっと、キミ!」
僕は振り返ることもなく、人ごみをダーッと駆け抜けると、角を曲がって裏通りのほうまで全力疾走で逃げていった。




