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「零樹!」
…………!!
僕は思わず飛び起きていた。
「い……痛てててて……」
いきなり飛び起きたからか、頭にズキッと痛みが走った。
「零樹! 大丈夫か!?」
目の前に夕時がいた。
その横では、母さんと姉ちゃんが椅子に座って僕のほうを見つめている。
「零樹! ……よかった……気がついたのね」
母さんが両腕を胸の前で組み、うるうるしながら安堵の息をついている。
「まったく、余計な心配させないでよね!」
一方姉ちゃんは、腕組みをして僕を睨みつけながら、強い口調で言い放った。
姉ちゃんは、いっつも僕に突っかかってくるような物言いをする。それで当然のごとく口ゲンカに発展するわけだけど。
だからといって、べつに仲が悪いわけじゃな。お互いに口ゲンカを楽しんでいるような感じなのだ。
「あれ? 紗雪さん、さっきまであんなに涙目になって零樹を心配してたのに……」
「ちょ……ちょっと、夕時くん! 余計なこと言わないでよぉ!」
姉ちゃんは、耳まで真っ赤になって恥ずかしがっている。
……夕時は夕時で、姉ちゃんをからかうのが好きみたいだ。
説明するまでもないだろうけど、紗雪っていうのが、僕の姉ちゃんの名前だ。
母さんの名前は、紗夜美。すぐに泣くという特技(?)を持っている。
子供心に、「父さん、いつも大変だなぁ」なんてて、思っていたっけ。
その父さんは、今は単身赴任で、遠いところにいる。
すごく忙しいみたいで、半年に一度くらいしか帰って来ないから、寂しい思いをしているんじゃないかと思う。
母さんがすぐに泣いて、ちょっと大変そうではあったけど、父さんはいつも幸せそうに笑っていた。
ふと我に返り、とりあえず周りを見回してみる。
ここはどうやら病院のようだ。
学校で意識を失ったあのあと、僕はここに担ぎ込まれたのだろう。
――まだちょっと頭が痛いな……。なにか、頭にぶつかったみたいだったもんね。そりゃあ、痛みくらいあるか。
そういえばあのとき、僕の他にも誰かいたみたいだったけど……。
と考えていると、急に夕時が、真面目な顔になって話しかけてきた。
「無事でよかったな、零樹」
「うん、そうだね」
そう言って、夕時は一瞬目を伏せた。
母さんと姉ちゃんも黙ったままだ。
――あれ? どうしたんだろう?
よくはわからないけど、なにやら重苦しい感じの空気が流れていた。
しばらくして、夕時がようやく口を開く。
「あのときな……」
あのとき、僕の上に落ちてきたのは、同じ学校の女子生徒だった。
名前は断花詩織。別のクラスだからよく知らないけど、夕時がどこからか入手してきた写真を見ると、確かに見かけたことくらいはあるような気がした。
僕が空を見上げたときに目に映り込んだ布みたいなものは、彼女のスカートだったのだろう。
その女の子――断花さんは、屋上から僕の頭上に落下してきたらしい。
ふたりとも、すぐに救急車でこの病院に運ばれた。どちらも危険な状態だったという。
僕はそれから徐々に回復に向かい、一週間ほど経った今日、こうして目覚めることができた。
でも、断花さんは――、
つい数十分前に息を引き取ったそうだ。
僕がクッションになったためか、外傷はほとんどなかった。にもかかわらず、まったく目覚める気配がなかった。
だけど亡くなる直前、ただ一度だけ断花さんは目を開き、こうつぶやいたという。
「れいき……生きて……」と。
☆☆☆☆☆
その夜。
僕の他には誰もいなくなった病室で、ひとり考えていた。
母さんと姉ちゃんは、この一週間、ずっと僕のそばについていてくれて、ほとんど休んでいなかったようだ。
だから今日は帰ってもらって、ゆっくり休むように伝えた。
夕時が「それなら、今日は俺がここにいようか?」と言ってくれたけど、大丈夫だから、と言って帰ってもらった。
ひとりになって考えたかったからだ。
もちろん、あの女の子――断花さんのことについて……。
断花さんは最後に、「れいき……生きて……」と言ったという。
もしそれが本当なら、僕が見た夢と同じことになる。
断花さんは僕のことを知っていたのだろうか?
だとしても「生きて」というのは……。
なにげなく、夕時が持ってきた写真を手に取ってみた。
――断花さん、か……。この子、結構可愛いな。
「えっ、本当?」
…………っ!?
不意に響いた声に驚いて振り向くと、そこには口を押さえ、上目遣いで僕のほうを見ている女の子がいた。
今まさに見ていた写真と、まったく同じ顔をした女の子が――。
「なっ……え……あ……!?」
僕は声にならない声を上げる。
目の前にいるのは紛れもなく、今日亡くなったはずの断花詩織さんだった。
しかもご丁寧に、フヨフヨ浮いていて、足もなく、火の玉だかエクトプラズムだかを周囲に従えている。
な……なんというか……あまりにも、「そのもの」って感じで、怖くはない……かもしれない。
「あ……あの……キミって……断花さん?」
僕は思いきって、話しかけてみた。
「は……はい……。私、断花詩織です」
「キミって……その……え~っと……ゆ……幽霊……?」
「そう……みたいです。……ごめんなさい。怖い……ですか……? 呪われるぅ~、とか、取り憑かれて殺されるぅ~、とか、そんなふうに思っちゃいます!?」
必死になってそんなことを言ってくるので、僕は思わず笑ってしまった。
「アハハハハ! 大丈夫、怖くなんかないよ! ……って、笑っちゃ悪いよね、ごめん」
「え……あ、いいんですよべつに! 私、全然気にしてませんから!」
両手をパタパタと振って、慌てて答える断花さん。
……なんか、本当に幽霊とは思えない感じだなぁ……。
「ところで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「……はい」
「どうして……上から落ちてきたの?」
学校で、どうして僕の頭上から落下してきたのか、ということだ。
ちょっと無神経な質問だとは自分でも思った。
でも、どうしても訊いておきたかったのだ。
「う~ん……。実は……よく憶えてないの……」
断花さんはうつむいたまま、小さくそう答えた。
「そっかぁ……。それじゃあ、もうひとつ。キミ、息を引き取る前に、れいき……生きて……って言ったらしいけど……」
「……えっと……あの……それも……よく憶えてないんだ……」
「ふぅ~ん……。でも、前から僕のことは、知ってたんでしょ?」
「えっ? ……あ……うん、知ってた……」
それっきり、断花さんは黙ってしまった。
時計の秒針の音だけが、静まり返った病室に繰り返し鳴り響く。
「さ……さあ、もう眠ったほうがいいわ! ゆっくり休んで、早く元気になってね!」
ニコッと微笑んだ断花さんの姿が、スゥーッっと薄れていき、そして、消えた。
――今のは、いったい……?
僕はすぐに睡魔に襲われ、そのまま眠りに就いていた。




