第七話 退屈に一刺しのスパイスを
さて、先に言わせてもらうが、俺の物語に、授業シーンが登場することは、まずない。
金曜日、白石さんの家でたこ焼きを作って食べた。その後の土日は、びっくりするぐらい何もなく、憂鬱な月曜日を迎えてしまったのである。
そして昼休み。
「秋人、飯食おうぜ」
「ん?ああ、いいぞ」
いつものように、悠次が俺の前の席から椅子を拝借して昼飯を取る。ちなみに、芳野はいつもいるわけではない。今日は別の友達と食べてくるらしい。というか、そういうときの方が多い。
「今日もパンばっかで、よく飽きないよな」
「秋人、お前は何もわかっちゃいない」
「何がだよ」
「やれやれ、君はこれだから......」
「じゃあ何が分かってないか教えろよ」
「はあ、それを知って君はどうするつもりだ?」
「お前、何も思いつかずに行ったから、説明できないんだろ」
悠次は、眼鏡をくいっと上げる。
「ご明察。さすがは秋人だ」
「意味が分からん」
悠次のことは放って、俺は卵焼きを箸で半分に割り、口へ放り込む。見た目こそ少し歪だが、味は完璧である。
「なあ秋人、お前って部活とかやんないのか?」
「どうした?急に」
「お前ってさ、僕と芳野さん以外で人と関わっているところを見ないからさ。部活とかして、もっと友達とか増やさないのかなって思ったんだ」
「残念ながら、そのつもりはないな」
「ふーん」
悠次が、俺を見たままパンを一口かじって、咀嚼する。
「お前ってさ、なんだか人を避けてるよな」
は?何を言っているんだ?俺は今、お前と話してるじゃないか。
「何を言ってるんだよ。急にどうしたんだ」
「一年のころから思っていたけどさ、極力かかわる人間を増やさないようにしているように見えるんだよ」
「そんなわけないだろ——」
箸を一本、弁当の上に落としてしまった。
そんなわけ、ない——はずだ。
自分のこれまでの記憶を探った。誰と、どんなふうに、どれだけ接したかを。思い出せば思い出すほど、誰とも関わっていないことがわかる。
元より、俺は人と接するのが得意ではない。かと言って、人を避けているわけではないはずなのだが。
「だからさ、もっと人と関わる機会増やした方がいいぞ。俺と芳野だけだと、お前が困ったとき、必ず手助けできるとは限らないんだからさ」
「それもそうだな。考えておくよ」
悠次の声のトーンがいつもと違い、表情も心配といった感じだ。相変わらずの性格のようだ。なんだか申し訳ないな。しかし、無自覚なのだから、対策しようにもできないんだよな。
このままの空気だと、美味いはずの弁当まで、味がしなくなってしまう。せっかく上手く作れたのだ、それはもったいない。
「俺のこと心配するのはいいけどよ、お前だって部活やってんのかよ」
「やってるよ?野球」
「へ?」
俺の喉から、一度も出たことのない音が発せられた。この、眼鏡をした真面目そうな面をした悠次が?どっからどう見ても、野球より、パソコン部の方が似合っていそうな、賢いキャラが?なぜに体育会系なんだよ。いや待て、髪型をスポーツ刈りにして、顔を丸っこくしたら、ギリどこぞの磯一家の長男を野球に誘うことも出来そうでは——無理だな、似てないわ。
「おい秋人、いますごく失礼なこと考えていただろ」
「そそ、そんな訳ないだろ?お前が野球やってたのは驚きだったが」
「まあな、といってもレギュラーとか目指してるわけじゃないが。のんびり楽しくやってるよ」
「うちの学校、スポーツ弱いしな」
事実、この学校が大会に出て、成績を残した話など、聞いたことないし、今後も聞くこともないだろう。
「でも弱いおかげで、部活自体緩めだから助かってるよ。野球はただの趣味に過ぎないからね」
そんなことを言われたら、部活をガチでやっている奴はキレそうだな。
「やっぱり意外だな。野球やってるが。どう見たって運動部より文化部みたいな見た目だし」
「そうかな?そんなこと言ったら、秋人が何もやっていない方が意外だよ。どう見たってスポーツやってる人間だ」
「偏見だな」
「それはお互い様だろ?」
「それもそうだな」
「どう見たって、スポーツ顔なんだけどな」
どんなだよ。俺はスポーツ刈りもしてなければ、生き生きとした顔でもないし、体格だってそこまでいいわけじゃないのだけど。
「あーでも昔、一度だけサッカーやってそうとかは言われたな。俺サッカーやったことないけど」
「ははは!お前がサッカーやってるところは想像つかないな」
「俺もだよ。チームスポーツは苦手だし」
サッカーとかのチームスポーツとかは嫌いだ。スポーツのシステム自体もだが、チームワークなんてものはまっぴらごめんだ。自分以外のことを考えて、行動したりするのなんて嫌だね。
「そもそも秋人がスポーツやってる姿は想像できないな」
「同感だ。だが残念。俺は昔、水泳はやっていたぞ」
「まじか」
まじだ。中学までだけどね。
