4-7.対話
4-7.対話
――ヒト殺し――
何度も言われてきたが、改めて俊太郎は青くなった。武器を持たずに来た少女の眼力を浴びるだけで手が震えてくる。
「ボリス伯爵のことは・・・。申し訳ない。」
「この・・・、ヒト殺し!!」
ミレナの赤い瞳はいよいよ赤かった。
「謝ったって、頭を下げたって・・・。父上は帰って来ないんだ!!」
ミレナは泣き叫んだ。号泣が響き渡った。ミレナが立ち上がった。俊太郎も立った。
ミレナは、ゆっくりと俊太郎に向かって歩くと、拳を俊太郎の胸に振り下ろした。
ずん、と響く。
テレサは少し慌てて、お茶をこぼしたがロナウドは立たなかった。
「ヒト殺し!!ヒト殺し!!ヒト殺し!!」
ミレナは両手の拳を俊太郎の胸にぽかぽかと打ち付けた。俊太郎はただただ、打たれていた
数え切れないほど俊太郎を叩くと、力が抜けたのかミレナはへたり込んでそのままおいおいと泣いた。テレサが寄り添って、ハンカチを渡した。泣き疲れると、ミレナは、テレサからもらった水を飲み、一度洗面所に立ったのだった。
待つことしばらく、目を腫らしたミレナが戻ってきた。
「取り乱した。すまぬ。」
ミレナはそれだけ言い、腰掛けた。
誰も口火が切れなかった。
「お前達は、領民を沢山殺した。ヒト殺しだ。」
後ろにイヴァンの霊がそこにいるような厳かさがあった。ロナウドも目を白黒させた。
「コボルトも、ゴブリンも、伯爵の『領民』だ。民を殺せば、ヒト殺しになる。」
「あ・・・。」
ロナウドが詰まった。駆除しないと困るのは人族の理屈なのである。
「ヒト殺し・・・?魔物じゃないのか?」
「魔界の人間は、我々上位魔族にとどまらず、コボルトやゴブリンも人型の魔物は全て、『ヒト』だ。『ヒト』を殺せば『ヒト殺し』であろう。」
――随分前提が異なる。
「“ヒト”とは、我々、人間のことではないのか?」
「ヒト、とは、基本的に我々のことを言う。人型の魔物である、ゴブリンやコボルトも広い意味では、ヒトだ。お前達のことは、『ツノなし』というんだ。ツノなしもヒトと言えばヒトだ。ゴブリン達がこっちに来ると魔素が足りなくて狂化するのだろう?狂化したものは話が通じない。だから、ツノなし達が狂った、ゴブリンやコボルトを、始末したくなるのは分からんでもない。」
――人族も魔族もお互い、自分たちのことを「人」と呼んでいるのではないか?
「あなた方は・・・?」
ロナウドが口を挟んだ。
「我ら高位魔族を、あいつら低級魔族と一緒にしないで欲しい。我々は別にこっちに来ても狂わぬ。」
――知らないことばかりである。
「仕方がないことだと分かっていたので、伯爵家としてはツノなしに報復はしなかった。が、牧場から逃げた牛や馬を、全滅させられるようなものだ。我々も迷惑している。」
「えっ。」
――迷惑千万と思っていたのはこちらだけだと思っていた。
ロナウドと俊太郎は目を見合わせた。
「それと、聞きたいことがある。」
「何でしょう?」
「私は俊太郎を父の敵として3度狙った。なぜ殺さぬ?我々の中では自分に殺意を向けたものは惨殺する。」
「それは・・・。俺はミレナを斬りたくなかったからだ。」
「なぜだ。かたきだろう?」
「俺は、斬り合いの最中、押し戻した時に、伯爵が何かに気を取られて、致命傷になっただけで、知り合いでもないし、元々憎んでいたわけでもない。殺意もなかったんだ。誤解に基づく斬り合いで、これ以上犠牲者を増やしたくない。」
「でも、お前をヒト殺しと呼んで命を狙ったぞ。」
「話せば分かる。現に、こうやって話せている。伯爵だって、話し合ってくれれば、斬り合わずに済んだ。ただ、事故とは言え、死なせてしまったのは申し訳ないと思っている。」
俊太郎は手を合わせた。
「何だその手は?謝っても父上は帰らぬ。」
「それは・・・そうなんだが。これは私の家では死者を弔う作法だ。それに、加減が出来る相手ではなかった。必死にならなければ俺が死んでいた。」
「確かに・・・。」
「あの時、何かが話しかけたんだ。『ハナシヲキイテヤレヨ』と聞こえた。」
「お前らツノなしは精霊が見えんのか。確かに、精霊が父に話しかけた。」
「見えてた・・・?のですか?」
「ああ。確かに父の方が圧倒していたし、殺す気で剣を振っていた・・・様に思う。」
「そうなんです。すさまじい剣でした。」
「そうか・・・。」
「あんな真っ直ぐな太刀筋は見たことがありません。かなり心根の正しい方だったのでしょう。」
ミレナがじわりと潤んだ。
「・・・父は・・・母上にも私にも優しい人だった。領民の訴えを良く聞き、その日もホブゴブリンの長達に、穴から漏れる魔族が虐殺されて困っていると、何か頼まれていたのだ。ちん・・・何だっけな。」
「陳情でしょうな。」
「そうそれだ。」
「それで見回っていて。お前が私を蹴り飛ばしてゴブリンを刎ねたので、蹴りと、首はねで、死刑だと言っていた。」
「暴行と殺人ってことでしょうかね。」
語彙がたどたどしいミレナをロナウドが補う。
「そういうことだ。」
一同沈黙してしまった。テレサがそっとクッキーの皿を補充した。
ミレナは、それを細い指でひとつまみした。
「美味いな。」
「へへ、ちょっといい奴でさ。おわかりですか?」
ロナウドが自分が焼いたわけでもないのに頭をかいた。
「許したわけではない・・・。だが・・・。」
ミレナはゆっくりと言った。
「ツノなしとは随分風習が違う。もう少し話を聞いてみたい。」
「俺もそう思います。例えば、穴は、伯爵か魔王の策略だと思っていました。」
「そんなことはない。父も5年間、といっても私は小さい時のことはあまりよく知らないが、ずっと穴の問題に悩んでいたのだ。ゴブリンの長どもも困っていた。」
「つまり・・・。あなた方が開けた穴ではない?」
「そうだ。お前達が禁呪であけたのではないのか?」
「いえ。そんな、魔界とのトンネルが開けられる魔法師なんて聞いたことがありません・・・。」
「と、いうことは、お互い相手のせいではないかと思って困っていたと?」
「そのようで。」
「何度か、来させてもらう。俊太郎。次回は街を案内せよ。」
俊太郎はチラリとロナウドを見た。ロナウドはうなずいた。
「承知…致しました。」
「案ずるな。高位魔族はツノを隠せる。」
ミレナが水牛のような角を触ると、サッと消え、綺麗な髪の毛があるようにしか見えなかった。
「これなら・・・。大丈夫でしょう。」
その時だった。
何かが駆け込んできたのだ。




