第二話 芳野と白石
学校中にチャイムが鳴り響く。
今日は始業式だということもあり、学校は午前中に終わった。普段の俺なら真っ先に家に帰って、飯食って寝るかゲームだろう。
しかし今日は違うのである!なんといっても今朝、芳野に放課後に空いてる?と聞かれたのだよ。これって普通の高校生らしくないか!?
普段は放課後に誰かから遊びに誘われるなんて、まずなかったからな。
俺が軽く有頂天になっていると、右の方から俺の鼓膜を貫くような声が。
「神崎君!もういけそう?」
名前を呼ぶときと、後に続く声の寒暖差には風邪ひきそうだ。
「あ、ああもちろん大丈夫だよ」
「そっか!じゃあ行こう!!!」
芳野は握りこぶしを大きく天に掲げて言いながら、教室を出て行く。
俺は、芳野についていきつつ、白石さんの方を見たが——何を考えているか全くわからないな。
「とりあえず、どっかいこっか。どこか行きたいとかある?」
「えーっと、暇がつぶせるとこだったらどこでもいいよ」
「うーん......ならすぐそこにハンバーガー屋あったよね?そこにしよう!」
「それできまりだな」
そういって俺たちはのんびりとハンバーガー屋に向かって歩いて行った。
え?道中どんな会話をしたって?びっくりするくらい何もなかった。一応話しかけはしたさ。でもなーんか話しにくい雰囲気だったんだよな。
もしかしてこれってただ遊ぶだけじゃないのか?うーん、よくわからん。
——っとそうこうしているうちに某有名ハンバーガーチェーン店についた。
店に入るとファストフード店ならではの匂いが立ち込めている。このハンバーガー店なんて数年ぶりで、これまた懐かしい匂いだ。店には学生の姿が多い。今日は始業式の日だからか。学生たちの賑やかな声がやけに騒がしく聞こえる。
「とりあえず何か頼もうか」
「そうだな」
「神崎君は何が食べたい?私奢るよ」
「え?いいのか?なら遠慮なく」
女子に奢ってもらうのは不甲斐ないが、金がないから仕方がない。行く前に金がないから自分は何も食べなくていいと、芳野に言ったら「奢ってあげるから行こうよ!」と、半ば強引に奢ってもらうことになったのである。
「じゃあこの普通ので......」
「そんなんでいいの?まあいいけど」
そういって芳野は注文を済ませた。さすがに奢ってもらうんだ、高いやつは頼めないさ。
ちなみに芳野はポテトとジュースだけ頼んでいた。腹減ってないのか?いや、そもそも女子ってびっくりするぐらい食べないよな。あいつらって、そんなちまい量でも満足できるんだろうか。そうだとしたら、相当不思議なもんだ、同じ人間なのだろうか。
そんな謎を抱えたまま、空いている席を探す。
「お、ラッキー!ちょうどあそこに席が空いているじゃん」
「ほんとだね、誰かに取られる前に席を取らねば!」
空いていた二人席に腰を落ち着かせる。芳野がソファ席に座り、俺が椅子に座った。
頼んだやつが来るまで暇だな。
「それでどうして俺を誘ってくれたんだ?」
と、とりあえずベタなことを聞いてみた。が、反応がない。
デート行こうだのなんだの、すぐ隣のカップルの会話だけが耳に入ってくる。というか、芳野のやつは、なんかずっと俯きながら指をいじっている。どこか落ち着きがないようにも見える。さっきから全く目線があっていないような......普段の芳野の元気からして想像つかない。体調でも悪いのかな?さっき大して頼んでもなかったし。
とかなんとか、俺があたふたしていると店員がハンバーガーを持ってきたのでとりあえず食べ始めた。うん、ほとんど味がしない。
芳野はポテトをチビチビと食べ始めた。ほんまにあんなんで足りんのかね。
俺がハンバーガーを食べ終わって、指についたソースをペロッと舐めていると、芳野がジュースを飲む手を止めた。
そしてやっと芳野が口を開いた。
「あ、あのね神崎君。今日呼んだのは、話したいことがあって......」
「話したい事?」
「そう......白石さんのことで」
これはまた意外な名前が出てきた。どうして白石さんの話なのだろう。教室での雰囲気的には、友達って感じではなかったけど——
「どうして白石さんのことなんだ?」
「今朝さ、私白石さんが学校じゃ有名人だって言ったでしょ......」
「まあな、あの容姿じゃ目立つからしかたないよな。まあ俺は知らなかったけど......」
そう俺は知らなかったのである。
まあ、もとから俺は人付き合いはあまりよくなく、俺の知っている人なんてクラスメイトくらいだ。だからあまりほかのクラスの人なんて知らないんだけど、さすがにあの目立つ見た目で、それに学校では有名人と来た。そんな人すら知らないとは俺はどれだけコミュニティが狭いんだ......
