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はぁ、はぁ、はぁ……。
あ~、びっくりした……。
でも、どうやら追ってきてはいないみたいだな……。
息も絶え絶えな僕に、少々怒りを含んだ声がぶつけられる。
「ちょ……ちょっと零樹くん。いきなり走らないでよぉ。私、引っ張られてびっくりしたよぉ!」
そっか、取り憑いていて離れられない状態だから、僕が走ったら問答無用で引っ張られちゃうのか……。
なんだかロープでつながれているみたいな感じで、ちょっとかわいそうだな……。
とにかく、気をつけなくちゃいけないようだ。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「あ……うん。大丈夫だけどね、全然」
そう言いながらも、詩織ちゃんはまだ少しムスッとしたようだった。
「今後気をつけるよ。ごめんね」
「うん」
再びの謝罪を送ると、どうやら笑顔になって答えてくれた(ような気配を感じた)。
……それにしても、気配を感じるだけで姿が見えないというのは、なんだか妙な感じだなぁ……。
「さてと……。どうしようか? やっぱり喫茶店の中に入るしかないのかな」
「うん、そうね。そのほうがいいと思う」
う~ん……。
手痛い出費にはなるけど、この際仕方がないか。
僕たちは再びさっきの喫茶店の前まで戻ってみた。
すでにさっきの警官の姿はなかった。ほっと胸を撫で下ろす。
僕(と詩織ちゃん)は、喫茶店の中に身を躍らせた。
翔くんと相手の女性は楽しそうに笑い合いながら、なにやらお喋りしている様子だった。
話を聞きやすいように、隣のテーブルに座ろう――と思ったのだけど、どちら側の隣にも先客がいて座ることはできなかった。
仕方なく、空いている場所の中で一番ふたりから近い席に着く。
――う~ん、ここからじゃ話の内容までは聞こえないか。
「私、近くで話を聞いてくるね」
耳もとで声がする。
「うん、お願い」
小さく答えた瞬間、スゥーッ、と気配が離れていった。
向こうは詩織ちゃんに任せるとしよう。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
いつの間にやら、ウェイトレスが僕の隣に立っていた。
「あ……えっと……」
慌ててメニューを見る。
「一番安いのは……」
オレンジジュース一杯で380円……。缶ジュースなら120円なのに……。
そんなセコイことを考えつつ、僕はオレンジジュースを頼んだ。
「……それにしても、楽しそうに話してるなぁ」
ふたりに視線を向けてみると、笑顔で楽しそうにお喋りに興じていた。
どう考えても、恋人同士にしか見えない。
水沢さんには悪いけど、翔くんの気持ちは完全にこの女性のほうに傾いてしまっているのかもしれない。
僕にはまだいまいち、よくわかってはいないのだけど、恋愛っていうのはとても難しいものだと思う。
自分がどんなに相手のことを好きでも、相手が自分のことを好きになってくれるとは限らないのだから。
世の中には、ただなんとなくとか、寂しいからとりあえずとか、そんな感じでつき合っている人もいるらしいけど……。
それでも、つき合うならお互いに本気で好きだと思える相手とつき合いたいものだ。
そういえばこうやって恋愛について考えたのって、初めてのことかもしれない。
僕にもいつか、そんな相手が現れたりするのかな。
……詩織ちゃんも、つき合ったことはないと言っていたけど、本気で好きになった相手とかって、いたのかな。
ぼーっとそんなことに思いを巡らせていると、翔くんたちは話を終えたらしく、席を立つのが目に映る。
そしてすぐに、詩織ちゃんが僕のもとへ戻ってくる気配も感じた。
「僕たちも出よう」
なけなしのお金を払い、僕は詩織ちゃんの気配を引き連れて喫茶店をあとにした。
☆☆☆☆☆
楽しげに話しながら歩くふたりの少し後ろを、僕と詩織ちゃんは再び尾行する。
「……で、どうだった?」
「うん、相手は昨日の電話の清美さんで間違いないみたい。それでね、これから買い物に行くんだって」
「そっかぁ。他にはなにか話してなかったの?」
「ん~……。部活や学校でこんなことがあったとか、そんな話ばっかりだったよ」
ぼそぼそと話しているあいだに、翔くんたちはアクセサリーショップへと入っていった。
「プレゼントでも買うのかな?」
とつぶやきを漏らしたのと同時に、別の方向から声がかかった。
「こんなところにいたのね! 探したわよ!」
現れたのは、周りから奇異の目を見られていてもまったくお構いなしの、紫色のローブをまとった怪しい女性だった。
言うまでもないだろうけど、オカ研の部長、小島先輩だ。
なんて最悪のタイミングで出てくるのだ、この人は。
「ちょっと用があるから、時間をもらうわよ」
「いや、あの、今はちょっと、その……」
「なに? 断るっていうの? …………呪うわよ?」
目がマジだ、この人……。しくしく……。
僕はしぶしぶ従うことにした。
ここからなら、翔くんたちが店から出てきたらわかるだろうし……。
「……で、用事ってなんですか?」
「ちょっと詩織さんに用があるのよ。少し借りるわよ」
「借りるって……」
「あなたに用はないから、そこら辺で適当に待っててね」
「……はいはい、わかりました」
無駄に反論して呪われるのも嫌だし、ここは素直に従っておこう。
小島先輩とともに詩織ちゃんの気配も数メートル先の建物の陰に入っていく。
……どうでもいいけど、昨日の夜の件といい今日といい、いったいなにをしているのだろうか、あの人は……。
と、そんなことより翔くんと清美さんが入っていった店のほうを見ていないと。
詩織ちゃんを引っ張ってしまわないように注意しながら、なるべく店のほうへ近づいてみる。
どうにか窓ガラス越しに店内の一部が見える場所までは移動することができた。
ふたりは、ショーケースの中を見ながらいろいろと話しているようだ。
やがて店員さんに話しかけると、なにかを包んでもらっていた。
さっきも考えたとおり、プレゼントなのだろうか?
