第四話 約束
今日の俺は普段通り、少し遅めに学校へ行く。もちろん朝、のんびりしたためだ。
俺は向かいのマンションのほうに目を向けた。さすがに白石さんは——出てくるわけないな。いつも昨日みたいな、早い時間に登校してるんだろうか。だとしたらすごいな。俺には無理無理。
さて、早くいかなきゃ予鈴が鳴っちまう。ちょっと急ぎ足で学校へ向かう。
教室にはすでにほとんどの生徒がいた。うんうん、これこそが俺のいつも見る景色って訳だ。
「やあ、おはよう、秋人」
「うお!?」
びっくりした!俺は後ろに飛びのいた。教室に入ってすぐ、足元から男が飛び出してきやがった。
「お前なぁ、朝っぱらから何すんだよ」
「いやーせっかく同じクラスだってのに、始業式の日も、昨日も、親友の僕に話しかけないとはなにごとだい」
そういえばそんな気がする。同じクラスってのは知っていたけど、白石さんや芳野さんで頭がいっぱいで、こいつにまでは回らなかったな。
「すまんすまん」
「まあ、いいけどさ」
そう言って眼鏡をくいっと上げる。
この眼鏡をかけたいかにも賢そうなやつは、西川悠次。芳野と同じで一年のころクラスメイトだったやつだ。そして俺の数少ない友達であり、(悠次曰く)親友らしい。頭はいいし、真面目な奴なんだが、変なところでふざけだすんだよな。変わったやつだ。って、俺は誰に説明してんだよ。こんなことするのはアニメの主人公くらいだぞ。
「おーい、秋人くーん。どこ見てるのかなー?」
悠次が顔の前で手を振っている。
「ちょっとな......ぼーっとしちまってたわ」
「二年になったのに相変わらずだね」
「何がだよ」
「さあね、何がでしょう」
こいつ——
「どうせそれっぽいこと言っただけで、何も考えてないだろ」
「ご名答。さすがは秋人だね」
「何がさすがだよ。もうすぐ予鈴が鳴りそうだから早く座れよな」
「おっと、そうだね。君やっぱ変なとこにまじめだね。いつも遅刻ギリギリに来るのに、予鈴とかは厳守するとことかさ」
「そうだな、なんでだろうな」
適当に返事をして席に着く。さすがに雑すぎないかって?いつもこんな感じだから、今更お互いになにも気にしない。
ここから少しダイジェスト。
予鈴が鳴って、先生登場!
朝のホームルームではなんの情報もなし。
一限国語、よくある物語を読んで先生が解説する授業。ありきたりだ。
二限化学、無機化学。結構好きだぞ。
三限数学B、ベクトル。何言ってんのかわからんかった。
四限体育、バレーボール。俺は苦手だ。
だらだらと授業を受けてたら、もう昼休みになっちまった。
「秋人、昼食べないか?」
そういいながら悠次が寄ってくる。
「ああ、もちろんいいぞ。ってお前今日もパンかよ。弁当とか作らねぇのか?」
「知ってるだろ?僕が料理はてんでダメなこと」
「そうだったな、勉強以外全くできない人間だったわ、悠次は」
「そうだ。だから僕は今日も昼には、今朝買ったパンを食べる。それともあれだよ?料理上手な秋人君が作ってくれてもいいんだよ?僕の昼ご飯」
「誰が作るかよ、お前のなんか」
「ひどいなぁ」
いつも通りの、他愛もない会話をしていると、
「やあやあ、男諸君、相変わらず華がないどすな!」
そういってきたのは、考えるまでもない、芳野だ。
「や、やあ芳野さん」
「おう、芳野。どうしたんだ?」
「おいおい、ちみたち、まだわからないのかね。」
「ああ、わからん」
「......私も昼食混ぜてってことに決まっとるやろがい!ちゅうに」
なんだ、そんなことか。
「いいぞ、席は自分で持ってきてもらって」
「あ、僕が持ってくるよ」
