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「というわけで、この子が依頼人だ」
あれから数日経ったある日の放課後、夕時が突然、ひとりの女の子を連れてきて、そう言い放った。
「……は?」
僕には、いったいなんのことやら、さっぱり理解できなかった。
「あの……1年3組の水沢瞳です。よろしくお願いします」
と、頭を下げる女の子。
(お……おい、夕時! どういうことだよ!?)
僕は夕時に詰め寄り、水沢さんには聞こえないように耳もとで文句の言葉をぶつけた。
(ん? もちろん、俺たち便利屋への依頼人だよ)
(便利屋ぁ? なんだよ、それ!)
夕時は、すぐそこの廊下の壁に貼ってある紙を指差した。
「失くし物探し、部活動の助っ人、尾行捜査などなど、なんでもOK! 便利屋への相談は、2年7組宇良原夕時まで」
その紙には、しっかりとそう書いてあった。
……こいつ……いつの間に……。
(詩織ちゃんの能力を活かそうと思ってな)
夕時はひょうひょうとそんなことを言ってのける。
ちなみに、断花さんと僕たちは仲間ということで、名前で呼び合おうという話になっていた。
(な……っ! お前なぁ! そんなこと、勝手に……! だいたい詩織ちゃんの承諾も得ないで……)
(いや、詩織ちゃんの承諾は得てるよ。知らなかったのは、零樹だけだ)
……うわ、こいつは……。
まったく、昔っからこうなんだよな……。
「あ……あの……。どうしたんですか?」
水沢さんが不安そうに(というか、不審そうに)尋ねてくる。
「いやいや、なんでもないよ。ごめんね。それじゃあ、こっちへ来て。詳しい話を聞かせてもらうから」
「は……はい……。」
どうにか平静を装いながら放たれた僕の言葉に、水沢さんはまだ少し不安そうな様子ながらも頷いてくれた。
……っていうか、僕自身も不安だらけなのだけど……。
☆☆☆☆☆
そんなこんなで、僕たちは屋上へと続くドアの前に座っていた。
このドアは普段閉まっているため、ここは人がまったく通らない場所となっているのだ。
「えっと、私には幼馴染みで……その……つき合ってる人がいるんです。その人、同じクラスの長瀬翔っていうんですけど、なんだか最近、私を避けてるみたいで……」
「ふむふむ、なるほど」
さながら記者かなにかのように手帳にメモを取りつつ、夕時がつぶやく。
「気のせいではなく、明らかに避けているとしか思えない感じなんだな?」
「はい。少し前までは、毎週のように会って、買い物に出かけたりとか、映画を見たりとかしてたんですけど……」
「ふ~む……。なにか心当たりは? ケンカでもしたとか」
ますます芸能記者色を強めながら、夕時は訊ねる。
「いえ、ケンカとかはとくにしてないです。でも……」
と、今までよりさらに寂しげな表情になる水沢さん。
「どうしたの?」
僕は夕時とは違って、努めて優しめの口調で問いかけた。
「うん……あの……、友人が言ってたんですけど……。翔ったら、その……年上の女の人とふたりで会ってるみたいなんです……」
「ふむ。つまり、浮気と」
夕時はあっさり言ってのける。
……って、せめてもう少し気を遣ったほうがいいのでは……。
「あぅ……」
その言葉で、ますます寂しげな表情へと変貌と遂げ、水沢さんは完全にうつむいてしまう。
とはいえ、状況説明はしなければ、という思いがあったのだろう、弱々しい声ではあったものの、言葉を続けてくれた。
「……私と翔は幼馴染みで、一緒にいることが多かったんです。幼稚園の頃、私がこの町に引っ越してきて以来ずっと……。だから私のほうは、このまま恋人に、っていうつもりでいたんですけど……。翔のほうは、そう思ってなかった……ってことなのかな……」
「そ……そんな悪いほうにばっかり考えちゃダメだよ! とにかくさ、僕たちが調べてみるから、ね?」
僕は意識的に明るく諭す。
ううう、こういうの苦手なんだけどなぁ……。
「は……はい……。お願いします」
僕の気持ちが通じたのか、水沢さは笑顔を見せてくれた。
もっともそれは、無理に形作られた偽りの笑顔だったに違いないのだけど。
ずっと一緒だった人が遠い存在になってしまいそうで、相当不安に感じているのだろう。
悪い結果にならないといいけど……。
「で、報酬の件なんだが」
不意に夕時が、無遠慮な言葉を投げかける。
「な……っ!? お金を取るの!?」
「ん~……。まだなにも考えてなかったんだが。……水沢さん、なにか得意なこととかって、あるかな?」
「え……っと、料理……くらいかな……? 自分のお弁当も、毎日作ってきてますし」
「おおっ、いいじゃないか! そうだな、それじゃあ、数日かけて調査することになるだろうから、そのあいだの弁当を、俺と零樹のふたり分用意してもらう、ってのでどうかな?」
「あ……はい。わかりました」
こんな条件提示にも、水沢さんは素直に応じる。
なんというか、おとなしい性格につけ込んでいるみたいで、少々心苦しい気分ではあったのだけど……。
「零樹、お前もそのほうが助かるだろ?」
ニヤニヤしながら夕時がささやく。
そうなのだ。僕の家は、母さんが料理まったくダメで、その影響なのか(はたまた性格の問題か)姉ちゃんも一切料理をしようとしない。
そのため、家では僕が自然と料理担当になってしまっている。
ただ、お弁当まで作ってくる余裕はないので、昼は(ものすご~く不評な)学食を利用しているのが現状だった。
確かにお弁当を作ってもらえるなら、僕としても大助かりだけど……。
「俺も、遅い高い不味いで有名な、あの学食ばっかりだしな」
夕時は幼稚園の頃に母親を亡くしている。
父親はジャーナリストをしているため、世界各地を飛び回り、家にはほとんどいない。
ひとりっ子の夕時は、きっと寂しい思いをしていたのだろう。小さい頃から、隣の家――すなわち僕の家に、よく遊びに来ていたっけ。
そんな家庭環境だから、夕時のほうもお弁当には無縁の生活を送っている。
僕と夕時にとっては、願ってもないチャンスだ。
ともあれ。
「ん~……、でも、大変じゃない?」
さすがに悪いかなと思い、僕は遠慮気味に尋ねてみたのだけど。
「ううん、そんなことないですよ。もともと自分の分は作ってるんですから、量を増やすだけだし、それほど大変じゃないと思います!」
「んじゃ、決まりだな!」
……そんなわけで、僕たちはお弁当を報酬として、浮気調査(?)をすることになった。




