5-4.報告
5-4.報告
俊太郎はエレナに上申した。
ーーゴブリンを押し戻した際に、魔界側に落っこちてしまったこと。魔族伯爵、イヴァン・フォン・ボリスに出会ったこと。こちらでは駆除だが、魔族側としては俊太郎が殺人犯として見做されていたこと。
魔界側に落ちると、ヨダレを垂らしたゴブリンがミレナ嬢を襲わんとしていたことから、そのゴブリンを排除しようとして蹴りを入れたこと。しかし、急にゴブリンに体を入れ替えられて、娘の方を蹴ってしまい、それで伯爵が激高したこと。それでも娘に向かっていくゴブリンの首を刎ね飛ばした所、伯爵から、問答無用で斬りかかられたこと。
ボリス伯爵は、名乗るや否や、
「殺人を確認。魔界法によって、処刑する。」
と言い、激しい斬り合いになったことを話した。
「それは…経験したことのないすさまじい剣戟でした。一撃で死んでいても不思議ではありませんでした。必死になったら、何合か、しのぐことだけは出来ました。でも、あと何回かで確実に殺されると覚悟しました。
しかし――その瞬間でした。
『ハナシヲキイテヤレヨ』
という声が聞こえました。精霊…ではなかったか。その言葉で、ほんの一瞬、伯爵は行動が止まりました。私が見た、サミュエルさんやロナウド隊長が怪我した時と同じように…。私は必死に押し戻しました。殺す気はありませんでした。伯爵は明らかに手練れで、あれくらいは軽く受けると思っていたのです。ですが…。その一撃が…。伯爵が行動を停止してしまい、通常なら安易にはねのけるはずの私の一太刀を、まともに首で受けてしまいました。あっという間に絶命してしまったのです。ああ、まさか死ぬとは…。そんな…。ぐっ…、エレナ様…。本当なんです。殺す気は…。ありませんでした。」
俊太郎は嗚咽した。エレナも、胸を押さえた。
「すさまじい殺気で…後一撃あれば私が死んでいました。私の太刀は簡単に撥ね除けてくる…はず…でした。なのに…。」
――一太刀が首に入ってしまった、と俊太郎はむせび泣いた。
「でも、私ごときに加減の出来る相手では…ありませんでした。」
エレナは駆け寄って背中をさすってやりたい衝動に駆られた。立場上、ぐっと我慢した。華奢なげんこつが震えていた。
そして、俊太郎は、残された十歳くらいの女の子がおり、名をミレナと言うこと。魔物駆除の際に何度も挑んで来ること。
等を話した。
「ミレナは、何度も私の命をつけ狙ってきました。クナイを投げてくることが多かったです。ボリス伯爵にはすさまじい斬り合いの中で夢中でした。対応しなければ私が死んでいました。精霊の介入がなければ、死んでいたのは間違いなく私でした・・・。斬ってしまったとはいえ、ボリス伯爵に恨みがあるわけでもありません。娘さんまで手に掛けたくはありませんでした。それで、来る度来る度に峰打ちにしました。」
「峰打ち?」
「はい。東洋剣、刀と言いますが、刀は片刃なのです。裏側で打撃して気を失わせ、魔界側に押し込んでいました。」
「なるほど。」
エレナの周りは両刃の西洋剣ばかりである。峰打ちというのも初めて聞いたという。
そして、ーー
俊太郎は、ミレナを懐柔しながらいくつかの重要な情報を得たことを伝えた。
「ミレナから聞いた話では…。知的魔族(高位魔族)は、人領に来ても狂化しないとのことでした。」
「それは耳寄りな情報ね。」
「はい。次に、低位の魔物は、魔界側の魔素不足で、魔素を求めてこちらに来る、と…。」
「なるほど。侵略と言うより魔素濃度を求める、低位の魔物なりの欲求があると言うことね?」
「さようでございます。そして、魔素を魔界から人間界に持ち出しているのはおそらく精霊ではないか。私どもはそう疑っております。」
「精霊ですって?」