そういって悠次が誰も座っていない椅子を持ってきた。相変わらず悠次は優しいやつだな。どこぞの俺とは大違い。
「はい、これ。椅子持ってきたよ」
「ありがと!さっすが西川君だね」
「ああ、もちろんさ!」
拍手する芳野、ふんぞり返る悠次。何がさすがで、何がもちろんなんだ。わからん。
ま、とりあえず飯でも食うか。今日は少し手抜き弁当です。なぜか、なんとなくだ。
「わー!神崎君の弁当おいしそー!」
「そうか?そんなこと言ったら芳野のほうがすごいだろ、かなり凝ってるし。それ芳野が朝作ってるんだろ?」
「そうかな?へへ。私なんか、料理大して上手くないよ」
ご謙遜を。
「そんなこと言ったら、悠次が泣くぞ。こいつなんて、全く料理ができないから、毎日パンの人間だからな」
「おい、秋人。事実としても酷いぞ。僕だって目玉焼きくらいは作れる」
「その割には去年食わせてもらったとき、焦がしてなかったか?」
「それは言わないお約束だぞ、秋人くん」
「そういうことで、芳野は料理は上手いと思うぞ」
「へ、へぇーー......」
なんか、反応に困っているようにも見えなくない。そりゃあ、悠次と比べられるのはさすがにあれか。そう思いながら卵焼きを一口。まあまあな出来だな。
「おい秋人、うまそうだな。僕にもよこせ!」
そういって悠次のやつ、卵焼きを取りやがった。
「せめて俺の返事を聞け。まあいいけど」
「いいなぁ......」
「どうした?芳野」
「う、ううん。何にもない。西川君!人からもらうときは相手の返事を待ってからだよ!」
「そうだぞ、悠次」
俺はそう言いながら悠次のスティックパンを一本奪う。仕返しだ。
「ちょっと!神崎君も言ったそばから!もう」
「なんだろうな、俺たち二年になったってのに、このメンツだと、実感わかねえな」
「急にどうした、爺みたいなこと言いだして」
「でも私もそんな気がする。なんだかいつも通りって感じだね」
「ま、言われてみればそうかもね」
まったく、こいつらがいれば、一年の時みたく楽しくやれそうだな。
俺が黄昏ていたら、右隣の白石さんが席を立って教室を後にした。いや、白石さんもいるからもっと楽しくなるかもな。知らんけど。
残りのけったいな五限と六限が終わり、やっとこさ放課後になった。
「なあ神崎、今日放課後暇か?」
後ろから悠次が俺の肩を叩いた。
「あーすまん。用事あるんだよな。今日はスーパーの特売日なんだよね。だから今回はパス。すまんな」
「そっか。一人暮らしってものは大変だな」
「ほんとだぜ、まったく」
俺はやれやれと言わんばかりの態度で答えた。実際、大変だし面倒だ。
「てことで俺はとっとと帰るわ。じゃあな!」
そう言って俺は教室を飛び出す。もちろんすぐそこにいた芳野と白石さんにも軽く挨拶はしたぞ。友人に挨拶するのは当然の行為だからな。
ちなみに今日行くスーパーは、家のそばのじゃなくて二駅隣のとこだ。当然交通費はケチってチャリで行くよ。電車代とかもったいないしね!
玄関のドアを開ける。
「ただいま」
返事は返ってこない。一人暮らしだからな。当たり前っちゃ当たり前なのだが、なんか寂しいな。
学校のカバンを床に置き、普段使いの買い物用のエコバッグと、財布をショルダーバッグに入れる。
「そんじゃ、行くか」
スーパーまでは意外とすぐ着いた。若いって素晴らしいな。ずっとこのままの若さでいたいと、思ったり思わなかったり——
買い物かごを手に取って店に入る。とりあえずメモを手に取って買い物リストの確認だ。俺は忘れっぽいからな、こうして毎回リストを作ってからくるようにしている。偉いだろ?
