88 またひとりぼっちになっちゃう
だが、必死に捜索してもエルゼは見つからなかった。
あれだけ巨大な鳥なのだ。目撃情報を辿っていけば居場所がわかりそうなものだが、不思議と城外の民は何も見ていないのだという。
ということは、まだ王宮周辺――おそらくは王宮を取り囲む湖のどこかにいるはずだ。
もちろん、人手を割いて見落としの内容に捜索をしている。
リヒャルト自身も自らの足で、エルゼを探していた。
それでも、見つからないのだ。
時間が経つほどに、苛立ちと焦燥が募っていく。
いったいエルゼはどこに行ってしまったのか。
まだ、無事でいてくれるのか。
(……お前まで、俺を置いていくのか)
幼き日に、瞬く間に奪われた母と妹の笑顔が脳裏に蘇る。
またあんな悲しみに直面したら……きっと、今度こそリヒャルトは壊れてしまうだろう。
最悪の未来を想像し、歯噛みした時だった。
『ぉーぃ』
一人で次の捜索場所に向かおうとしていたリヒャルトの背に、小さな声で呼びかける者がいた。
反射的に振り返る。だがそこには誰もいない。
焦りと疲労の生んだ幻聴だろうか。
だが今の声は、どこかで聞いたような――。
『おーい、聞こえてる?』
もう一度、声が。しかもリヒャルトの足元から聞こえた。
足元に視線を落とすと、そこには小さなウサギがいた。
このウサギには見覚えがある。
エルゼがよく連れていた、喋る不思議なウサギだ。
首根っこを摘まみ上げ持ち上げると、ウサギはぶーぶーと不満を口にする。
『そんな物みたいに持たないで! もっと優しく抱っこして!』
「注文の多いウサギだな」
仕方なく言われた通りにすると、ウサギは満足げにすり寄って来た。
ふわふわな感触とあたたかなぬくもりに、普段のリヒャルトならば多少なりともやすらぎを感じたかもしれなかった。
だが今は、そんな心の余裕はなかった。
「もういいか。俺は忙しい」
『待ってよ! エルゼがもうずっと戻ってこないの。どこに行ったか知らないかと思って……』
ウサギの言葉に、リヒャルトは落胆した。
もしかしたらこのウサギが何か知っているのではないかと思ったが、リヒャルトと同じくエルゼの居場所はわからないようだ。
「あいつは行方不明だ。俺も今探している」
そう言うと、ウサギは驚いたようにぴん、と耳を立てた。
『行方不明? どこに行ったかわかんないってこと?』
「……そうだ」
本当はこんなことを言いたくはなかった。
リヒャルトと同じようにエルゼの不在を嘆いているウサギに、いい報告をしてやれないのが歯がゆかった。
『エルゼ、いなくなっちゃったんだ……』
ぽつりと、ウサギがそう呟いた。
そのものがなしい響きに、リヒャルトは唇を噛む。
『エルゼがいなくなったら、またひとりぼっちになっちゃう』
ひどく悲しげにそう零して、ウサギはますますリヒャルトの方へとすり寄って来た。
……リヒャルトは別に動物が好きではない。
嫌いなわけではないが、好んで愛玩しようとは思わないし、狩るべき時は狩る対象とみなす。
だが、何故だろうか。
今は無性に……腕の中のウサギに対して庇護欲のようなものを感じていた。
どこか懐かしい、この感覚は――。
『あっ!』
不意に、ウサギが何かに気づいたようにピン、と耳を立てた。
そのままフンフンと鼻を鳴らし、ぴょん、とリヒャルトの腕の中から飛び出していく。
『エルゼだ』
「あいつの居場所がわかったのか!?」
『わかんない、わかんないけど……なんとなくあっちの方にいる気がする』
ウサギはどこかへ向かって、懸命に走っていこうとする。
リヒャルトは慌ててその体を鷲掴み、問いかけた。
「待て、どこへ行くつもりだ」
『エルゼのとこ! いるかわかんないけど……』
「……その体でうろうろしていたら野生のウサギと間違えられかねない。俺が運んでやる」
『ほんと!?』
リヒャルトの提案に、ウサギは目を輝かせた(ように見えた)。
『エルゼはあっちの方にいる気がする! 連れてって!』
「あぁ、わかった」
ウサギが見つめる方へと、リヒャルトは足を進めた。
このわけのわからないウサギの言うことを真に受けていいのかはわからない。
だが、今だけは……それが一番の正解だと思えたのだ。
配下も連れずにウサギだけを抱え、リヒャルトは王宮を取り囲む湖へと舟をこぎ出した。
この湖には多くの小島が点在している。
ウサギが言うには、その中のどこかにエルゼがいるようだが……。
『うーんと……あっち!』
ウサギが示す方向へと船を進めていく。
やがて、リヒャルトの目にあるものが映った。
「っ……!」
『見て! あそこに建物がある! エルゼがいるのかも……ってどうしたの?』
ウサギは怪訝そうにリヒャルトの方を振り返った。
それほど、今のリヒャルトはひどい顔をしているのだろう。
「……あそこに、あいつがいるのか」
『そんな気がする!』
リヒャルトは複雑な思いで、視線の先の建造物を見つめた。
孤島にそびえ立つ、堅牢な石造りの塔。
他者を拒絶するような重々しい空気を纏うそれは、罪人を幽閉しておく場所だった。