「はい。ロナウド隊長も、案内役のサミュエルさんも、とても優れた戦士で視力が良いことで知られています。私のような未熟な者は怪我をしないのに、見えた人が一瞬止まって、その瞬間に怪我をしています。」
「あら…。そうすると、ゲルトやアビーこそ怪我をしやすいということかしら?」
「そう…。かもしれません。さらには、高位魔族は自分達をヒトと呼び、こちらの人間をツノなしと呼ぶんだそうです。」
「まあ?ツノなし…。」
血なまぐさい話の中でようやくエレナが笑顔を見せた。
「はい。彼らは、知的魔族も、ゴブリンやコボルトも、――立って歩く人型魔物は全て、『ヒト』だそうです。一方、私達はツノなしなのです。」
「『ヒト』の定義が随分異なっているのですね。王宮の面々がなんと言うかしら?」
エレナはメモを取った。
「はい。そして、彼らもこの『穴』には困っているらしいのです。」
「え…?彼らが開けたのではないのですか?」
ここまで伝えると、エレナはいよいよ深刻そうな顔をした。
「書くものはあるかしら?」
アビーを振り返ると、アビーが阿吽の呼吸で紙とペンを差し出した。エレナは、一旦俊太郎の話を止め、ここまでのことを書き留めた。
「質問をしても、よろしいでしょうか?」
ゲルトという男性騎士が発言を求めた。
「許します。ゲルト。何でしょう?」
「街で、十歳ほどの女の子を連れ歩いている東洋人風の少年がいたという報告があります。また、その女の子は魔族ではないかと指摘した所、二人は、追っ手をそれこそ『峰打ち』して、馬で逃走したと報告されています。二人ほど仲間も居たとか。これは、里見副長代行、貴方ではないのですか。」
ゲルトがかねてからの懸念をぶつけてきた。
「・・・はい。それは私です。間違いありません。もう少しお話を聞いて頂きたいのです。」
騎士はゲルトとアビーだけであるが、装備も立派である。この二人が本気で俊太郎を捕縛しようと思えば、ロナウド・ロビー・サミュエルが束になっても跳ね返されるであろう。が、ゲルトも捕縛する気で話をしてるならとっくにそうしているはずであり、話し合いをしているのは王女の意向もあるのであろう。
「その少女こそミレナですし、少年は私のことで間違いないと思います。しかしーー。」
ーーミレナを街に連れた時に見咎められ、逃走したのは事実。だが、ミレナは父の仇である俊太郎暗殺未遂以外、悪いことはしていない。魔族という理由で排除しないでほしい。
俊太郎は釈明した。また、ミレナがまだ幼く、さほどの脅威にはなり得ないことも説明した。また、その騒動以来街に出ることは控えていること、ロナウド家で娘のソニアと遊ぶようになっていること、焼き菓子などを与えると魔族側の情報を話すので貴重な情報源として利用しているし、その価値は案外高いのではないかとも伝えたのである。
ーー魔族と人族はもう少し分かり合えるのではないか?しかし、国家的判断なので、国が決めて欲しい。どうしても交わってはならないと言われたら今後ミレナを招くことは控えるが今の所は唯一の細い綱になっているので、よく考えて欲しい。過去の交流については咎めないようにして欲しい。
事実を述べた後、いくらか希望も述べて、俊太郎は話を終えた。
エレナは、聞き終わると、天井を仰いで、眉間をほぐしながら長い息を吐いた。
「お話は・・・よく分かりました。陛下の指示を仰がないといけないこともあるので、全てをお約束することは出来ませんが・・・。ミレナとの交流は認めます。また、街での追跡と逃走も誤解として不問にします。ゲルト、街の警備隊に指示を出しておいてくれますか?」
「はっ。」
――この話は、単純な魔物漏れとは言い切れないかもしれない。何か複雑な背景が隠れている気がする。
寡黙にしていた村長がふいにロナウドに目配せをした。ロナウドが頷いていた。
――まだある?
エレナは、彼らの表情から、もっと大きな話が始まると感じ、息をのんだ。




