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三日後、僕は退院した。
あれから断花さんの幽霊が現れることはなかった。
あの夜のことだって現実だったのか、よくわからなくなっていた。
そして翌朝、久しぶりに学校へと向かった。
「おはよー!」
目の前を歩いていく夕時を見つけ、声をかける。
「おぅ! 体調はもう大丈夫なのか?」
「うん! なんか前より体が軽いくらいだよ!」
「ちっ!」
「ちっ、てなんだよぉ!」
恒例の口ゲンカ。あの事件以前となにも変わらない日常が、再び訪れた。
――と思ったのだけど……。
「ちょっと、あんた!」
突然、呼び止められた。
駆け寄ってきたのは、三年生の先輩だった。
ちなみに、うちの学校は学年ごとにネクタイやリボンの色を変えているため、学年は一目瞭然なのだ。
でも、この人に面識はなかったと思うけど……。
「な……なんですか?」
先輩は顔を思いっきり近づけて、じぃーっ、と僕の目をのぞき込んでいた。
あまりにも近すぎて、ちょっとドキッとしてしまう。
「ふむ。とくに呪われたりとかしてるわけじゃないのね」
「???」
僕には、先輩の言っている意味がよくわからなかった。
呆然とする僕の前で、ようやく少し顔を離してその先輩は言葉を続ける。
「私は、小島魅和。オカルト研究部の部長をやっているの」
「あ~、あの怪しげな……」
げしっ!!
殴られた。
「余計なこと言わないの! ……とにかく! 今日の放課後、オカ研の部室に来なさい! ……いいわね?」
「え? ……はぁ……」
「よろしい。じゃ、待ってるからね☆」
と、先輩はウィンクをしたかと思うと、さっさと走っていってしまった。
なんか、言いたいことだけ言って去っていったような……。
「モテモテじゃないか、零樹!」
「そ……そんなんじゃ、なさそうだったけど……」
それにしても……オカ研の部室かぁ……。
いつも暗幕で覆われ、怪しげな煙がもうもうと垂れ込めていて、誰も近づこうとしない場所、っていう噂なんだよね……。
「ま、行くしかないだろ。行かないと、小島先輩に呪われるかもしれないぜ?」
「ゲッ!」
「心配すんな! 俺も一緒に行ってやるよ。……面白そうだし」
「他人事だと思って、面白がるな~!!」
はぁ~……、気が重い……。
☆☆☆☆☆
放課後。
僕は夕時とふたり、噂どおり怪しげな煙がドアの隙間から流れ出ている、オカ研の部室の前に立っていた。
「や……やっぱり、やめようかな……」
「こらこら、ここまで来て怖気づくな! ほれ、行けっ!」
そう言ったかと思うと、夕時の奴、ドアをガラッと開け、僕を部室の中へドンッと蹴飛ばし、ピシャッとドアを閉めてしまった。
――くそぉ~~~、夕時め~~~!!
「やっと来たのね。さあ、もっと近くに寄りなさい」
机の上に紫色の布をかぶせ、その上に乗せられた水晶に両手をかざし、椅子に座った小島先輩が、こちらを見つめていた。
怪しい紫色のローブに身を包みながら――。
「し……失礼しましたぁ~!!」
僕は思わず逃げ出していた。
――って、ドアが開かない!?
くそっ! 夕時が向こうで押さえてるんだな!?
「お……おい、夕時! 開けろよ!!」
「俺がどうしたって?」
「うわぁ!?」
声はすぐ横からした。夕時もいつの間にか、部室の中に入っていたのだ。
――あれ? じゃあ、ドアが開かないのって……。
「あなたは逃げられないわ。早くこっちへ来なさいってば」
「……だとさ」
――しくしくしく……。
脱出は無理そうだ。人間、諦めが肝心ということか。
それを悟った僕は、水晶を置いた机を挟んで、先輩と向かい合うようにして椅子に座った。
「それじゃ、いくわよ♪」
――はいはい。もうどうにでもしてください……。
「……*∽≒ξÅΨ∬ゑ∀√φ……」
僕の目の前で、小島先輩が怪しげな呪文を唱え始める。
すぐに変化は訪れた。
「あ……あれぇ? どぉしてぇ~?」
今ここにいるはずの三人とは別の女の子の声が響く。
続いて浮かび上がってきた姿は、あの病室で見た幽霊の女の子、断花詩織さんだった。
断花さんは引きつった笑みを浮かべながら、こう言った。
「あはは……。こ……こんにちわぁ……」
☆☆☆☆☆
「あなたが時奈くんに取り憑いてる悪霊ね!!」
びしっ! と断花さんを指差して言い放つ小島先輩。
「あ……悪霊なんかじゃないもん!」
「問答無用!!」
どこからともなく取り出したお払い棒を振りかざし、小島先輩は断花さんに飛びかかる。
僕と夕時は呆然とその様子を見守ることしかできなかった。
「悪霊退散!!」
小島先輩はお払い棒を断花さん目がけて勢いよく振り下ろす。
どうでもいいけど、お払い棒って、そんな使い方でいいのかな……?
「きゃ~~~~っ!!」
ピタッと、断花さんの頭頂部にぶつかる直前で、お祓い棒は寸止めされていた。
「ふむ。ホントに悪霊じゃないみたいね」
『えっ?』
他の三人の声が綺麗にハモった。
「ごめんなさいね。ちょっと試させてもらったの。ちゃんと話の通じそうな幽霊でよかったわ。……さて、聞かせてもらいましょうか。どうして時奈くんに取り憑いているのか」
「べ……べつに取り憑いてるわけじゃないです~。よくわからないんですけど、時奈くんの近くから離れられないみたいんです~」
断花さんは、そんな戸惑いを含んだ言葉に続いて、校舎の屋上から僕の頭上に落下して死んでしまい、気がついたら幽霊になっていたという経緯を小島先輩に話した。
「……なるほどね。わかったわ」
小島先輩は椅子に座り直し、落ち着いた様子でひと言。
「あなた、地縛霊になったのね」
「お……おい! 地縛霊ってのは、死んだ土地から動けない霊のことなんじゃないのか?」
夕時が先輩に食ってかかる。
……どうでもいいけど、仮にも先輩に対してその口の利き方は、ないのではなかろうか。
だけど小島先輩は、そんな些末なことは気にも留めない様子で続けた。
「この子が落ちたのが、たまたま時奈くんの上だったから、土地ではなくて、時奈くん自身に縛られちゃったのね」
「そ……そんなことって、あるんですか?」
「この世には、常識では計り知れないことなんて、いくらでもあるものよ。……この場合、地縛霊じゃなくて、人縛霊とでも呼ぶべきかしらね?」
「語呂は悪いけどな」と夕時。
――その後、断花さんからいろいろと状況を聞いた。
幽霊になったせいか、姿を消したり、壁を通り抜けたりはできること、
なぜか僕からは、数メートル以上離れられないこと、
どうして地縛霊(というか、人縛霊?)になったのかはわからないこと……。
小島先輩いわく、なんらかの心残りがあって成仏できないのだろう、という話だけど……。
当の断花さんは、なにが心残りなのか、まったく憶えていないそうだ。
「ま、しばらく様子を見るしかないでしょうね。断花さん、当分のあいだ、時奈くんのそばで幽霊をやってなさい」
「はい……わかりました。……あの、時奈くん……よろしくね」
「え~っと……。うん、よろしく!」
といったわけで、僕と幽霊の共同生活(?)が始まったのだった。
――ただひとつ気になるのは、夕時が「こいつは使える!」と言って去っていったこと。
またなにかくだらないことを企んでいそうで、ちょっと怖いところだな……。