そうひとりでに俺が落ち込んでいると、芳野はジュースを飲み干した後、ストローの先をいじりながら言った。
「——白石さんってさ、悪い意味で有名なんだ」
「えっ?」
思わず声が出た。手に持っていたポテトが机に落ちてしまう。あまりにも予想外の言葉だったので驚きすぎて、落ちたポテトを取る手すら動かない。
白石さんが有名なのは納得だったのだけど、まさか悪い意味でとは思わなかった。
「白石さんてさ、あんな感じじゃん?あの、ほら周りに無関心っていうかさ、人と関わる気がないって感じ」
「ほーん」
言われてみればそんな気がしなくもない。実際俺が話しかけてもほとんど無視だったし......思い出すだけでも心にダメージが。
「私さ、去年よく親友のいる教室に遊びに行ってたんだよね。で、その教室に白石さんがいたの」
なるほど、一年のころから面識はあったのか。あれ?でも白石さんは芳野のこと覚えていなさそうだったよな。芳野なら、そこのやつら全員と友達になるべく、話しかけていそうだが。
「よく私はその教室に行くから結構顔なじみになっていたんだけど、白石さんとは話したことなかったんだ。でも、私はみんなと仲良くなりたいから白石さんにも話しかけたんだよね」
やっぱり話しかけたんだ。じゃあなんで白石は覚えていなかったんだろ。芳野みたいな活発な女子は覚えやすそうなものだけど。実際俺はすぐ覚えた。
「でもね、あの子全く反応してくれないの。名前聞いても答えてくれないし、趣味とか聞いても無視。まいっちゃうよね」
頭を掻きながら笑う。
まあ俺の時もそんな感じだったっけな。
「でもね、私は何度か白石さんにアプローチしたんだけど、ことごとく失敗に終わったの。それでね、えっと——あとで聞いた話なんだけど、白石さんはクラスの子とも全く話さないんだって。基本話しかけられても無視らしいの」
そりゃあ、そんな感じだと印象が悪くなってしまうってのも無理がないか。至極当然のことである。話しかけられても無視とかしてたらそりゃそうなるわな。
「あの子はね、えっとね、人のことを人として見ていないんだよ、多分だけど。せいぜい記号程度でしか見ていないんだと思う。人を呼ぶときも君とかさ、たいてい苗字とか適当なあだ名でしか呼ばないんだ。それも学校生活で必要最低限関わる時に、関わる人だけって感じらしいの。だからきっと、よそのクラスの人でしかない私のことも、覚えていなかったんだと思う」
今朝の会話の時、白石さん覚えていなかった。そういうことだったのか。
「——それで私心配なの」
「心配?」
急になんでだ?確かに話す難易度は高いが、席が隣だからそれなりに交流を持っておこうと思っているんだけど。
何か俺に悪影響でもあるのか?
「うん。最初にも言ったけど白石さんは評判が良くないからさ、そんな子と関わっていたら神崎君まで——」
芳野は唇を噛んだ後、作り笑顔で
「急に何言っちゃってるのかな、私......ご、ごめんね急にこんな話をさ。私そろそろ帰るね。じゃあまたね!」
そういって芳野はガタっと椅子を鳴らして立ち上がり、俺の返しを聞く間もなく急いで店を後にしてしまった。
俺はしばらく呆然とした。突然呼び出され、飯を食って、楽しい話でもするかと思えば、白石の評判が悪いという話をされたあげく、芳野は去って行ってしまった。あいつ何か言いかけていたけど、何が言いたかったのだろうか。残念ながら本人に聞こうにも、もう店にはいないのだ。
なにがなんだか——
自分も店を出ようと思い席を立とうとすると、芳野のお盆の上にはまだポテトが残っていた。このまま残すのももったいないから、俺は食べることにした。そのポテトはすごくシナシナになっていて正直美味しくはなかった。
俺の家はいたって普通のマンションだ。何の変哲もない普通のマンション。
学校から少し離れた距離にある。家賃や立地から、ここが最適だと。
「ただいま」
といっても返事はない。静かな部屋だ。
「疲れたしとりあえず、夜まで寝るか......」
俺はベッドに横たわった。疲れがたまっていたのだろう、すぐに眠った。
俺が起きたのは21時である。
「腹減ったな。何か食うか」
21時なんかに起きて親に怒られないかって?その辺は心配ない。どうせこの家には俺しかいないからな。