「にしても高いな」
最近は野菜が無駄に高い。手軽に買えないぜ、まったく.......思わず声を出してしまうくらいだ。ま、憂いていても仕方ないな。そう思いながら半玉のキャベツを手に取る。スッカスカだ。それでこの値段と来た、ふざけんのもたいがいにしろよ。中身の詰まったやつを選んで籠に入れる。
そのあとも、刻みネギと、一人暮らしの相棒のもやし、玉ねぎやジャガイモも籠にぶち込む。
「ほかにいる野菜はないよな?」
メモを確認。問題なし。次だ。俺は鮮魚コーナーに行く。目的は、タコだ。白石さんにたこ焼きを作るって言っちまったからな。もちろんタコもバカ高い。
こりゃあお財布死滅コースだな。後は適当にエビとかを籠に入れて鮮魚コーナーを後にする。
ソースやたこ焼き粉は、実家の仕送りがまだ残っているから問題ない。足りないのはコーンとこんにゃくだ。
すると、商品棚の陰から人が飛び出してきた。
「あっぶねぇ。すんません」
ぶつかりそうなのを回避して、平謝り。完璧な対応だな。多分。
「あっ、こ、こちらこそすいません。って、か、神崎君!?」
「ん?あっ、芳野じゃねぇか」
「ぐ、偶然だねー」
「そうだな。お前も特売目当てで来たのか?ここってお前んちから結構距離あるだろ」
「そそ、そうなんだよねー。お母さんにおつかい頼まれてねー。それで神崎君も特売目当てで?何買うの?私はとりあえず朝食用のパンとか、お肉とか。後は——」
芳野は矢継ぎ早に喋った。うん、半分くらいなんて言ったか、わからんかった。
とりあえず——
「今日は特売だからな。買いだめしておこうと思ってきたんだ」
当たり障りのない、無難な回答をしておく。これは俺の処世術だ。ぜひみんなも使おう......って、誰もが使ってるやつやろうから、何の凄味もないな。
「そ、うなんだね。どんなもの買ったの?」
なんだか慌てたように俺の買い物かごをのぞき込む。
そして俺は今、ものすごく心臓が脈打っている。芳野は俺のすぐ横に立ってからのぞき込んでいるのだ。俺の目には斜め上からの展望が映る。普段は髪の毛によって覆い隠されているはずのうなじが、今は露わになっている。なぜだろうか、うなじなんて誰にでもある体の部位だ、なのになぜか少しばかしドキッとしてしまう。
これはあれか、普段見えないからこそ、ふと見えた時に何でもないものが特別に映る——えっと、なんだ?ありがたみっていうか、レアもの?わからん。だがまあそんな感じだ。
とまあこう見惚れているのもいいのだが、さすがにこのままじゃ不審者だな。
「とりあえず今度使うネギやキャベツとかの野菜と、タコと、卵に、お菓子とかもろもろだな。あとは冷食も買う予定だ」
「いっぱい買うんだね。持ち帰るの大変じゃない?」
「まあそうっちゃそうだけど、慣れっこだな」
そう言って、力こぶを作って見せる。その力こぶはまるで天保山のように隆起して、すごくたくましいと言えよう...... なんだか、自分で言って悲しくなる例えだな。
「神崎君ってすごいんだね。私には一人暮らしとかできないや」
はははと頭をかきながら笑う。
「でも芳野は料理とかできるだろ?しかも結構な腕前で」
「料理はできるかもだけど、ほかのことはあまりできないからね」
と、本人は言っているようだ。だが俺は信じん。こういう手合いは、大抵人並み以上にはできるが、料理ほど得意ではないというだけなのだ。だからここで、「芳野って料理以外だめなんだー」とか勘違いを起こしてはいけない。
「またまたご謙遜を。でもまあ実家で暮らせるならそれがベストだな。自論だけど」
「それもそうだね。今はこの生活に甘えるとしようではないか。わっはっはー」
「なんだそのキャラは」
「さあな、わたしにもわからない。いつも適当だからね」
「キャラ付けするにも、ある程度どんな感じか決めときなよ......」
「うーむ、一理ある。だが断る!私はノリと勢いで生きるってのが性なのだよ、神崎くん」
「なんじゃそりゃ」
