第六話 たこ焼き美学(2)
ひっくり返される予定だったそれは、無残な姿になっていた。中に入っていたはずのタコは、外に飛び出してしまっている。
「ま、そんなもんだ。初めては」
俺はすかさず、ぐちゃぐちゃになったたこ焼きの形を整える。白石さんは、そんな俺を気にせず、また別のでひっくり返すのにチャレンジしている。まあ、数をこなすのが一番ではあるのだが。
白石さんは、今回の分の全てをひっくり返した——訂正しよう、全てを真っ二つに割るか、ぐちゃっとさせるかだった。もちろん、俺はその丸くなれなかった子たちを、ちゃんと綺麗になるように、手を入れる。さりげなく相手のミスをカバーする俺、かっこいい。嘘です、ごめんなさい。
「さてと、後は焼けるのを待つだけだ。って、おーい、ひっくり返したばっかだぞー」
なんと、白石さんがたこ焼きをひっくり返そうとしだした。気が早いにもほどがありますよ、お嬢さん。
こういうのは、気長に待つことも大切なのです。
「たこ焼きは逃げはしないんだ、まずはその皿にあるやつでも食って待っときなはれ」
「うん」
白石さんは静かにたこ焼きを食べ始めた。
うんうん、素直でいい子だ。後は、もう少し喋れ。
さてと、俺はもう食べ終わってしまったわけだが、暇である。いつもの俺なら、ここで暇つぶしにスマホでもいじるのだけど、さすがに人様の前でそれは非常識だ。俺にだって常識の一つや二つあるのでね。ならどうしようか。
俺が何をするか悩んでいると、白石さんが、
「ヒト......なくなった」
白石さんの皿の上は、すっかりたこ焼きがなくなってしまっていた。
「そうだな、なくなってるな」
「おかわり」
「今焼いてる。少し待ちな」
「焼く量少ない」
「そりゃあ、一人用だからな。そんなでかいのは、俺ん家にはない」
「なんで」
「そりゃあ、いらんからに決まってるだろ。俺だって人とたこ焼き食うなんて思ってなかったんだから。あれだぞ、俺はタコパとかしたことない人種なんだ」
「タコパ?」
「そう、たこ焼きパーティー、略してタコパ。友達と一緒にたこ焼きを作って食う会のことだ。残念ながら、俺にはそんな友達なんていなかったからしたことないがな」
「これはタコパではない?」
「さあ、どうだろ。なんか違う気がする。もっとこう、ほら、ワイワイしているもんだから。タコパって」
「ワイワイ」
「ワイワイ——じゃねえよ。擬音語を言っても意味ないんだよ」
「残念」
逆になぜ、それで行けると思った。
「はぁ......そろそろひっくり返していいころ合いだぞ、やりたきゃやりな」
俺の言葉に頷き、たこ焼きをひっくり返し始めた。初めの方こそ、失敗ばかりで丸くなりかけていたものを、無に帰していったが、最後の二個ほどは上手いことひっくり返せていた。
「最後は上出来だ。後は毎回できるようにならんとな」
「うん」
俺は今、このことを話したら、誰もが羨ましがるであろう光景を目にしている。
俺の目には、誰もが認める美少女が、一生懸命たこ焼きを作っている姿を映している。
第二陣を作った後、ラストの第三陣に取り掛かっていた。今回は、最初から最後まで、白石さんにやらせてみることにした。
そしたらどうだ、生地を入れようとすればこぼし、具材を入れれば不均等、ひっくり返せばぐちゃぐちゃに......それでも、俺は手を出さずに、最後まで一人でやらせた。といっても、手は出さないが、口は出すがな。
「そこ、もっとこう思いっきりやるんだよ。んで、はみ出た分を、内へ入れればいい。そしたら綺麗に仕上がる」
頬杖をつきながら、すごく雑に口を出す。
まあでも、結構上手くなってきた。最初に比べると、なかなかの上達っぷりで、なんだか俺まで嬉しくなってきたくらいだ。実際、俺にしては珍しく、口角が少し上がっていたと思う。
「よし、後はしばらく焼くだけだ」
どこか嬉しそうに、たこ焼きを眺める白石さん。まるで子供みたいだな。とは言っても、無表情がベースなんですけどね。あくまで、しぐさからそう見えるってだけなんで。
そう思うと、白石さんって言葉や表情こそ乏しいが、意外と動きに感情的なものが表れているような。俺みたいに、人とのかかわりが苦手なんだろうな、きっと。
俺は、たこ焼きからはみ出たこんにゃくが、ぱちぱちと焼かれているのを眺めながらそんなことを考える。
「さあ、そろそろ食えるぞ」
白石さんは四つだけたこ焼きを皿に乗せた。
「そんだけでいいのか?」
「うん」
「もう食わない?」
「うん」
「分かった」
俺は残ったたこ焼きを、別の新しい皿の上に乗せる。早いうちに冷ましておくのである。
「さてと、先に片付けられるものから片付けるとするかね」
俺は、食べ終わった皿や、箸、具材入れやボウルなどを台所に持っていく。そして、もう使わない調味料などは、先に袋に入れておく。
こういう、ちょっとしたことを先にしておかないと、後々めんどくさいからな。彼女が食べ終わるまで、他の皿とか洗っておくか。
「食べ終わったら、皿とか持って来てくれ」
