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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
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4 爆食する



折角のカイウスとのティーパーティーだったというのに、気分が悪い。

温室で炎を出してしまったのも良くなかったが、しかしあの公爵が何をしでかすかわからなかったのだから仕方あるまい。


つくづく運がなかった。気まず過ぎてカイウスの方もまともに見られなかったが、彼は一体どんな顔をしていたのだろう。――見たところで、仮面で顔が隠れているからわからないのだが。

あんなに好意を寄せてくれたのに、あんな父親がいると知られればさすがにもう連絡をくれることはないだろう。



自室で、フレアは一人深いため息をついた。



「はあ…カイウス様、本当に素敵だったのに…」


『うん?』


「おばあちゃんだってそう思うでしょ?あんな素敵な薔薇の花束を用意してくれたのよ?」


『やめとけやめとけ。あれだけはやめておけ。それなら青蓮の王子とやらの方がまだいい』


「ええ?何で?相手がわからないのは危険だとか何とかあんなに言ってたのに――」


『とにかくやめておけ。あれは裏があるぞ。大体あれもあれで顔がわからんではないか。なんだあの仮面は。素顔を隠す人間にろくな奴はいない』


「あれはシノノメ帝国の文化なのよ。外見より中身を重視するってことでしょ。いいじゃない、奥ゆかしくて」


『どうだか』



まさかほむらにまで貶されるとは。

フレアは深いため息を吐いた。



その夜、少々ヤケになったフレアは部屋でもりもりとケーキを頬張っていた。

青蓮の王子への罪悪感もあった。あんなに愛していると思っていたのに、他の男にちょっと言い寄られただけで決意が揺らぎそうになった自分が情けない。


決意を紙にでも書いておこうと、引き出しを開けた時だった。

ころころと、赤い宝石の指輪が転がってきた。



「あら、綺麗な指輪。こんな指輪持っていたかしら?」



フレアは小さく欠伸しながら、その指輪を薬指にはめた。



「ふふっ、私にぴったり」



何の為に引き出しを開けたのかも忘れ、フレアは満足してベッドに横になった。

途中、歯磨きをするために一度起きた後は、朝までぐっすりと泥のように眠った。





翌朝、いつものように目を覚ましたフレアは、「ん~」と大きく伸びをして、それからすぐに違和感に気づいた。


声が低い。体の感じも何か、言葉では言い表せないが違和感がある。


昨日爆食し過ぎただろうかと反省しながら、ベッドから降りる。

カーテンを開け、朝日を浴びる。目を擦りながら軽く顔を洗い、ドレッサーの前に座る。


おはよう、こんにちは、今日も可愛い私。


そんなことを思いながら鏡に微笑みかけたフレアは、その微笑みかけた顔のまま固まった。



「え……?」



そこに映っていたのは、明らかにいつもの自分ではなかった。



長い金髪は変わらない。目元や顔の作りもそう極端に変わっている訳ではない。

だが何か、何かが違う。


フレアは恐る恐る首筋に触れた。

首が、何と言うか、がっしりしているような。

喉に触れると、ぼこ、と何かが飛び出ていた。昨日までは絶対になかったものだ。


何か病気か、骨でも飛び出ているのかと怖気が走るが、痛みはない。



――――ゆっくりと、胸元に手を入れた。


そこにあったはずのものが、ない。

平たい、真っ平らな胸は、最早女性のものではあり得なかった。



『何だこれは。何が起こっている』



ほむらの冷静な声が頭の中で響くのを感じながら、フレアは堪らず悲鳴を上げた。






――――――――

――――――――――――――――



これは男になっている。どう考えても男になっている。


あの後パンツの中を見て記憶を抹消したいくらいの衝撃を受けてしまったフレアは、取りあえず男性でもおかしくないであろう服に身を包んで、屋敷から脱走していた。


こんなおかしな姿、絶対に誰にも見られたくない。カノンにもルベルにも――――ルカにも。


指輪だ。呪いの指輪、いや性転換の指輪。これの仕業に違いない。

