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Prologue

― 10年前


柔らかな陽の光が差し込む庭園。

季節は春。花々が静かに揺れていた。


その中心で、ひとりの少年が駆けていく。


「アルノ!アルノ!聞いて、聞いて!」


弾んだ声。

無邪気さを隠しきれない笑顔。


呼ばれた執事――アルノは、静かに一礼した。


「はい、ひるかお坊ちゃま。慌てずとも、きちんとお話は伺っていますよ」


「えへへっ、ありがと!」


少年は足を止め、少しだけ声を潜める。


まるで“秘密”を打ち明けるように。


「例の少女についてなんだけどね……実は今度、会う約束をしたんだ!」


その言葉に、アルノの表情がほんのわずかに揺れた。


だが、それは一瞬のこと。


すぐに元の無表情へと戻る。


「……そうでございますか」


「すごいでしょ!やっとだよ!ずっと探してたんだ!」


少年は嬉しそうに笑う。


だが――


「お坊ちゃま」


アルノは、静かに言葉を挟んだ。


「“例の少女”というのは……本当に存在するのでしょうか」


その一言で、空気が変わる。


少年は一瞬きょとんとしたあと、少しだけ頬を膨らませた。


「いるよ!ちゃんといる!」


「……どちらでお会いになったのですか?」


「えっとね――」


少年は言いかけて、言葉を止めた。


思い出そうとするように、視線が宙を彷徨う。


「……あれ?」


沈黙。


風が、花びらを揺らす。


「……どこだっけ?」


その違和感に気づいたのは、アルノだけだった。


「お坊ちゃま?」


「でも、いるのは本当なんだ!絶対に!」


少年は強く言い切る。


まるで、自分に言い聞かせるように。


「名前も……ちゃんと知ってるし……」


「……そのお名前は?」


アルノの問いに、少年は口を開いた。


しかし――


「――……」


声が、出ない。


喉に何かが詰まったように。


思い出せるはずのものが、そこだけぽっかりと抜け落ちている。


「……お坊ちゃま」


アルノの目が、わずかに細められる。


その時――


「ひるか様」


静かな足音と共に、一人のメイドが現れた。


「お話中申し訳ございません。パートナーの皆様がお集まりです」


その言葉に、少年の表情がぱっと明るくなる。


「おお!ナツじゃん!」


さっきまでの違和感など、なかったかのように。


「分かった!今行く〜!」


駆け出す少年。


その背中を見送りながら、アルノは小さく呟いた。


「……パートナー、ですか」


風が止む。


庭園に、わずかな静寂が落ちる。


そして。


誰にも聞こえないほど小さな声で――


「……七人、揃ってしまいましたね」


その言葉の意味を、まだ誰も知らない。

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