第一話 ボーイミーツガール
最高の高校生活なんて高望みはしない。ただ普通の生活が送れれば、それでいい。
そう思っていたよ、その日までは。
四月六日、俺のことを『ヒト』としか呼ばない、少し変わった少女に出会った。
よく晴れた日だ。朝の空気に混じる桜の香りが、春を感じさせる。花びら舞う美しい桜並木を、ゆっくりと歩く。
高校生になって二年目が始まろうとしている。
そう、今日から新学期なのである!
「新学期。新しいクラス。新しい友達......といっても、どうせ友達なんてできないんだろうけど」
そう、なんといってもこの俺、神崎秋人は友達がそこまでいないのだ!
いや、一応それなりの付き合いはあるよ?でも放課後遊びに行くようなやつは片手で数えられるくらいしかいない。
そうだよ、ボッチだよ。笑えばいいさ、笑えよこんちくしょう!
「まあ、俺は平凡な高校生活を送れればいいんだけど」
っと、そうこう言っているうちにもうすぐ校門だな。
それにしても、春というものはすごくいい。こうしてゆっくりと学校に向かって歩いているだけでも、目に映るものすべてが美しく、風情的なものを感じる。
暖かい陽気の中咲き誇る美しい桜並木。足元に舞い落ちる薄いピンク色の花びら。風になびいて、揺れる青みがかった透き通るような銀髪。雲一つない青い空に澄んだ空気——
ん?なんか一個だけ春とは関係ないものが混じっていたような気がする。
歩く足を止めて後ろを振り向く。
その瞬間!俺の灰色だった視界は一気に色付いた!いやまあ、もとから色付いてはいるのだが。あくまで比喩だし、そんなしょうもない比喩をしたくなるのも仕方がないのだ。
なぜならそこにはなんと!風になびいて、朝日を弾いてキラキラと輝く青みがかった銀髪のロングヘア。例えるなら、そうだな......まるで日に照らされた薄氷のような美しい髪とでも言おうか。それにこの透き通った空をそのまま切り取ったかのような美しい碧眼。感情に乏しいのか、表情のない無機質な顔は、人形のように見える。
そんな少女が道のわきで、ぼーっと突っ立っていたのである。そんなものを見たらだれもが足を止め、青春を感じてしまうだろう。なんせ——これがすごくかわいい。
外国人かな?芸術作品ともいえる整った顔。ペンを上に乗せられそうな、長く美しい睫毛。太陽光で簡単に焼けてしまいそうな白い肌。千年、いや一万年に一人の逸材といっても過言ではない。常人ならば二度見、いや五度見はしちゃうね。
そして今、俺はそんな少女とばっちり目が合っているのである!
俺が振り向いたのに気づいたのだろう、明後日の位置にあった意識がここに帰ってきて目の前にいる人間、もとい俺をとらえたのだ。俺は今、道端で知らない人、それも異性と目がたまたま合ってしまっている。
正直言ってすごく気まずい。
どうしよう。女子と話すなんてほとんどしたことないし。初対面だし。俺の心拍数が通常の三倍の速度で脈打っている、ように感じる。
かといってここまで目が合って無視ってのもなぁ。ていうか、こいつもなんか言えよ。なんでそっちもだんまりなんだ。あんたも気まずいはずだろ!なんかアクションしてみてはどうですかね!?どうして微動だにしないのさ!わけわからん。
沈黙が数秒続く。足元に桜の花びらが舞い落ち、穏やかな春風が俺たちの髪をなびかせる。
さすがにこのままだと感じが悪い気がする。
せめて何か言おう。
「えっとぉ、ど、どうも」
とりあえず俺は挨拶をした。
すごくぎこちないのは気にするな。
......うん、まったく反応が返ってこない。無視かよ!
