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デジャヴ  作者: 武崎豊
2/5

第2話 予測

 翌朝。

 四月の空気は昨日と同じ温度をしていた。

 通学路を歩きながら、春樹は自分に言い聞かせる。

 ただのデジャヴだ。

 誰にでもある、脳の誤作動。

 角を曲がる。

 その瞬間、胸の奥がひりついた。


(右から犬が飛び出す)


 思ったと同時に、リードを引ききれなかった小型犬が勢いよく現れた。

「うわっ」

 飼い主が慌てて謝る。

 春樹は固まった。

 今のは、既視感じゃない。

 直前に分かった。

 ほんの一秒か、二秒か。

 未来というほどでもない。

 だが確かに、起こる前に知っていた。


 教室。

 担任が出席を取り終え、黒板にチョークを走らせる。

「今日は二次関数の…」

 春樹の頭に言葉が浮かぶ。


(応用問題)


「応用問題をやるぞ」

 ぴたりと一致する。

 偶然だ。

 そう思う。

 だが心臓が少し速い。


 昼休み。

 美咲が牛乳パックを落とす。


(落とす)


 予感が走る。

 次の瞬間、ぱしゃりと白い液体が机に広がる。

「うそ……」

 春樹の口から小さく漏れた。

「え? なにが?」

「いや……なんでもない」

 美咲は不思議そうに首をかしげる。


 放課後、悠斗に話す。

「なあ。デジャヴってさ、未来がちょっと分かる感じになることある?」

「は? 超能力?」

「違う。ほんの一瞬だけ」

 悠斗は笑う。

「それ、思い込みだって。後から分かってた気になるだけ」

「……そうかな」

「そうだって。お前考えすぎ」

 その言葉に、少しだけ救われる。

 考えすぎ。

 それで済むなら、それがいい。


 夜。

 春樹はノートを開いた。

 日付を書く。


《四月十二日》

・犬が飛び出すのが分かった(約1秒前)

・先生の言葉が分かった

・美咲が牛乳を落とすと分かった


 書いてみると、途端に馬鹿らしくなる。

 本当に予知なら、もっと大きなことが分かるはずだ。

 事故とか。

 地震とか。

 宝くじの番号とか。

 こんな些細なことだけ。


 ペンを置いた瞬間。

 ぞくり、と背筋が冷える。

 ページの下。

 自分の筆跡で、もう一行書いてあった。


・ここまでは軽い。まだ大丈夫。


 春樹は息を止める。

 書いた覚えがない。

 確かに、今さっきまで空白だった。

 インクは乾いている。

 触っても滲まない。


「……いつ書いた?」


 喉が乾く。

 ページをめくる、他には何もない。

 最初のページに戻る。

 自分の文字だ、間違いなく。

 だが記憶がない。


 心臓が強く打つ。

 いや、違う。

 昨日、無意識に書いたのかもしれない、覚えていないだけだ。

 そうだ、きっとそうだ。


 春樹はノートを閉じる。

 電気を消す。

 暗闇。


(ここまでは軽い。まだ大丈夫)


 その言葉が頭の中で反響する。

 まだ?

 天井を見つめる。

 視界の端が、わずかに揺らいだ気がした。


──次は、もう少し長くなる。


 誰の声か分からない。

 春樹は目を閉じる。

 眠りに落ちる直前、確かな感覚があった。



 四月十三日。

 目覚ましが鳴る前に、春樹は目を覚ました。


(あと三秒で鳴る)


 そう思った瞬間。

 ピピピピピ。

 正確だった。

 布団の中で、じっと天井を見る。

 偶然……。

 昨日の犬も、先生の言葉も、牛乳も、偶然が重なっただけ。

 そう思わなければ、息が浅くなる。


 朝食の席、父が新聞をめくる。


(「最近の若者は」と言う)


「最近の若者はさ」

 言った。

 胸の奥が冷える。

 今度は一秒じゃない、五秒はあった。


 学校へ向かう途中、美咲が隣を歩く。

「ねえ春樹、昨日ちょっと変だったよ」


(考えすぎだよと言う)


「考えすぎだよ」

 美咲はそう続ける。

 予測は、まだ当たる。


 だが、次の瞬間、ズレた。

「でもさ、ちょっと怖いよね」

 春樹は足を止める。

 それは、知らない台詞だった。

「……今なんて?」

「え? ちょっと怖いよねって」

「前は言わなかった」

「前って?」

 美咲の眉が寄る。

「何の話?」


 胸がざわつく。

 確かに、今までは「あるある」で終わっていた。

 怖い、なんて言わなかった。


 教室。

 担任が入ってくる。


(チョークを落とす)


 予測する。

 落ちない。

 そのまま授業が始まる。


 春樹は混乱する。

 当たる時と、当たらない時がある。

 それでも、起こる前に分かる感覚は、確実に伸びている。


 昼休み。

 悠斗がパンをかじる。


(「今日部活サボるわ」と言う)


 言わない、代わりに。

「今日さ、春樹んち寄っていい?」

 と聞いてきた。

 違う。

 流れが、違う。


「……なんで?」

「なんでって、最近お前変だから」

笑っているが、目は笑っていない。

「変じゃない」

「いや、変だって」


 周囲が、ほんの少しだけ自分を警戒している。

 その事実が、春樹の背筋を冷やす。


 夜。

 ノートを開く。


《四月十三日》

・目覚まし三秒前に起きた

・父の言葉が五秒前に分かった

・美咲の台詞が変わった

・担任はチョークを落とさなかった

・悠斗の言動が違う


 書き終え、ページを閉じる。

 しばらくして、もう一度開く。

 一行増えている。


・予測しようとするとズレる。


 喉が鳴る。

 今回はインクがまだ新しい。

 触れると、少し滲んだ。

 今、増えた。


「……俺、書いてない」


 部屋には自分しかいない。

 ペンは机の上。

 胸が早鐘のように鳴る。

 だが同時に、妙な確信が芽生える。


(やっぱり、繰り返している)


 未来を知っているのではない。

 一度体験しているから、知っている。

 だが毎回、少しだけ違う。

 だからズレる。


 それなら、もっと大きな出来事を確かめればいい。

 春樹は天井を見つめ、目を閉じる。


(明日、何か大きなことが起こる)


 そんな確信が、静かに胸に沈んでいく。

 暗闇の中。

 どこかで聞いたことのある静寂。


──ここからだ。


 誰の声か分からない。

 春樹は、ゆっくりと眠りに落ちる。

 明日、何かが起こる。


 それもきっと、前にあった。

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