「じゃあ水泳部にでも入ったらいいじゃん」
「残念ながら、それは無理だ。もう水泳はやれないからな」
「それは本当に残念だ。でも、もっと人と関わるようにはした方がいいぞ」
「肝に銘じておくよ」
そうこうしているうちに、互いに昼飯を食い終わってしまった。
それにしても部活か......悠次には悪いが、やることはないな。てか、できない。
俺は弁当箱をカバンに入れる。そしてお茶を飲もうとするが、空っぽだった。自販機で飲み物でも買うか。
「悠次、俺は自販機で飲み物買ってくるけど、一緒に行くか?」
「ごめんだけど、お前からのデートのお誘いは、断らせてもらうよ」
「あら、振られちゃった。悲しいな」
「ドンマイ。他をあたりな」
それはできない。他がいないから。
俺は一人ぼっちで、自販機のある中庭方面へ向かった。
中庭と言っても、さほど広い物じゃない。少し腰を休める場所と、花壇がある程度だ。そして、中庭に出るドアのすぐそばに、二つ自販機が設置されている。
「さーて、何飲もうかなー」
自販機を隅から隅まで見渡し、何を買うか選ぶ。
「しっかし、高いな。スーパーなら同じやつ二本は買えるぞ。自販機プライスは恐ろしいな......」
自販機に二百円入れ、またしばらく悩んだ後、缶コーヒーを買うことにした。やはりコーヒーこそが至高である。
「さて、教室に戻るとするかね——」
缶コーヒーを取り出し、立ち上がる。すると、すぐ後ろから聞き覚えのある声がした。
「それ、美味しいの?」
その声は小さく、冷たく、しかしどこか優しさを感じる声だった。
俺はゆっくりと振り向いた。そこには、いつぞやのたこ焼きを一緒に作った白石さんではないですか。先ほどの声の主は、まさかの白石さんだった。
「や、やあ白石さん。この缶コーヒーに興味がおありで?」
「うん」
「さいですか......」
それにしても驚いた。白石さんとは、席も隣だし、一度食事までしたっていうのに、学校では一言も話すことはなかった。一言もだ。「おはよう」そんな単純な挨拶すら交わしていない。こちらからもあちらからも話しかけたことはなかったが、その膠着状態を打破したのが、まさかの白石さんだったのである。
「えっと......白石さんってコーヒーとかは飲まないのか?」
「飲まない。飲んだこともない」
「それで気になったと」
白石さんはこくりと頷いた。飲んだことがないらしい。美味しいのに。
「飲んだことないんだな。なら飲むか?」
この時、俺はさりげなく。というか完全に無意識にそう言った。なぜか喉からするりと出てきた言葉だったのだ。
俺は、さりげなくなかなかな提案をしたことに気が付き、撤回しようかと考えた。しかし、撤回の言葉よりも先に、白石さんが口を開いてしまった。
「飲む」
先に言われてしまった。それに、断るわけではなく、むしろその逆だった。
「いいのか?苦いぞ?」
「うん」
再度確認。しかし、結果は変わらない。神崎秋人よ、もう諦めるしかない。おとなしく手元にある缶コーヒーを渡せ。渡せ。渡せ......
「どうぞ......」
俺は缶コーヒーの蓋を開けて渡した。白石さんは、それを受け取り、ゆっくりと口に近づけた。若さゆえか、きっと化粧などはしていないはずの白石さんの唇は、艶やかで、綿のような柔らかさを持ち合わせていそうで、美しさまで感じた。そんな唇は、缶コーヒーの飲み口にゆっくりと触れた。
そして一口。
「どうだ?」
「......」
反応がない。いやまあ、いつもそんな感じではあるのだが、せめてこういう場では、何か反応を示してほしいものだ。飲む口から唇を離し、両手で缶コーヒーを持ったまま黙っていた。だから何か言ってくれって。
白石さんが初コーヒーを味わってから、一分ほどしただろうか。ようやっとお返事が聞けた。
「はい」
白石さんは、缶コーヒーを俺に突き出す。うん、さっきのは撤回する。返事ではなかった。
「で、どうだった?」
「苦い」
「それがコーヒーだからな」
「......」
「それやるよ」
「え?」
「せっかくの人生初のコーヒーなんだろ?なら一口と言わずに、もっと飲んでみな」
計画通り、とでも言おうか。このまま缶コーヒーを返されたところで、俺が困る。なら、そのまま白石さんにあげればいい、と今思い至ったのだ。
だがしかし、世界はそう甘くない。コーヒーのように苦いものである。
「大丈夫。買ったのはヒトさんなので。返します」
「い、いやいや。大丈夫だよ。俺の奢りってことでいいからさ」
「私には苦かったので」
やっぱそうかよ。いやね、飲んでた時の表情から薄っすら察してはいたよ。お口に合わなかったんですね。残念です。さて、どうしようか。いい解決策が思いつかない。
俺が密かに唸りながら考えているとだ、これまた後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「でさーわらっちゃうよねーそれで——あれ?神崎君?」
