第四話 判定
「さあ、いよいよね!」
百合は、玄関で靴を履いている優二に声をかけた。
「はい!」
「今まで、休みの日も一生懸命特訓してきたわね。苦手だった数学も英語も、もう十分に実力がついているわ」
「はい!」
「度胸だってついたでしょう?」
「……ジェットコースターのおかげですか?」
「そうよ! あんな怖い思いをしたんだから、模試くらいで緊張することないでしょう?」
百合は得意げに胸を張った。
あの遊園地で、どちらが大きな悲鳴を上げていたかは、もちろん口にしない。
「ふふっ。もう、やれることは全部やったわ。あとは自分を信じるだけよ!」
そう言うと、百合は優二をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫! 今のあなたなら、きっとできるわ!」
「……はい!」
ふわりと漂う優しい香り。
百合のぬくもりに包まれながら、優二は力強くうなずいた。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい! 落ち着いて頑張るのよ!」
優二は大きく手を振ると、玄関を飛び出していった。
その足取りには、今までにない自信が感じられた。
* * *
それから数週間が過ぎた。
その日、百合は予備校での仕事を終えると、いつもより少し早く帰宅した。
今日は、優二が受けた全国模試の結果が返ってくる日である。
前回までの成績はB判定。
決して悪い結果ではない。しかし、普段の特訓で見せる優二の実力なら、もう一段上を狙えるはずだった。
「……どうだったかしらねえ」
百合は小さくつぶやいた。
キッチンでは、夕食の準備が進んでいた。
百合は時折時計に目をやりながら、優二の帰りを待った。
そのときだった。
ガチャッ!
「姉さん! ただいま!」
玄関の扉が勢いよく開いた。
「あら、お帰りなさい! どうだった? 模試の結果!」
「それが……」
優二は鞄から一通の封筒を取り出した。
「……まだ、見てないんです」
「あら、どうして?」
「姉さんと一緒に見たくて……」
「まあ……」
百合は少し驚いたが、すぐに微笑んだ。
「そう。じゃあ、一緒に見ましょうか!」
優二は居間のテーブルに向かい、椅子に腰を下ろした。
封筒には「全国総合模試 個人成績表」と印刷されている。
優二はそれを両手で持つと、大きく息を吸い込み、目を閉じた。
今回の模試では、すべての問題に解答した。
苦手だった数学も英語も、最後まで落ち着いて取り組めた。
全力は尽くした。
あとは、結果を待つだけだ。
「……優二くん?」
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。たとえ結果が悪くたって、また頑張ればいいんだから」
「……はい」
「さあ、開けましょう!」
優二はうなずくと、ゆっくり封筒を開いた。
手に汗がにじんでいる。
中から折りたたまれた成績表を取り出した。
百合も隣からのぞき込む。
二人は、ほとんど同時に志望校の判定欄へ目を走らせた。
第一志望:国立房総大学 法学部
総合偏差値:64.0
合格判定:A
「やったあああっ!」
パチン!
二人のハイタッチの音が、部屋いっぱいに響いた。
「ありがとうございました。すべて、姉さんのおかげです……それで、その……」
百合は優二の顔を見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「ふふっ。わかっているわよ。でも、まずはご飯を食べてからよ!」
にっこり笑う百合の手には、しゃもじが握られていた。
* * *
その夜。
優二はベッドに横になり、A判定を取った喜びをかみしめていた。
コンコン。
「優二くん、まだ起きてる?」
「はい!」
寝間着姿の百合が入ってきた。
「ねえ、また後ろのホックをお願いできる?」
「えっ? は、はい……」
優二は緊張しながら百合の背中に手を伸ばした。
「……あれ?」
「ふふっ。今日はもう外してあるのよ♡」
「ええっ!?」
百合は楽しそうに笑った。
そして、ベッドに腰を下ろすと、するりと布団に潜り込んできた。
「えっ!? お、お姉さん!?」
「よく頑張ったわね。今日は特別よ。私が抱き枕になってあげる♡」
「ええっ!?」
「ふふっ。遠慮しなくていいのよ」
優二はおそるおそる腕を伸ばした。
だが、百合に触れる寸前で、その手が止まった。
あとほんの少し。
それなのに、そのわずかな距離が、ひどく遠く感じられた。
「……どうしたの?」
百合が優しく微笑んだ。
優二は小さく息をのみ、そっと百合を抱きしめた。
ふわりと優しい香りに包まれ、薄い寝間着越しに、百合の体温と柔らかなぬくもりが伝わってきた。
「姉さん……」




