1-14.ロナウドの負傷
1-14.ロナウドの負傷
ある日、ゴブリンの群れの中に、ホブゴブリンが混じる戦闘が発生した。ロナウドが前線で奮闘していた、その時だ。
「……良い男!」
誰かが、そう囁いた。女の声だ。
そして、ロナウドには見えてしまった。
蝶の羽根を持つ、人型の精霊が。
――あっ。
次の瞬間、ホブゴブリンの刃が、
ロナウドの太ももを斬り裂いた。
血飛沫が舞う。
「ツっ!」
「隊長!」
転倒したロナウドを後方に任せ、俊太郎がすぐさまカバーに入った。
槍の間合いだったが、
俊太郎は一瞬で距離を詰める。
斬――。
村霧で放った居合と同時に、虹色のミストが弾け、ホブゴブリンの胴体は真っ二つになった。
リーダーを失ったゴブリンたちは烏合の衆となり、あとは作業的に駆除が完遂していった。
支援部隊がロナウドの止血を行い、ヒールをかけながら搬送して退いていく。
副長ロビーの指揮のもと事態を収めた後、駆除隊は、サミュエルのみならず隊長ロナウドまでが負傷してしまい、重い足取りで帰投した。
即座の止血と、早めのヒール、ポーションの使用により、ロナウドの怪我は、傷の割には深刻なものにならずに済んだ。
俊太郎も、ロビーとサミュエルの後ろについて、ロナウドを見舞いに行った。幸い、意識もあり、鎮痛も上手くいっているようだった。
「すまん。ひと月ほど、動けない。ロビー、不在の間、隊長代行を頼む。」
ロナウドは、とくに副長のロビーに向けて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「承知しました。しゃーないっすね。」
ロビーは肩をすくめた。
「隊長にサミュエルと休まれて、
その間にも穴は日に日に大きくなっている。
……正直、俺一人じゃ持たないかもしれません。」
「お前の副長が必要だよな?」
「ええ。」
「誰が良い?」
三人が同じ方を見た。俊太郎である。
ーー俺じゃ、ないよな?
俊太郎は、背中に冷たい汗が流れた。
ベテラン三人は俊太郎の意向などそっちのけで話し合い始めた。
ーー慎重なくせに実は強い。
ーー新入りではある。
ーー全戦無傷で帰投。
ーーティエリとルイスの回収
ーーリズの馬車での仁王立ち
ーーサミュエルの救出
ーーホブゴブリンを両断。
他にそれだけのことをした隊員はいなかった。三人は静かに頷き合った。
「シュン、副長代行をやれ。命令だ。」
「承知…しました。」
俊太郎は、腹を決めて答えた。背筋に定規が入ったようだった。
俊太郎の処遇がきまると、ロナウドは、見舞いに訪れた三人に、改めて、大事な話がある、と言った。
「ロビー、サミュエル、シュン……ちょうどいい。少し、話を聞いてほしい。」
その声音は、どこか普段と違い、懇願するような口調だった。
頼まれずとも、百戦錬磨のロナウドが、ホブゴブリン相手に遅れを取るなど、誰も想像していなかった。
とりわけ精霊を目撃していたサミュエルは、自分と同様、あるいはそれ以上のノイズがロナウドにもあったのではないかと、むしろ問いただしたい気持ちでいた。
三人は、自然と背筋を正した。
三人が固唾を飲む。重い沈黙が支配した。
しばし瞑目して考えを整理していたロナウドは、ゆっくりと口を開いた。
「俺はな、見たんだ。」
ロナウドは言った。
「何をだ?」
三人は目で問うた。
「精霊がいた。……はっきり見えた。もし人間なら目を奪われるような八頭身の美人だった…。本当に目が合ったんだ。…だが、その一瞬でホブゴブリンに斬られた。」
「えっ?!」
サミュエルが、思わず声を上げた。
「……やっぱり、精霊がいたのか。」
ロナウドは頷いた。
「ああ。一般兵たちも、何となく“いた気がする”と言ってる。
サミュエルも、シュンも……ちらりと見てる。」
一拍、置いてから、ロナウドは続けた。
「そして、俺は――はっきり見た。」
さらに、低く吐き捨てるように、
「しかもだ。『うふふ』じゃねぇ。
『良い男!』なんて、言いやがった。」
ロビーが、ニヤニヤしながら突っ込んだ。
「その話、テレサに知られたら、入院が延びるな。目移りして斬られるとは。」
「バカ言え。」
ロナウドは即座に返した。
「本当に、目が合っただけだ。」
ロビーも、ロナウドの復帰が遅れれば自分の首が締まることは分かっている。
だからこそ、それ以上は踏み込まず、冗談で収めた。
ロナウドは、少し間を置いてから言った。
「……この魔物の湧き方だがな。」
三人を見渡す。
「俺たち、何か大きな勘違いをしているのかもしれない。」
「それで……。」
ロナウドは言った。
「俺の名で、報告を上げておいた。
ゴブリンやコボルトだけじゃない。精霊も、湧いているとな。」
一拍、置いてから続ける。
「お偉いさんが、どう受け取るかは分からんが……。」
ロナウドは、静かに言い切った。
「何をおいても、事実は伝えねばならん。」
かくして、ロナウドによる精霊の報告、ロビーの隊長代行と俊太郎の副長代行就任は、静かに決まった。
ーー俺に務まるだろうか?
俊太郎は、胸に圧迫感を感じのだった。精霊が見えないというのに・・・。




