3 お茶をする
夢のようなダンスパーティーは終わり、いつも通りの朝が来た。
「――――シノノメ帝国の皇太子がフレア様とダンスを?」
「ええ!それに是非屋敷に来たいと言って下さったわ!とっても素敵な御方なのよ。背がこう、すっごく高くって声が低くて紳士でダンスも上手なの!私に薔薇の花束を贈ってくれたんだから!ね、ロマンチックでしょ?」
昨夜の夢のような出来事に関して、鼻高々にぺらぺらと話すフレアに、ルベルはすんと白い目を向けた。
「相手はシノノメ帝国でしょう。何か裏があってのことですよ。本気にしない方がいいかと」
「そんなのわからないわよ!確か私に一目惚れしたみたいなことも言って――――」
「へえそうですか。それはますます怪しいですね」
「そんなこと――――」
「私もそう思うわ。シノノメ帝国なんてろくなことしないじゃないの。傲慢で狡猾で、油断のならない相手よ。それにあの人たち、おかしな仮面をつけているでしょう。前世関連の何だか、何と言っていたか忘れたけれど、あんなおかしな仮面をつけた顔もわからない相手に懸想するなんて、絶対やめておいた方がいいわよ」とライア。
他の面々も、あまり良い顔はしていない。
思っていた反応と全く違うものだから、フレアは「何よ」と唇を噛んだ。
「……。良い人そうではあったよ」
躊躇いがちに、ルカが口を挟む。フレアはパッと顔を上げた。
「そう!そうよね!ルカもそう思う?」
「……少なくとも、傲慢さみたいなものは感じなかったかな。僕が割って入っても、嫌そうな素振りもみせなかった。皇太子という立場からすれば、僕の行動は酷く無礼なものだったろうに」
ルカはそう言って、優しく微笑んだ。いつもと違ってどこか影のあるその笑みに、フレアはどきりと緊張した。
自分がルカに対してとてつもなく酷いことをしてしまったような、そんな気がした。
でもそれは、そんなことはないはずだ。
なぜならルカは、フレアを好いている訳ではないのだから。あのダンスは、フレアを可哀想に思ってしてくれたものに過ぎないのだから。
だから、酷いことなんて、何もしていない。
「…………」
黙りこくっていると、突然玄関の呼び鈴が鳴った。カイデンが音もなく向かう。
しばらくして、珍しく困惑した様子の彼が帰ってきた。
「何?誰が来たの?」
「それが……」
カイデンの告げた来訪者の名前に、フレアは文字通り椅子から飛び上がった。
――――――――
――――――――――――――――
「本当に構いませんでしたか?昨日の今日ということで、もしお疲れでしたら――――」
「いえいえいえいえ!私、体力にだけは自信がありますからお気になさらず!それにしても本当に来ていただけるなんて!――え?私ができれば今日って言ってました?あ、あ~~そうでしたわね、そうでした!すっかり忘れて――でなくて、あんまり昨日のことが素晴らしくってうっかりしていましたわ!おほほほほ――――」
緊張を紛らわすように早口で捲し立てるフレアに、カイウスは「やはり無理をさせたのではないか」と気を遣っている。
屋敷を訪れたカイウスは、やはり例の仮面をつけていた。従者たちも皆つけており、ライアは怖がって植物の陰に隠れている。
ただ、顔の上半分だけを隠す仮面はそこまで不気味という程のものではないし、カイウスの所作は皇太子らしく優雅そのもので、がさつな感じも一切ない。
茶に関する知識も豊富で、話しているのも楽しい。
「ふふ、こんなに話が合うなんて不思議。私たち、なんだか初めて会った気がしませんね」
思わず口走ってしまってからちらりと表情を窺うと、彼は口元に微笑みを浮かべたまま固まっていた。
少し積極的過ぎたかもしれない。あんまり浮かれてはしたないと思われただろうか。
いや、私の本命は青蓮の王子様だから別にーーとまで考えたところで、背後で仕えていた従者が、「もし良ろしければ」と進み出た。
「前世を占ってみるのはいかがでしょう?」
「前世?」
カイウスの纏う空気が、さっと厳しいものに変わるのを感じた。それは従者も同様に感じたのか、「出過ぎた真似をして申し訳ありません」と深々と頭を下げた。
「我が国ではよくある、ただの占いにございます。お二人はもしや、我が国で言うところの運命の相手なのではないか、と…」
「はあ…」
フレアは思わず顔を顰めた。
何を言っているのだ、この従者は。
「是非どうぞ。方法は簡単でございます。こちらの水晶を覗きこむだけ。しばらく経てば、貴方様の前世を示す姿が現れます」
従者は手のひらサイズの小さな鏡を差し出した。そういう類の魔道具だろうか。
カイウスは「断っていただいて構いません。こういうものはあまり…こちらでは一般的でないでしょう」と困った様子だ。
一体どんな結果が出るかわからないが、間違いなくほむらの姿が映されることになる。
断ろうとした時、従者がずいとフレアに近寄ったことで、意図せずしてフレアは鏡を覗きこむ形となってしまった。
「あ」と声が出た直後、鏡はみるみる曇り、やがて何か別のものを映し出した。
鏡に映るのは、うっすらと色のついた眼鏡をかけ、酒をあおりながらソファの上でふんぞり返る、いかにも軽薄そうな若い男だった。
なんだこいつは。フレアは思わず噴き出した。
顔かたちがどことなく自分に似ているらしいのも何だか笑える。
「これが私の前世なんて…ふふっ、こちらの魔道具、少々ガタが来ているのかもしれませんね?」
「そうでしょうか…失礼いたしました。公爵令嬢様にこのようなものをお見せして…」
思った結果でなかったのか、従者はしずしずと後ろに下がった。
丁度その時、温室のドアがけたたましい音を立てて開けられた。
「フレア!!!」
「げっ…公爵!?」
現れたのは怒り心頭のイグニス公爵。真っ赤な髪と同じくらい顔を真っ赤にして、フレアとカイウスを睨み付けている。
背後からカイデンが「落ち着けと言っているだろう!!」と公爵に向かって怒鳴っている。
そんな彼の制止を振り切り、公爵はフレアの目の前まで来て腕を伸ばした。
フレアは咄嗟にその手を払いのけ、強く睨み返した。
「気安く私に触れないでくれる?何か御用かしら?」
「貴様っ…!!相変わらず生意気な口を――――」
「誰がこの屋敷に入っていいと言ったの?この屋敷の主は私よ。あんたじゃない」
パチ、と嫌な音がした。公爵が能力を使おうとしている。フレアは、咄嗟にテーブルの上のフォークを掴み公爵に向かって投げつけ、動揺している隙に炎の壁を作って公爵の動きを封じた。
炎の向こうから、公爵は鬼のような顔でこちらを睨んでいる。
「シノノメ帝国の人間におもねるつもりならば容赦はしないぞ。アカツキ王国を裏切るも同然だ。品位の欠片も資格もないとは言え、貴様は聖騎士の一人だということを忘れるな!!」
「あらあら、そんなところで吠えてもちっとも怖くないわよ?」
「いいか、次はないぞ!!次また同じことをすれば――――貴様はイグニスの牢にぶち込むからな!!!」
公爵はキャンキャン喚きながら、フレアの炎の壁に追い立てられるように温室を出て行った。