スーパーで繰り広げられる、一見他愛もない、というか中身のない訳の分からない会話。常人ならばつまらないかもしれないが、俺にとってはかけがえのない時間なのだ。だからこそこの時間を噛みしめたい。
でも時としてそうはいかない。ここはスーパーの一角。しかも特売日だ。もちろん人も多く、こんなところで井戸端会議をしていては邪魔ってもんだ。なんせ後ろから、カートを押しているおば様が冷たい視線を送っているように感じる。
「そろそろ買いものの続きでもしようかな」
「あっ、そうだね。ここにいちゃ迷惑でしたな」
おば様の視線に気が付いたのだろう、芳野も慌てて道を開ける。
「ちなみに神崎君は、ほかに何か買うの?」
「そうだな、あとは調味料と朝食のパンだけ買って帰ろうかと。芳野は?」
「私はこれだけ」
手に持った籠を見せてきた。中には、先ほど言っていたパンやら肉やらが入っている。
「じゃあ私はお会計してくるね。またあとで!ばいちゃ!」
芳野はすごい勢いでレジに向かって行った。
またあとで?まあいいか。俺も早く買うもん取ってレジに行こう。
にしても便利なもんだな。セルフレジってのは楽でいい。何よりほとんど並ぶ必要がないのが素晴らしい。ぜひとも全国のスーパーに導入してくれ。一つ一つ商品を手にとってはスキャンをする。パンを手に取ってはピッ。タコを手に取ってピッ——
でもあれだな、こうも買うものが多いと大変ではあるが、レジに並ぶのに比べると、圧倒的にいいってもんだ。
一万円近く行ってしまった。これが物価高騰。恐ろしい。俺は財布の中にある小銭をジャラジャラと入れまくる。
ここでセルフレジの素晴らしいとこを一つ、溜まりに溜まった小銭を消費できるとこ。有人レジだとそれが許されないからな。
会計のほとんどを小銭で済ませた俺は、買ったものをエコバッグに詰め込み、スーパーから出た。
「やっほー!さっきぶりですな、神崎君」
そういうことか、さっきのは。目の前には、夕日が後ろから照らし、髪の毛を紅に染め上げられた芳野が笑顔で待っていた。
名前が茜なだけあってか、これまた芳野は夕日と映える。一枚の油絵にして、絢爛な額縁に収めて、居間にでも飾りたい。うちにはないけど、居間。
「どうした、忘れものか?」
そんなはずがない。
「せっかくだから一緒に帰りませんかと思いましてね」
「お前俺んちから反対じゃなかったか?」
「気にしない気にしない!さあさあれっちゅゴー!」
レッツゴー......!
いい年した男女がこぶしを目いっぱいに挙げて歩き出す。恥ずかしい。
俺は自転車の籠に買ったものを入れる。
どこの誰が予想しただろうか。高校二年になって間もなく、放課後の学校帰りに、女子とスーパーから家に帰ることになると。それに芳野は学校内でもレベルが高い部類だ。もし他のやつ、例えば......悠次が羨むだろうな。なぜ悠次なのか、それは単純にこういう時に思い出せるのが悠次しかいないのである。悲しいかな。お互いに無言で歩く。正直に言おう、何を話せばいいかわからん。芳野もそんな感じだろう。
しばらく歩くと、信号に引っかかった。ここの信号は、やたらと長いので有名だ(俺の中で)。そんなところでしばらく沈黙?嫌だね。と思っていたら、
「神崎君ってさ、タコ好きなの?」
あらやだびっくり、芳野から話しかけてくれたではないですか。
「急にどうした?まあ好きだけど」
「いやね、タコ買ってたでしょ?最近高いじゃん?それなのに結構買ってたでしょ」
「あー、それね、実はまた今度たこ焼きしようと思って。それで買ってきたんだ」
「なるほどなのです。たこ焼きって家で作れるものなんだね」
「たこ焼きを何だとお思いで?」
たこ焼きは家でも作るもんだ。一家に一台、たこ焼き器があってもおかしくないぞ。
「うーん、なんだろう。店や屋台で買うものであって、作るものではないみたいな?ほら、お寿司だって基本的に家で握らないでしょ?そんな感じじゃないですかね」
どんな感じだ......?
