1-3.北畠
1-3.北畠
「ごめん下さい。」
俊一が菓子折を手に、剣道師範、北畠仁兵衛の家の門をくぐった。
鶏小屋の前にちょんまげを結った白髪交じりの男が、座っていた。彼は来客に気づいてないのか、気づいていて手が離せないのか、俊一の方を振り向こうとすらしない。
――今、後ろから斬り掛かったら一本取れるのでは?
俊太郎は子供心に、そんなことを思いついた。
「これ!」
俊一が俊太郎を制した。そのちょんまげの男は、鶏舎の前でしゃがみ込んでいる。
――え?鶏と睨めっこ?
北畠は、微動だにしない。
――俊太郎は、そのちょんまげに手刀をチョップしてやりたい衝動に駆られた。
(止めなさい)
俊一が俊太郎をつかんで離さなかった。その瞬間、
ーーケッ。
と言いたくなった頃に鶏が実際にそう言って北畠から目線を外し、餌を啄み始めた。俺の勝ちとでも言いたげに雄鶏はコケコッコーと鳴いた。北畠は、まだ動かない。負けたのかーー?
「じいちゃん、この先生、ホントに強いの?鶏に負けてなかった?」
俊太郎は祖父に文句を言った。俊一は静かに首を振り、重い声で絞り出した。
「この人の強さは、いずれ、分かる。」
祖父は俊太郎の愚痴など気にも留めなかった。
「どうやると勝つの?」
俊太郎は祖父に耳打ちした。祖父が答える前に、男はこちらを向いて柔和な笑顔を見せた。
「今日もダメでした。こんにちは、俊一さん、ようこそ。」
「孫の俊太郎です。ほれ」
「初めまして。里見俊太郎と申します。剣を教えて頂きに参りました。よろしくお願い申し上げます。」
俊太郎は、口だけは言い含められて来た通りに挨拶した。
ーーなんか、鶏に負けて、弱そう…。
北畠は、
「もっかい」
と、呟いたように聞こえた。
「もう一回やるんですか?睨めっこを?」
俊太郎は高い声を出してしまった。
「木鶏じゃよ。」
俊一が言った。
「???」
俊太郎には何のことだか全然わからなかった。
(後で教えてやる。大事なことじゃ)
俊一が耳打ちした。
「抜かずの剣、それがこの道場の真骨頂だ。」
祖父は北畠と知り合いなのが自慢なのか、鼻の穴を大きくしながら胸を張った。
「抜かずの剣?まだ分かりませんが、先生の教えを守れば、龍を倒せますか?」
俊太郎は北畠を正視した。北畠はじろりと胆力のある目線を返した。俊太郎は息をのんだ。