「い、いやー。こ、こんなところに突っ立ってどうしたのかなって......ははは」
とりあえず続けてみた。何か会話的なものをしてみれば反応が来るかなと思ったのだが。——反応なしと。
しかし俺はめげない男だ。
「えっとぉ、俺は神崎秋人。よ、よろしく......?」
しばし間が開いた。
俺は視線をとりあえず桜に向けた。綺麗だなぁとかなんとか逃避していると
「よろしく」
返事がやっと返ってきたのだ。
とても薄い声だった。少し幼く、抑揚のない、細く平らな声。
何はともあれ、ついに会話になった。
「き、君はどうしてこんなところで突っ立ってるんだ?」
「考え事、してた」
「考え事?何を」
「......忘れた」
「なんじゃそりゃ」
ほんと意味が分からない。なんとも不思議な奴だ。目の前の少女はボヤッとした目つきでどこかを見ている。本当に忘れてしまったんだろうな。
おっと、一つ忘れていた
「そういえば君の名前、聞いていなかったな。何て名前なんだ?俺はさっきも言ったが神崎秋人。秋に人で秋人だ」
しばらく少女は考えるように黙った後、口を開いた
「白石。白石透華」
「白石さんね。よろしく」
「よろしく......えっと、ヒトさん」
「誰がヒトだ、神崎秋人だ!秋に人の秋人だよ」
「神崎秋 ヒト」
「秋を苗字に含めるな。あとヒトじゃなくて秋人だ」
「......よろしく、ヒトさん」
「はぁ、もういいよヒトで......」
なんとも変な奴だ。一歩も譲る気がないらしい。ここはいったん諦めよう。どうせ今限りの付き合いだ。今後会うことはめったにないだろうし。会うとしても、さすがにこんな変な呼び方が定着することはない......はず。
「っと、そろそろ俺は行くとするよ」
とりあえず少し気まずい感じがしたから適当なことを言って俺は学校に向かって歩き始めた。これ以上は会話が続きそうにもないし。
ふと後ろを振り向く。少女もとい、白石透華さんはまだその場で突っ立っている。
にしても、遠くからだというのにすごくかわいいな。その証拠に、早い時間で登校している人もそこまで多くはないが、すれ違う生徒たちはみな彼女のことを一、二回見ている。それくらいかわいいのだ。
そりゃあそうだ。珍しい髪色な上に容姿端麗な少女だ。かわいいかわいい言い過ぎだって?そりゃあ、圧倒的に素晴らしく歩く図書館と言われるほどの語彙の持ち主(自称)である俺の語彙が尽きるほどなのだよ。そんな少女が道に立ってたら誰しも見てしまうさ。
そのあとは、パンを咥えた少女とぶつかるとかいうベタなことはなく学校についてしまった。
俺は自分の教室を確認して教室に入った。電気はついておらず、薄暗い教室を朝日が照らしている。黒板には座席表らしきものが貼っており、二人の生徒が話しながらそれを見ていた。
他にも数人の生徒がすでに教室にいて、それぞれ分かれて話しているのが見える。座席表の前から人がいなくなるのを待って、俺は確認しに行く。もちろん、さっきの二人に話しかけられなくて、ただ待つしかなかった訳ではない!断じてだ!
俺は座席表を確認した後、周囲の生徒を横目に席に着く。
なんということでしょう、一番後ろの席ではありませんか。素晴らしい。これなら席替えまでは寝放題だ。そう思いながら俺は机に突っ伏したのである。
登校するとき、少し不思議な出会いをしたが、これから普通の高二の生活。友達と遊び、人並みの青春をし、普通の楽しい生活が始まる。
始まるはずだった。
机に突っ伏しながらそんなことを思っていると、隣の席に人がきた。社交辞令として挨拶でもと思い顔を上げると、なんか見たことがある銀髪が......
そこにはなんと、先ほどの不思議な少女こと白石透華さんがいるではないか。もう会わないだろうと思っていたら、まさかの速攻で再会してしまった。
そしてまた目が合った。
しばらく、沈黙が訪れた。気まずい。まさにこれが小説なんかにあるボーイミーツガールってやつですか。
俺は白石透華を見ながら心の中で呟いた。
「よ、よお。さっきぶりだな......」
俺はとりあえず目線をそらしてありきたりな挨拶をしてみた。
もちろん返事は
「......」
ありませんと。悲しいな。
「ま、まさかお前とおんなじクラスだったとはなぁーははは」
......反応がない時はどうすればいいんだよ!