「むしろ俺の場合は、たこ焼きを店で食べたことないんだよな。家で作れるから」
「なるほどです」
納得!といわんばかりに、手をポンっと叩く。
「ちなみにいつもどれくらい食べてるのですか?」
「うーん、大体二、三十個くらい?あんま数えんな」
「そんなに!?結構食べるんですな」
「そりゃあ、たかが数個では腹が満たされんからな」
「もしかしてたこ焼きだけでおなかを満たすの?」
「もちのろん」
「飽きない?」
「飽きない」
飽きる?愚問だな。そんなはずがないだろう。いくら食べても飽きることなんてない。
おっと、やっと信号が変わったようだ。やっぱ長いな、長すぎる。七人の何とかって映画を見終わってしまうくらい長く感じる。
「てか芳野、いいのかよ。ここまでついてきて。だんだんお前ん家から離れて行ってるだろ。帰るの遅くなるぞ?」
「いいのいいの!今日は親が出かけてて、帰るの遅いから」
「ふーん、ならいいけどさ。俺についてきて、帰るのが遅くなったら申し訳ないからな」
「そんなこと気にしてたの?私はただ、ついていきたいからついてきてるだけだよ!だから気にしないで」
そうなのか。俺について来たいから、ね.......そんなことあるか?いや、ない。なんか用でもあるのだろう。そうじゃないとおかしい!もしかして、芳野に白石さんとは関わらない方がいいと言われた翌日に、さっそく関わったのがばれたのでは!?人の親切心で忠告してくれたってのに、約束したわけではないけど、その心を無下にしてしまったようなもの......それについて言及されるのではないだろうか。
いつ来るかもしれない嵐に怯えるがごとくの心情だ。そう思うとこの会話のなさは、嵐の前の静けさとでいえようか。
そんな感じで勝手に思考してると、俺の住んでいるマンションが見えてきた。
「そろそろ俺ん家だ」
「なんと!あっという間でしたな。なんだか全然話せなかったね......」
「そ、そうだね。こっちこそ全然話題を振れなくてごめんな」
「気にしないでよ、私が勝手についてきてるだけだし」
それもそうだ。俺についてこいなど言ったわけではない。だがしかし、だからと言って、こうも芳野だけのせいじゃないしな。
「おお!あっちのマンションはすごいですな!」
芳野の指さす先には、白石さんが住んでいる高級マンションがある。
「だよな。向かい同士だってのに、設備とかもろもろが、月とすっぽんだよな」
「きっとすごいお金持ちたちが住んでいるんだろうなー。私もこういうとこに住んでみたいですな」
「同じくだ」
むしろこんなとこに住んでみたくない人間なんているのだろうか、いやいない。誰もが一度は憧れるはずだ。
「それじゃあ私はここらで退散させていただこう!ではまた!」
「おう、またな」
シュバッと来た道を戻っていってしまった。まるで嵐のような奴だな、まったく。というか、ほんまにただついてきただけかよ。何もなく去って行ってしまったぞ。まあ、何もないのならいいか——
荷物も重いし、さっさと家に帰ろう。
元気よく背を向けて走っていく芳野を横目に俺は回れ右をし、帰ろうとする。
すると、俺の目には新しく銀色の髪をした少女が視界に入った。足を止め、顔だけをその方向に向ける。
「よっす、白石さん」
「......」
......うん、平常運転そうだな。白石さんは目線を少し下に落とす。
なるほど、買い物袋が気になったらしい。
「少し買い物に行ってきたんだよ。いろいろ買ったから死ぬほど重くて肩がこっちまうよ」
「何買ったの」
「いろいろ。キャベツやもやしの野菜とか、調味料、食パン、それと——タコだな。こないだ言っただろ、タコ焼き作ってやるって。俺は言ったことは守るタイプの男だからな。覚えてるか?」
こくりと小さく頷いた。これで覚えてないと言われたらショックだぜ。高いタコをわざわざ買ったんだからな。
「だからまたいつか、時間あるときにでも作って持って行ってやるよ」
「......作る」
なんだって?作るといったのか?そりゃあ作らなきゃたこ焼きはできねぇけど。頭に「?」を浮かべていると、少し目を細めて、「私も作る」とほざきだした。
それってあれか?俺が作ったのを食うだけやなくて、自分でも作ってみたいと?まさかそんな欲があったとはな。驚きだ。
「作るって言ってもどうすんだよ。お前作り方も知らねえだろうし、時間や場所は?どうすんだよ」
「ヒトが教えればいい。場所は私の家。時間は......ヒトが頑張って」
......は?なんじゃそりゃ、人任せかよ。つーか何あっさりと言ってんだ。白石さんの家で作るだと?どこの漫画の世界の話なんだ。
「親の許可はどうなんだ?」
「いない。今は一人」
それにはびっくりだ。こいつも一人暮らしだったとは。ならその辺の心配はないのだが——
もうめんどくせぇ、どうだっていいか。
「じゃあ明日の夕方でどうだ?明日は金曜だし、課題とかの問題もないだろ?」
「......それでいい」
「決まりだ。そんじゃあな、そろそろ自転車を支えている俺の腕が死にそうだから帰るわ。」
軽く手を振って背を向けマンションに入る。
後ろから声は——するはずもなく。てか足音すらしない。もしかしてもうこの場にいないのかな?なんだか振り返る気にもならない。
俺はそのまま、まっすぐ建物の中に入った。
なんこれ
次回第五話 たこ焼き美学