「うん。わかった」
やっぱり返事が薄い。お前は感情を持たないロボットかなんかかよ。まあいいが、返事がないよりかはましだと考えよう。
白石さんが持ってきた皿も洗い、冷めたたこ焼き器も洗って、片付ける。洗い物なんてしていたら、水音がうるさくて、会話とかができたものじゃない。しかし、もとから会話がないと、そんな心配もいらないものなんだ。
「さて、これにて終わりだが、どうだった?美味かったか?」
「うん。美味しかった」
「美味かったのなら、苦労した甲斐があったってもんだ」
白石さんが、荷物をまとめる俺に問う。
「帰るの?」
「まあな。やることやったし、もう遅い時間だ。これ以上居座るのも迷惑だろう」
もうすでに、二十時を回っている。来たときは、窓の外の空が茜色に染まりかかっていたが、今はもう暗くなっている。
「余ったたこ焼きは、ジップロックに入れて、冷凍庫に入れてあるから。食べたいときに、電子レンジで解凍して食いな。——それと、お前部屋の掃除しなさすぎだ。もっと掃除をすること、健康的な食事を取ること」
最後は勢いよく、早口で白石さんに釘を刺した。白石さんは、少し圧倒されかけていたが、すぐに平常心を取り戻して言った。
「うん」
俺は、本日n回目の「うん」を聞いた後、白石さんの家を後にした。
マンションを出ると、ほんの少し肌寒い。それもそうだ、今はまだ春なのだから。俺は、微かに輝く星空の下を、両手で荷物を抱えたまま一人で歩いている。
道路は車通りがほとんどなく、静まり返っている。俺は、律儀に信号を待っていると、なんだか寂しい気持ちになりそうな雰囲気になってきてしまった。その状態のまま、俺は家に入った。
今日は、なかなかに珍しい体験をしたものだ。人生で初めて、女の子の家に行き、キッチン周りの掃除をし、同じ机で飯を食った。
しかし、一つ問題がある。もう皆さんもお分かりのはずだ。それではみなさん、この俺と一緒にせーので言いましょう。せーの——
「もっと話せ」
俺はベッドの上で呟いた。
白石さんは、もっと「うん」以外の言葉を話してもらいたいものである。
俺はベッドから体を起こし、シャワーと歯磨きだけを済ませた。片付けなどは明日やればいい。俺はそう思い、寝ることにした。
ねえねえ、土日何してた?そんな話を振られてしまっては、俺は困ってしまう。そうなってしまう程度の休日を過ごし、気が付けば憂鬱な月曜日になっていた。
俺は、いつも通り朝の支度をし、いつも通り学校へ行く。
「おはよう」
「ああ、おはよう。悠次」
「今日は遅いんだな」
「そうだな。でもどちらかというと、こっちが平常運転だろ」
「それはそうか」
俺と悠次は笑い合う。俺にも数少ないが、こんな友達がいてよかったよ。
予鈴が鳴り、ホームルームが終わった後、授業までの間暇なので、悠次の席へまた向かった。
「そういえば、僕日曜日に映画見に行ったんだけど、それがまあ酷くてさ」
「それは残念だった」
「そうそう、だからまた今度、秋人も見に行きなよ」
この世界に、「酷かった」と見た本人から聞かされた直後に、その映画を見たい奴なんていないわ。こういう時は、伝家の宝刀を使うのが最適である。その名も!
「行けたら行く」
「それ、行かないだろ」
「それはどうかな?」
「まあいっか。ちなみに秋人は土日、何してたんだ?」
「それ聞くか?この俺に」
「それもそうだな。なら金曜は何してたんだよ。なんか用事あるとか言ってたよな」
「き、金曜?いや、何もなかったよ。あははは」
「怪しい」
悠次が疑いの目を俺に向けてくると、さらに厄介なのが増える。
「なになに?何か面白い予感がするぞー?」
芳野が乱入してきたのである。太陽のような笑顔が、俺にとっては眩しい。
「やあ、芳野さん。今ちょうど秋人を尋問している最中なんだ」
「ほほう。それは混ぜてもらわんとなぁ」
芳野が顎に指を添えて、にやついている。
「ほんとに何もないって。ちょっと買い物しただけだよ」
「買い物?」
「そう、食器用洗剤を切らしていたから、ホームセンターで色々買ってたんだよ」
咄嗟についた嘘にしては、かなり上出来だろう。ちょっと、目線が明後日の方向に向かっていた気がするが、大丈夫だろう。実際、悠次と芳野の反応は、納得といった感じだ。
「なんだ、そんなことだったのか。もっとこう、やましいことだったらよかったのに」
「ほんとにねー」
「なぜ俺は買い物をしただけで、残念がられるんだ」
訳が分からん。かといって、本当のことは言いづらいので、諦めよう。
会話として、区切りのいいタイミングでチャイムが鳴った。俺たちは自分の席に戻り着席し、先生が来るのを待った。
横にはもちろん白石さんが座っている。相変わらずと言っていいのか、どこを見ているのかわからない。もしかしたら、どこも見ていないのかもしれない。
少しして、先生が遅れて教室にやってきた。こっから、退屈な時間が始まるのであった。
次回第七話 退屈に一刺しのスパイスを
アリーヴェデルチ!