「終わったわよ」
不意にすぐ横から声がする。
また怪しげな色をした薬ビンのフタを閉めながら、小島先輩が僕の隣に立っていた。
気配なんて全然感じなかったけど……。
なんというか、相変わらず得体の知れない人だ。
「それじゃ、私は帰るわね」
「はい……」
――早く帰れ!
心の中で思った、その途端、
ギロッ!
僕を睨みつけてくる先輩。
……うわぁ……この人、心まで読めるのか!?
「……ま、いいわ。またね」
紫のローブをそよ風になびかせながら去っていく。
――ふぅ……助かった……。
気配を探ってみれば、詩織ちゃんも無事、僕のそばまで戻ってきているようだった。
「詩織ちゃん、大丈夫だった? なにか変なことされなかった?」
「う~んと……、一本髪の毛を抜かれた……」
「え……?」
僕は思わず、詩織ちゃんの髪のある辺りに手を伸ばしていた。
もちろん、手は空を切るだけだった。
「……触れることなんて、できないよねぇ……?」
「うん。……今は姿を消してるけど、姿を現しても無理なはずだよ」
「……あの人、いったい何者なんだろう……」
「さあ……。私も驚いたよぉ。ていうか、ちょっと怖い……」
幽霊が怖がる人間っていうのも、凄まじい気がする。
もっとも、ほんとに人間かどうかすら怪しい部分もあるけど……。
しばらく沈黙。
「まぁ、それはいいとして………あっ、出てきたよ!」
気を取り直して視線を向けてみると、翔くんたちふたりがちょうどアクセサリーショップから出てくるところだった。
☆☆☆☆☆
翔くんたちの尾行を再開する。
辺りは夕焼けに染まり、くすんだオレンジ色に包まれていた。
「……やっぱりあのふたり、つき合ってるのかな……?」
ぽつりとつぶやく。
「う~ん……。でも、話してるのを見る限り、ほんとに仲がよさそう」
「そうだね……」
このまま、水沢さんにとって悪い結末になってしまうのは嫌だけど。
……仕方がないのかな……。
そのあと、翔くんの家の近所にある交差点まで差しかかたところで、ふたりは立ち止まった。
「それじゃあ、また今度ね」
「うん、またね。今日はありがと」
「いえいえ。んじゃ、バイバイ☆」
やけにあっさりとした挨拶を交わし、ふたりはそれぞれ別の道へと歩いていった。
「……どうする?」
「うん、ここはやっぱり、はっきりさせるべきかな。……よし、清美さんのほうを追ってみよう!」
ひとり、薄暗くなりかけた歩道を行く清美さん。
さて……。
僕は少し歩調を速め、清美さんに近づく。
「あの……、すみません」
「え? あっ、はい。なにか……?」
声をかけると、清美さんは素直に振り返った。当たり前だけど、訝しげな表情を見せながら。
「え~~~っと、その………」
「?」
続く言葉が出てこない。
どう言えばいいのだろう?
だけど、ここで黙っていたら、余計に怪しいだけだよね……。
「あの……あなたは翔くんと……その……つき合ってるんですか?」
「え……?」
一瞬だけ驚いたような表情になる清美さん。
すぐに穏やかな笑顔に切り替え、逆に訊ねてきた。
「あなた、翔くんのお友だち?」
「えっと……水沢さんに頼まれて……」
と言ったところで、清美さんは唐突に大声で笑い始めた。
「あははははははっ! そっかそっか、なるほど!」
「……え? え~っと、なに???」
「あのね、私、翔くんのイトコなのよ!」