背を向けていてもわかる。芳野だ。
今のこの会話のない空気を脱する好機であり、そして俺にとってかなりまずい悪機でもあった。
だが、ここで無視というのは人として終わりだ。俺は恐る恐るだが、声の主を見る。そこには、友達と一緒にいた芳野がいた。やはり当たっていたようだ。そして、一緒にいた友達には先に帰ってもらい、手を振っていた。
「や、やあ芳野。こんなところでどうしたんだよ」
「それはこっちのセリフでしょ?いつも昼は西川君と一緒にいるのに、こんなところで一人なんて——あれ?」
芳野は目を見開いていた。そして、俺に合っていたピントが外れた。きっと今の芳野の目には、俺はぼやけ、うっすらとしか映っていないだろう。それだけ、今は俺以外の人に意識が割かれているからだ。その人とは、今俺の目の前に立って、缶コーヒーを両手で持っている少女、白石さんだ。
「ねえ、神崎君」
「は、はい。なんでしょう」
「今は何してたのですか?」
怖い。なんだかすっごく怖いです芳野さん。
「えっと、自販機で飲み物でも買おうかなって......」
「じゃあそこにいる白石さんは?」
「さっきたまたま会ってさ。少しね」
「......ふーん、そっか。いやーごめんねー急に。あまり見ない組み合わせだったから、ちょっと気になっちゃって。たまたまなんだね」
「あ、ああ。たまたま会ったからな。席が隣なのに話す機会がなかったから、少し話してみただけだよ。ハハハ」
饒舌。早口。乾いた笑い。ごまかしている時の特徴てんこ盛りセットである。
「それにしても、白石さんってコーヒー飲めるんだね。それもブラックを」
「えっとそれは——」
まずい。このまま言われては!
「そそ、そうだよなー。俺もびっくりだよ。ちょうどコーヒーを買っているところで出会ってなー」
「あ、そういえば神崎君もコーヒー飲んでたね」
「そ、そう。だからちょっと話しかけてみようかなって。コーヒー飲むやつは珍しいからな」
「うーん。言われてみれば、コーヒー飲めない子の方が多いよね」
「だ、だろ?」
「うん。でもさ、コーヒーを買っているところに話しかけたのなら、なんで神崎君が自販機に背を向けているのかな」
しまった。確かに今は俺が自販機に背を向けている。そりゃそうだ。自販機を直前まで使っていたのは俺なんだから。缶コーヒーを買ったのは俺なんだから!
「まさか俺が缶コーヒーを買ったとでも?そ、そんなはずはないだろ。だって俺はアイスコーヒー派なんだからさ。ホットは熱くて飲めないんだって前も話したし」
「そういえばそんな話もした気がする。いやーごめんね。なんだか疑うみたいでさ。ちょっといろいろと気になっちゃう年頃ですから。えへへ」
ごまかせた——はずである。それにしても助かった......俺が猫舌でホットが飲めないということをこの間話したばかりで。ありがとう、猫舌の俺と過去の俺。
「それじゃあ私は教室に戻りますので。それでは!」
聞きたいことは聞き終わったのだろう。それだけを言って芳野は建物の中へと消えてしまった。
嵐は去った。多分。後は——
「それじゃあ俺も先に教室に戻るわ。悠次が待ってるし。それじゃ!」
白石さんに缶コーヒーを持たせたまま、俺はそそくさとその場から逃げる。俺を引き留め缶コーヒーを返そうとする白石さんには悪いが、それはそのまま君が飲んでくれたまえ。
俺は教室へ戻ると、悠次が机に両肘をついた状態で、手を組んで口元を隠して待っていた。
「何してんだ?」
「秋人、エ——」
「やめろ、それ以上は」
「いやーすまんすまん。秋人が帰ってくるのが遅くてな」
「あーそれはすまん。ちょいいろいろあってな」
「いろいろって?」
「いろいろはいろいろだ」
「そっか。一応詮索はやめておこう」
「ありがとう」
「だが、この僕を待たせた罪は重いぞ」
「俺は待っとけとか言った記憶はないんだけど?」
「だけど待たせたのは事実であーる!なので!今度この僕にジュースを奢りなさい!」
「断る」
「残念......」
引き下がるのかよ。そこは、「それでも奢りな」とか言うのがいつものお前だろ。どうした、肝臓でも痛いのか。
まあ、ともあれだ、何事もなく危機が去ったことを祝おうじゃないか。きっと何事もなく行くはずだ。てかそうなってくれなくては困る。
そうして俺は、水筒を手に取り、お茶を飲もうとした。
「あ......」
忘れていた。水筒からは一滴もお茶は降りてこない。だから自販機まで歩いたのだ。
「自分の分、買い忘れた......」
間に合わせた。間に合わせましたよ!
書きかけで放置してたら、何を描こうとしてたか忘れてしまって、続きが書けないかと思いましたよ。おかげで、別の作品がすごく捗りました。
これからは、書く時は最後までちゃんと書きます......




