4話
アンナ視点あり
アンナは侍女長の部屋の扉を軽く叩いた。
「侍女長、よろしいでしょうか」
「どうしたの、 アンナは侍女長の部屋の扉を軽く叩いた。
「侍女長、よろしいでしょうか」
「どうしたの、アンナ」
中から落ち着いた声が返ってくる。
扉を開けると、侍女長は帳簿を確認しているところだった。屋敷の使用人をまとめる彼女は、この屋敷の現状を誰よりも理解している人物だ。
「北側の廊下なのですが……」
「北側?」
侍女長が顔を上げる。
「はい。先程通ったのですが……とても綺麗になっていて」
「掃除が入ったの?」
「いえ、それが……」
アンナは首を横に振った。
「今日は誰も入れていないはずです」
侍女長は眉を寄せる。
「確認しましょう」
二人はすぐに北側の廊下へ向かった。
北側の廊下に着いてすぐに足を止める。
「……たしかに」
床も壁も綺麗に整えられ、空気も澄んでいる。
先日見た時に出来ていた天井の染みも、跡形もなく消えている。
「昨日見た時はここに雨染みができてたわよね」
「はい、私も覚えてます」
侍女長は静かに廊下を見渡す。
「……誰がやったのかしら」
その後、使用人たちに確認を取ったが、誰も掃除をしていないという。
「では一体……」
アンナが小さく呟いたその時。
「侍女長!」
別のメイドが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「食堂へ向かう廊下が……」
「廊下?」
「綺麗になっているんです」
侍女長とアンナは顔を見合わせた。
二人は急いでその廊下へ向かう。
その廊下へ着くと、そこにはカーテンまでもが綺麗に整えられた空間が広がっていた。
汚れや修繕の跡があったカーテンも綺麗になり、空気も澄んでいる。
「……これは」
侍女長はゆっくりと周囲を見渡した。
掃除だけではない。
窓の汚れやや壁の小さな傷まで整えられている。
「誰かが屋敷の手入れをしている」
そうとしか考えられない。
しかし。
「誰もやっていない、のよね」
アンナは静かに頷いた。
侍女長は少し考え込んだあと、口を開く。
「他の手入れされた所がないか確認しましょう」
アンナはすぐに頷いた。
「はい!」
侍女長からの指示でアンナは使われてない客間の方へ、侍女長は伯爵様方が普段使われている場所を中心に探す。
アンナは早足に廊下を進む。
思い当たる場所はいくつかあった。
人目につかず、手が回っていない場所。
(使われていない客間……)
扉の前で一度足を止める。
本来なら、埃を被ったままのはずの部屋。
けれど。
(もしかして……)
ゆっくりと扉に手をかけ、開く。
――その瞬間。
「……え?」
思わず声が漏れた。
部屋は、整えられていた。
空気は澄み、家具の埃も払われ、カーテンも綺麗に整っている。
そして。
「……お嬢様?」
部屋の奥。
窓辺に立つ、小さな背中。
ルーチェが、静かにカーテンへ手を伸ばしていた。
指先が触れた瞬間、布の歪みが自然に整う。
まるで、最初からそうであったかのように。
アンナは言葉を失った。
「……あら、アンナ」
ルーチェは振り返り、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
その声音も、表情も、いつもと変わらない。
けれど。
目の前で起きた光景は、明らかに“普通”ではなかった。
「い、いえ……その……」
言葉がうまく出てこない。
視線が、整えられた室内と、ルーチェの手元を行き来する。
ルーチェは一瞬だけその様子を見て、くすりと小さく笑った。
「少し、気になってしまって…」
まるで、大したことではないかのように言う。
「……お嬢様が、これを……?」
アンナの問いに、ルーチェはわずかに首を傾げた。
「だめ、だったかしら?」
「い、いえ……そういう訳では……!」
慌てて否定する。
だが、胸の奥がざわつく。
これは、本当に“掃除”なのだろうか。
それとも――
「侍女長に、ご報告してまいります」
そう告げると、アンナは深く一礼した。
「ええ、そうね。お願い」
ルーチェは変わらぬ微笑みで頷く。
⸻
部屋を出た瞬間、アンナは小さく息を吐いた。
(……お嬢様が、あの廊下も?)
先程の光景が、頭から離れない。
急ぎ足で侍女長のもとへ戻る。
「侍女長!」
「どうだったの?」
アンナは一度呼吸を整え、告げた。
「原因が、分かりました」
侍女長の目が細められる。
「……何?」
アンナは、静かに答えた。
「ルーチェお嬢様、です」
その言葉に、空気が一瞬止まる。
「……詳しく教えてちょうだい」
アンナは、見たままを全て話した。
整えられた部屋。
そして、ルーチェの手によって“直された”光景。
話を聞き終えた侍女長は、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
だがその表情は、納得というよりも、慎重さを帯びている。
「これは、奥様にご報告する必要があるわね」
⸻
その頃。
私は、次にどこを直そうかと考えていた。
けれど、なんとなく分かっている。
(……そろそろ、来るよね)
足音が近づいてくる。
そして。
「ルーチェお嬢様」
アンナの静かな声。
「奥様がお呼びです」
私はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
「分かったわ。すぐ行く」