なんせ俺は一人暮らしだ。
「飯どうしよう。野菜炒めと、米と、お吸い物でいいか」
俺はそんな独り言を言いながらそそくさと冷蔵庫を漁る。冷蔵庫には、かなりの空きスペースがあった。前回買い物に行ってから結構経っているらしい。
なけなしの材料を手に取る。
飯でも作っている間少し俺の話をしよう。
さっき一人暮らしをしていると言ったな。だからこんな時間に起きても問題ないのだ。ちなみに家賃や生活費は、親が出してくれているから考えなくていい。一人暮らしってのは結構暇なもんだ。することといえば、寝るかゲームか料理か寝るだ。
そんなことを話してたら夕飯が出来上がった。出来上がった料理をテーブルに運ぶ。無駄に丁寧に盛り付けられた野菜炒め、普通のお吸い物、そして普通のお米。皿に盛りつけられた出来立ての料理からは、白い湯気がふわりと出ている。おいしそうだ。
「いただきます」
野菜炒めを一口食べる。
うん、不味い。
シェフの気まぐれ野菜炒めは失敗だったらしい。
「うーん、ちょっとたこ焼きソース入れすぎたかな......」
そう、今回の野菜炒めにはたこ焼きソースを入れてみたのだが、美味しくなかった。次はお好み焼きソースにしてみよう。次は失敗しない。
とかなんとか考えていたら食い終わってしまった。
さて、することがなくなった。ゲームでもするか。そういって俺はゲーム機を手に取ったが、まったくやる気が出ない。それもそうだ、家に帰った後普通に過ごしてたけど、昼間あんなことがあったんだ。そりゃゲームのやる気の一つも出ないさ。
「風呂入って寝よ」
え?昼間さんざん寝ただろって?なに、俺の特技は寝ることだ!ということで俺はベッドに入った。
さーて、寝よう。
そう思い、俺はベッドの上で目を瞑る。右や左へと寝返りを打ちながら姿勢を変える。しかし全く眠れそうにない。
今日は始業式だというのにいろんなことがありすぎた。
春風香る桜の木の下で、銀髪碧眼の美少女に出会った。その少女はまるで世の中のすべてに関心がないといわんばかりの態度で、なぜか俺のことを『ヒト』と呼ぶ。そしてまさかその少女が同じクラスで、隣の席だったのだ。
そんなことに驚いていたら、一年のころクラスメイトだった芳野も同じクラスだし、まさかの放課後に遊びに誘われるとは。しかし、いざ放課後ハンバーガー店に行ってみれば白石さんが周りから煙たがられているときた。
確かにあの子は不思議な人だ。でも他人に不愛想な人なんて学校探せばわんさかいるだろう。俺もどちらかというとその類いだ。てか、そこまで不愛想ってわけでもなかったはずだけど......名前程度は教えてくれたし。話は通じなかったけど......
でもそもそも、無愛想だとかで嫌われたりすることはないと思うが、噂なんてものは広がるうちに脚色されて、事実よりねじ曲がった内容になってしまうことがある。それが悪い噂ならばなおさらだ。最初は友達だったと思っていたやつも、気づけば噂に流されて自分の元を去っていく。そしてそいつはやがて孤独となる。
ため息を一つ吐いた後、また寝返りを打つ。なんだか落ち着かないのだ。
......噂とは恐ろしいものだ。軽い気持ちで広めたことがそいつを地獄へと陥れる。そして、そんな悪い噂のある人の元には誰も近寄りたくないし、大切な人には近寄ってほしくないのだろう。自分や友達がその噂の対象になってほしくないからだ。芳野も同じことを。
——噂が広がってしまえば、その噂の真偽は誰にもわからない。取り返しのつかない状態になる。
白石さんもきっとその類だろう。それにあの子は目立つ見た目もしているし、容姿が整っている。妬まれてもおかしくはないだろう。
これから俺はどうしたらいいのだろうか。下手に関わらない方がいいのかな、でも席が隣だし、俺個人としてはそれなりに関わりを持ちたいのだけど......
「こんなこと考えててもどうにもなんないか」
寝ようにもなかなか寝れないな。
部屋にはカチカチと時計の針が進む音だけが聞こえる。
この1LDKの部屋は一人暮らしだとどうにも広すぎる。この部屋でただ一人、頭を抱えながら俺は眠れない、永遠にも感じられる寝苦しい時間を過ごした。
次回、第三話 お向かいさん
ほげーーーーー




