第26話 風の聖龍(せいりゅう)、封じられし空の羽音**
まばゆい風が星都セレファイスの空に走った。
透明な結晶のような風が、都市の上空を渦巻くように流れ、記憶の冠冕から立ち上った光と融合していく。ユイはまだ手の中にある“記憶の鍵”――「忘却の銀」と「想起の金」を見つめていた。
「これは……私たちの記憶だけじゃない……この場所に生きた、すべての人の……」
彼女の言葉に応えるように、地の底から振動が起こり、冠冕の周囲にあった「記憶の門」が静かに開かれる。
門の先には、空に浮かぶ大地――封じられた“風の九聖龍”の棲まう領域〈ヴェル=フリューゲル〉が現れた。
ユイの傍らにはネルがいた。いや、“ネル”と呼ぶにはあまりにも不安定な状態だった。
「ネル……? どうしたの? 記憶が――」
「私は……ノ……ノエル……セレス……て……クラ……ティア……?」
ネルの記憶が、誰か別の存在――ノエル・セレステ・クラティア――の記憶と混ざり合い始めていた。
「ネル、あなたはネル。だけど……たぶん、もう一人のあなたが……」
ネルは頷こうとしたが、視線は上空へ向けられた。
「……来るよ、ユイ。風の聖龍が――目覚める。」
天空の裂け目から、巨大な羽音が鳴り響いた。
それは音というより、世界そのものが震えるような波動だった。
セレファイスの空に、淡い翠色の翼を持つ龍が姿を現す。
風の九聖龍――その名は、カゼル=アルマ。
「……おまえが、風の鍵を呼び覚ました者か……」
龍の声は、直接ユイの意識に響いた。
ユイは一歩踏み出す。
「はい。私は“未生”に導かれた者。九聖龍の導きの下、夢を救うために来ました。」
風が彼女の周囲を吹き抜ける。
その風は過去の声、未来の記憶、そしてまだ知らぬ感情までも含んでいた。
カゼル=アルマは、瞳を細めて言った。
「おまえはまだ脆い。だが……『風の契り』を交わす覚悟があるのならば――その証を示せ。」
その瞬間、ユイの前に巨大な風の陣が開いた。
風が舞う中、ユイは左手に“忘却の銀”、右手に“想起の金”を掲げる。
両の鍵から放たれた光が、風の陣と共鳴した。
「風よ、記憶を抱いて吹き抜けろ――!」
叫んだ瞬間、風が収束し、一本の羽根がユイの胸元に刺さるように溶け込んだ。
――風の契約は、結ばれた。
ネルの姿が崩れかける。
「ユイ……わたし、もう……」
「行かないで、ネル!」
だが、ネルの姿はまるで風に紛れるように霧散し――その中心に、柔らかい光を帯びた少女の姿が浮かび上がった。
「……ノエル……?」
そこには、“ノエル・セレステ・クラティア”と呼ばれる、ユイの記憶にだけあるはずの存在が、確かに立っていた。
一方そのころ、星都の地下深くでは、夢整序機構が新たな計画を開始していた。
「ユイ・アストラ……“風”の力と接続確認。現在、認識領域をレベル7に進行中。対応を急げ。」
「“記憶干渉プロトコル”を発動。ノエル・ユニットの再同期を――」
セレファイスは、目に見えぬ風と、心の中に吹き抜ける“記憶の嵐”に、巻き込まれていく――
つづく