「こ、これからしばらく隣の席だからよろしくな」
もちろん俺の言葉は無視と......と思ったが、今少しうなずいた気がするぞ?気のせいか?いやそんなはずがない!微かに顎が動いたように見えるぞ!頷いた!頷いたのだ!たとえそれが気のせいだとしても俺は頷いたと信じる。なぜならそうでないと心にダメージが......
白石さんの扱いに戸惑っていると、教室のドアから聞き覚えのある声が聞こえた。
「おっはよーーー!」
その声の主は芳野茜だ。芳野は一年のころクラスメイトで、俺ともなかよくしてくれていた数少ない友達だ。
「お!やっほー!神崎くーん!」
大声で俺の名前が呼ばれた気がする。きっと別の神崎くんであろう。こんな人が集まってきた教室で、自分の名前を叫ばれるなんて恥ずかしくてこの上ない。
そう現実逃避をしていると、のしのしと芳野が近寄ってくる。しかも、すっごいニコニコしてないか?そして俺の目の前に立ち、机を両手で軽く叩いた。やっぱ俺のことだったらしい。
芳野はスゥっと大きく息を吸う。俺はそっと両手で耳を塞ぐ。いつものやつが来るぞ。
「おはよう!神崎君!」
元気に、かなりの声量で挨拶をした。朝だというのにこの元気さはさすが芳野といったところか。
「ああ、おはよう、芳野」
「いやーまさか今年も神崎君と同じクラスとは、奇跡ですなー!」
「そ、そうですなー」
「てことで今年もよろしくお願いします」
芳野がそういってお辞儀をしたので、それにつられて俺もお辞儀をする。芳野もいることだし、今年も何とか乗り越えられそうだ。さすがにボッチはきつかったからな。
え?白石はって?考えるまでもないだろ。この様子だときつそうなのは火を見るより明らかだ。
俺が白石さんの方をちらっと見たら芳野が
「ん?どうしたの神崎く......げっ」
げっ......?
その声は普段の明るい声と違い、わずかに曇っていて、何か言いたげな雰囲気もした。何より、芳野の口から出るとは思わなかった声だ。何か不都合でもあったのだろうか。
芳野は一瞬顔を歪ませたあとちらりとこっちを見てきた。
「どうしたんだ?芳野」
「い、いやぁちょっとね。そこにいるのってぇ」
そういって目線だけ白石さんに向けた。
あー、なるほど。白石さんのことか。まあ目立つしびっくりするよな。
「こいつは白石透華ってやつだよ」
「あ、うん知ってるよ......この学校では有名人だからね......」
そうだったのか。だがまあ納得だろう。
そして当の白石さんは、少しぼーっとした後、少し首を傾げて(ねえヒト、この人誰?私に用?)とでも言いたげな目をしている、気がする。
「えっとぉ、この人は芳野茜さんだよ。去年俺と同じクラスだったんだ」
去年はよく芳野にお世話になったものだ。友達という友達がほとんどいなかったからな。そんな俺に学校でよく話しかけてくれたのが芳野だ。
「よ、よろしくね......白石さん......」
もちろん白石さんは反応を示さない。というよりも芳野の方を見てすらいないのではないか?
「あ、あのさ神崎君。今日の放課後って空いてる......?ちょっとね......」
これまた珍しい。この俺が、友達に誘われるだと!?しかも女子に!
「あ、ああもちろんいいよ。どうせ暇だし」
「ありがとう......!」
そういって芳野はそそくさと自分の席に向かっていった。去り際に芳野が一瞥。
どこか顔が曇って見えた。俺としては、もう少し話したかったのだがな。芳野は行っちまったし、まあそろそろチャイムが鳴りそうだから仕方ないか。
ちらっと右を見た。そこにはうつろな瞳をさせた白石さんがいる。なぜ俺はまともな名前で呼ばれないのだろうか......今後とも『ヒト』と呼ばれるのでは?
なんだか変な人間関係が出来上がりそうだ。
これは、青春の予感......なのか。
新しく始まりました、ネタ切れとの戦いが。
息抜き代わりに書いてるやつです。
あと、私ラブコメそこまで詳しくないんで大目に見てね。
次回、第二話 芳野と白石