昨夜、引き出しの奥に仕舞っていたそれを、うっかり指に嵌めてしまった。

性能に難があるからもう要らないかと思いつつ、それなりに値段がしたから捨てるのも惜しくて捨てられなかった自分が、憎い。


指輪を外そうとはした。だがぴったりと嵌まって、どう足掻いても取れそうにない。

フレアの力でも破壊できないとなると、これは何か魔力的なものの所為で取れなくなっていると見て間違いなさそうだった。



魔道具のことなどよく知らない。壊れたのかもしれない。

もし、もし一生解除できなかったら?考えるだけで恐ろしい。



フレアは息を切らして、目的の場所に辿りついた。転がり落ちるように階段を降りて、扉を蹴破る。



「乱蔵!!!」



ああ、何て低い声。

改めて泣き出しそうになりながら、フレアは目つきの悪い男を探した。

だが、ゴミの山からのっそりと起き上がったのは、彼ではなかった。



「何、朝っぱらから煩いんだけど…………て」



レインの声が強張る。前髪に隠れてはいるが、その表情もどんどん強張っていくのが、フレアには手に取るようにわかった。





隣の部屋で寝ていた乱蔵を叩き起こすと、彼は目を擦りながら「あんまり変わってねえじゃねえか」と眉間に皺を寄せただけだった。


「ぜんっっぜん違うでしょうが!!!可愛い可愛い私が男になんてなっちゃったのよ!?この絶望があんたにわかる!?」

「わからねえし自業自得だろ。変な魔道具になんぞ手ぇ出すのが悪いんだろが。大体すぐ捨てろよんなもん」

「ぐっ…それは…そう、だけど…」


シュン、と項垂れたフレアが哀れだったのか、乱蔵は「まあ解除できるか調べてやる」と承諾した。

途端、フレアは希望の糸口を見つけて元気になった。


「全力で頑張りなさい!!!お金ならいくらでも払う!!!いっっっっこくも早く私を元の可憐な姿に戻して頂戴!!!!!」

「わかった、わかったから落ち着け!!そんなすぐにできるもんでもねえからな、俺が作った魔道具じゃねえんだから。取りあえずお前は飯でも食ってろ。レイン、パンか何かあるか」

「まあ、あるけど……」


レインは嫌そうにパンを差し出した。乱蔵はフレアがパンを頬張る横で指輪を調べていたが、しばらくして「だめだなこりゃ」とため息を吐いた。


「多分壊れてる。作った奴を探し出すのが一番手っ取り早いが」

「無理よ。非合法だもの、これ。作った人間なんてわからない」

「終わったな」

「待って終わらないで!!私一生男で生きていかなきゃならないの!?」


それだけは絶対に嫌だ。元の可愛い姿に戻れないなんて、そもそもそれはこの国にとっても大きな損失ではないのか。自分のドレス姿は国の至宝と言っても差し支えないくらい素晴らしいものだったはずだ。この姿ではドレスも着られない。肩幅も腰回りも違う。喉仏もある。今はまだ16歳だから女装してもバレない可能性もなくはないが、これから成長するにつれどんどんおっさんになってしまう。


そんなことになるくらいならいっそ死んでやる!


泣きながらそう訴えると、乱蔵は「まあ落ち着けって」と肩を叩いた。



「何とかやってみるからお前は待ってろ。その間、精々バレねえようにな」



そう言われてから、瞬く間に一日が経った。

ルカたちには、乱蔵の方から「フレアは長期休養に出かけた」とだけ伝えて貰っている。だいぶ心配はしてくれているらしい。


別室で隠れているから来客があっても問題なくやり過ごせているが、たった一日引きこもっただけでも精神がおかしくなりそうだった。日光だ。日光がほしい。日の当たらない、外の景色が一切見えない地下で暮らし続けるのは、フレアには拷問に等しい行為だった。

廃人になる前に外に出なければならないと決心したフレアは、乱蔵から借りた服で外に出た。



一日ぶりの外は気持ちがよかった。

日の光が温かく、空気も新鮮で美味しささえ感じられる。鼻歌でも歌いたい気分だ。


知り合いに出くわす可能性を考えて、フレアは人通りの少ない、目立たない路地を歩いた。たまに人とすれ違う時も、視線を落とし帽子を目深に被り直す。



そうしてしばらく歩いた時だった。



「や、やめて!来ないで下さい!」



少女の悲鳴が、路地裏に響いた。


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