90 暴露
上り続けていた階段の先に、屋上部分へと続く扉がある。
「お前はここに隠れていろ」
『う、うん……』
リヒャルトが指示すると、ウサギはぴゃっと物陰に隠れた。
それを確認し、リヒャルトは扉に手をかけ、勢いよく押し開く。
果たしてそこに、探し人はいた。
「リヒャルト、来ないで!!」
拘束されながらも懸命にこちらに向かって叫ぶエルゼと、
「おやおや、やっとご到着ですか。待ちくたびれましたよ」
悪意に満ちた薄ら笑いを浮かべる見知らぬ男。
エルゼは生きている。
間に合った……という安堵と共に、この事態を引き起こした男への殺意が湧いてくる。
「随分と大掛かりな手を使って、俺をここに呼び寄せたのは貴様か」
静かにそう問いかけると、男は大きく口角を上げた。
「えぇ、さすがはリヒャルト皇子。ご明察ですな」
「長々と話をするつもりはない。遺言がないのならさっさと終わらせるぞ」
一刻も早く、目の前の不愉快な存在を消し去りたい。
そんな思いで剣を構えると、男はエルゼの首元に懐から取り出した刃物を押し当てた。
「おっと、せっかちですね。せっかくこうしてお話しできる機会が訪れたというのに」
「ちっ……」
エルゼを人質に取られ、リヒャルトは舌打ちする。
エルゼは首元に押し当てられた刃に一瞬怯えたように顔をひきつらせたが、すぐに果敢に声を上げた。
「リヒャルト、私のことは構わないで! こいつの言うことを聞いちゃダメ!」
リヒャルトは再度舌打ちをした。
動きを止めたリヒャルトに、男はにやりと笑う。
「さすがはリヒャルト殿下、お優しいのですねぇ。……そんなリヒャルト殿下の慈愛の心に免じて、一つ良いことを教えて差し上げましょう」
男の笑みが深まる。
まるで、この状況自体を楽しんでいるかのように。
いったいこいつの目的は何だ。
エルゼを使い、リヒャルトをここにおびき寄せ、何を企んでいる?
そんなリヒャルトの疑念に応えるかのように、彼はゆっくりと口を開いた。
「一つ、昔話をしましょうか」
この状況にそぐわない陽気な声で、男が言う。
「かつて、一人の男がいた。未来を見通す一族の中で、男にはその力がなかった。嘲り、罵られ、一族を追われた男は……やがて気づいた。未来を見通す力などいらない。自身が描いた未来を実現させる力があればよいのだと」
リヒャルトは気を落ち着けるように、剣の柄を握り直した。
まるで凍った血が全身を忙しなく巡るように、嫌な予感が渦巻いている。
その先の言葉を聞いてはいけない。だが、聞かなくてはいかない。
そんな矛盾した思いが頭に浮かんでくる。
リヒャルトの様子を知ってか知らずか、男は相も変わらず楽しそうに続けた。
「男はとある国にたどり着いた。そこで運よく、その国の皇后に仕える機会を得た。華やかで美しい皇后も、その実悩みを抱えていた。自身の息子は体が弱く、側妃の息子に皇位を奪われるのではないか、と」
「まさか……」
リヒャルトの心臓がどくどくと脈打つ。
嫌な予感が、現実になろうとしている。
「だから私は、彼女の懸念を払拭し描いた未来を現実にしようとした。……側妃やその娘ごと、彼女の息子を消し去ることでね! ……覚えていらっしゃるでしょう、リヒャルト皇子」
「貴様……貴様がっ……!」
リヒャルトはすべてを理解した。
皇后に取り入り、凶行へと奔らせた「先詠み」……それが、目の前の男なのだ。
リヒャルトがずっと自らの手で復讐を遂げたかった怨敵が目の前にいるのだ!
血管が切れてしまいそうなほど強い力で剣を握り締め、リヒャルトは殺意を込めて目の前の男を睨みつけた。
……落ち着け。落ち着かなければならない。
リヒャルトの力をもってすれば、目の前の男へ復讐を遂げるのは数秒とかからないだろう。
だがその数秒の間で……男はエルゼを殺害することが可能だ。
リヒャルトが復讐を遂げることを選べば、それと同時に再び大切なものを失ってしまうのだ。
血が滴るほど強く唇を噛みしめ、リヒャルトは今すぐにでも目の前の男へ斬りかかりたい衝動を抑えた。
そんなリヒャルトを見て、男は声をあげて笑った。
「ははっ、これは傑作だ。ずっと宿し続けた復讐心を必死に制するほど、この王女が大事なのですか? ……彼女が、ずっと大事なことを隠し続けてあなたの妃の座を狙っていたとしても?」
「……何が言いたい」
ただの挑発だ。まともに相手をすれば奴のペースに飲まれる。
そうわかっていても、問いかけるのを止められなかった。
首元に刃を押し付けられたままのエルゼの表情が、絶望に歪む。
「リヒャルト……」
彼女は力なくリヒャルトの名を呟き、俯いてしまった。
「これは素晴らしい! 戯曲の脚本かと思うほどに芸術的な対面ですね! それでは、彼女がずっと隠したかった真実を教えて差し上げましょう」
エルゼがずっと隠していた秘密。きっとそれは、彼女がリヒャルトから距離を置いた理由に繋がっているのだろう。
息をのむリヒャルトの前で、男は愉悦の笑みを浮かべたまま告げた。
「エルゼ王女……彼女はあなたの怨敵である『先詠み』の一族の娘だ。マグリエルは『先詠み』の潜む隠れ里の一つ。彼女は国を守るために、正体を隠してあなたの妃になろうと画策していたのですよ」




