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デジャヴ  作者: 武崎豊
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後日談 残響

─美咲の場合─


 四月。

 まだ少し冷たい風が吹いている。

 私は通学路で足を止めた。

 前から自転車が来る。

 曲がり角で少しふらつく。

 後ろから誰かが「あぶない」と声を上げる。

 何事もなく通り過ぎる。

 胸が、ぎゅっと締めつけられる。


(この光景)


「……やめて」

 小さく呟く。

 あの日も、ここから始まった。

 春樹が立ち止まって、変な顔をして。

「前にもあった気がする」って言って。

 私は笑って、軽く流して。

 もっとちゃんと聞けばよかった。


 教室の窓際。

 春樹の席は、まだ空いたままだ。

 学校は配慮だと言った。

 でもそれは、ただの穴だ。


 悠斗は前より無口になった。

 時々、屋上の方を見上げる。


 私はあの夜を何度も思い出す。

 ビルの屋上。

 春樹の背中。

「違うよ、これは現実だよ」

 そう言った。

 でも、届かなかった。


 落ちる瞬間。

 一瞬だけ、春樹は、少しだけ笑っていた。

 あの笑顔が、頭から離れない。


 放課後。

 春樹の家の前を通る。

 ポストは空っぽ。

 窓は暗い。


 全部、現実、ちゃんと現実。

 なのに……。


 角を曲がる。

 自転車が来る。

「あぶない」と声がする。

 胸がざわつく。


(この感じ)


 首を振る。

 違う。

 違う。


 でも、もし。

 もし、あの時。

「ちょっと怖いよね」って言ったあの日。

 私は、もっと強く止めていたら、無理やりにでも病院に連れていっていたら。

 未来は、少し違った?


 風が吹く。

 桜の花びらが舞う。

 私は立ち止まる。


(この光景、前にもあった)


 胸がひやりとする。

 やめて。

 やめてよ。

 春樹みたいに、ならないで。


 私は目を閉じて、深呼吸する。


 これは現実。

 これは現実。

 これは現実。


 何度も心の中で繰り返す。


 目を開ける。

 世界はそのままだ。

 でも、胸の奥に小さな棘が残っている。

 あの日、春樹が感じていたものと、同じ形の棘が。


 四月。

 まだ少し冷たい風の中、私は通学路で足を止めた。




─悠斗の場合─


 屋上は立ち入り禁止になった。

 フェンスは高くなって、監視カメラが増えた。

 まるで「もう起きません」と言わんばかりに。


 馬鹿らしい。

 起きたんだよ、もう。

 俺はフェンス越しに空を見る。

 あの日と同じ、よく晴れた空。


 春樹は、最後まで笑っていた。

「やり直す」

 そう言って。


 俺は叫んだ。

「ふざけんな!」

 あれは怒りだったのか、恐怖だったのか、今でも分からない。


 最初は、ただの思い込みだと思っていた。

 デジャヴなんて、誰でもある。

 俺だってある。

 あれ?これ前にも見たなって。

 でもそれで世界が偽物だなんて、考えない。


 春樹は考えた。

 考えて、考えて、戻れなくなった。


 俺は何度も思い出す。

 あの日の教室。

「気のせいじゃないの?」

 そう言った。

 軽く、冗談みたいに。

 あれが最後の分岐だったんじゃないかと、馬鹿みたいなことを考える。


 もしあの時、俺も最近変なんだよって嘘でも言っていたら?

 一緒にちゃんと調べようって言っていたら?

 違ったか?


 いや、きっと違わなかった。

 俺はそうやって、自分を守る。


 春樹の部屋はそのままだ。

 一度だけ、線香をあげに行った。

 机の上に、スマホがなかった。

 警察が持っていったのかもしれない。


 検索履歴が頭に浮かぶ。

「世界 現実 証明」

「デジャヴ 原因 本当」

「記憶 書き換え 可能」

 あいつは、どこまで本気だったんだ。


 帰り道。

 信号が黄色に変わる。

 車が止まる、歩行者が渡る。


 何の変哲もない光景。

 なのに。

 一瞬、胸がざわつく。


(この感じ)


 嫌な汗が背中を流れる。

 やめろ。

 やめろやめろやめろ。


 俺は拳を握る。

 これは現実だ。

 あいつは死んだ、落ちたら終わりだ。

 やり直しなんてない。


 俺は見た。

 血も、音も、悲鳴も。

 現実だった。

 あれは。


 でも。

 もし、万が一。

 もし、春樹の言う通りで。


 あいつがどこかで目を覚ましていて。

「ほらな」って笑っていたら。


 その時、俺は。

 怒るのか、泣くのか。

 それとも……。


 信号が青に変わる。

 世界は、何事もなかったように進む。


 俺は歩き出す。

 一歩、また一歩。

 足が地面に触れる感触。

 確かだ。

 重力も、空気も、音も。

 確かだ、確かなはずだ。


 それなのに。

 どこかで、小さな声がする。


──本当に?


 俺は顔を上げる。

 空は、やけに静かだった。

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