最終話 終点
葬式の日は、よく晴れていた。
青空が不自然なくらい澄んでいる。
黒い喪服の列。
白い花、焼香の煙。
(この匂いも、知っている)
春樹は祭壇を見つめながら思う。
やはりここまで来た。
隣で美咲が泣いている。
嗚咽をこらえきれず、肩を震わせている。
悠斗はその背中に手を置いている。
「春樹……」
美咲が声をかける。
その声音は、以前より掠れている。
「無理しなくていいよ」
(泣いていいんだよと言う)
予測する。
「ちゃんと泣いていいんだよ」
少し違う。
だが、近い。
春樹は首を横に振る。
「大丈夫」
本当に、大丈夫だった。
夜。
自宅のリビング。
灯りをつけていない。
悠斗が言う。
「一人でいるなよ」
美咲が言う。
「明日、病院行こう?」
その言葉に、わずかなノイズが走る。
(病院…)
そうか、前はここで怒った。
春樹はゆっくり顔を上げる。
「俺は正常だよ」
声は静かだった。
怒鳴りもしない。
「壊れてるのは世界の方だ」
沈黙が落ちる。
悠斗が拳を握る。
「世界が壊れてるわけねえだろ」
違う。
分かっていない。
二人とも、まだ最初の段階だ。
「ここまで来たら、次は決まってる」
美咲が泣きそうな顔で首を振る。
「どこに行くの?」
春樹は答えない。
夜の街、ビルの屋上。
風が強い、ネオンが揺れて見える。
足元を見下ろす。
遥か下に、車のライト。
胸は静かだ。
(ここだ)
ノートの最後の一文。
《ここまで来た》
その意味が、ようやく分かる。
「やっと思い出した」
春樹は呟く。
「ここまで来れば、リセットだ」
背後でドアが開く音。
「春樹!」
悠斗の声。
美咲の泣き声。
ふたりが何か叫んでいる。
だが、振り向かない。
これは順番だ、繰り返しの終点。
……。
少しだけ、振り向く。
美咲は泣き、悠斗は怒っている。
そんな顔するな。
美咲も、悠斗も。
どうせまた、すぐに会える。
「やり直すだけだ」
足を踏み出す。
落下。
風が全身を打つ。
時間が伸びる。
(ああ、やっぱり)
地面が迫る。
衝撃。
全身を貫く、圧倒的な痛み。
骨が砕ける感覚。
肺から空気が抜ける。
周囲の人々の悲鳴。
人影が近づく。
「救急車!」
「まだ息ある!」
サイレン。
血の匂い。
視界が滲む。
黒が広がる。
だが、春樹はかすかに笑う。
(こんなにリアルな痛みも、前にあった……)
息が浅くなる。
次は。
目が覚める番だ。
視界が完全に闇に沈む。
四月。
まだ少し冷たい風の中、春樹は通学路で足を止めた。
前から自転車が来る。
曲がり角で少しふらつく。
後ろから誰かが「あぶない」と声を上げる。
(この光景、知っている)
だが、思い出せない。




