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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
97/116

2 踊る



正直、こんなことになるとは思いもしなかった。ルカと二人きりの車内は、正直気まずい。蹄の音が響き、ぐらぐら揺れる度に心臓が口からまろびでそうになる。

フレアはルカの顔を直視することもできず、窓の外を見ているしかできなかった。



彼の真意がわからない。

哀れに思ったのだろうか?弱みでも握ろうとしているのだろうか?

それとも本当に…?



(いや、考えたくない。あり得ない。だってルカよ?私がずっと虐めてきた相手よ?母親を助けた恩を返そうとしてるとか?…まあそういう感じならわからなくもないか。ソフィアに言われたとか?可哀想なフレアお嬢様を助けてあげなさいって……うわ、あの人なら言いかねないわね)



当日までに相手が見つからなければ、その時は自分をパートナーにしてほしい。

ルカからの提案に対し、フレアは何も答えなかった。その後特に会話を交わすこともなく、本当にルカが正装で現れるのか半信半疑のまま、こうして当日を迎えたのだった。



王宮で催される、煌びやかなダンスパーティー。今宵の主催は女王陛下その人と聞いている。馬車から降りたフレアは、思わず感嘆の声を漏らした。

四大公爵家の面々は勿論、各地から王侯貴族が集いごった返す、その様はまさに圧巻であった。イグニス公爵の姿もちらりと見えたが、フレアは敢えて無視した。


親しい間柄の貴族などいない。ある意味、気は楽だった。

あちこちからひそひそと、「あれが問題の…」「絡まれると厄介だぞ」と嫌悪、好奇の視線は注がれていたが。


暗い気持ちに沈みそうになると、ルカがそっと手を引いてくれた。

明るいオレンジ色の瞳は、どんな好奇の視線に晒されようと、いつものように穏やかだった。


ダンスホールはすでに大勢の人が集まっている。

アクア家の公子の姿もあったが、公女の姿はない。確か彼女もフレアと同い年であり、そろそろデビュタントを控えているという噂であったからてっきりいるものと思ったが、違ったらしい。


フレアはアクア家の面々が特別嫌いだ。代々イグニス家はアクア家と仲が悪いからこれは己の血に流れる宿命のようなものだろう。あちらもフレアのことは毛嫌いしており、聖騎士会議で顔を合わせる度に睨み付け合うのは毎度のことである。



そのうちある程度人が揃い、女王の退屈な話が始まった。立ったまま寝てしまいそうだとうとうとしたところで、女王が話しを切る。

いよいよダンスが始まるのだろうかと思った時、大きな音を立てて後方の扉が開いた。



「あれは……!」

「何だあの不気味な仮面は」



会場に動揺が走る。フレアのいる場所からは人が邪魔になってよく見えなかったが、群れを切り裂くように、ぞろぞろと長い列が入ってきているのはわかった。



やがて、凛とした冷静な声がホールに響いた。




「女王陛下、此度は御招きいただき誠にありがとうございます。陸路が悪く遅れてしまい、このような形となりましたことは深くお詫び申し上げます」




(あれ?この声…)




どこかで聞いた気がする。けれどどこでだったか、まるで思い出せない。




女王との会話のやり取り、周りのひそひそ声からわかったことは、あの一団はシノノメ帝国の皇太子とその従者たちらしい、ということだった。


シノノメ帝国はアカツキ王国とは昔からあまり友好的な関係ではなく、地理的にもかなり離れているため、こうした公の場に姿を現すことは珍しい。


フレアの母親はシノノメ帝国の出身だが、フレアは帝国の親類と会ったこともない。



(ま、私には関係ないことね)



外交には興味がない。早くダンスが始まらないかと思いながら、無意識にルカに寄りかかった。

あ、と思って見上げると、ルカと目が合った。頬が赤い。照れたように微笑むその表情を、フレアはその時、確かに、可愛いと思った。

ルカの目が、髪が、その頬の輪郭全てが、きらきらと輝いて見える。

照明がそうさせるのかこの場所がそうさせるのか、はたまた目の錯覚か。



なんだ、これはと思った時だった。




「フレア・ローズ・イグニス!!」




女王に叫ぶように名を呼ばれ、フレアは「へ」と目を丸くした。

ザ、と人の波が割れ、女王とシノノメ帝国の一団まで、長い道ができる。



「来なさい」



有無を言わさぬ威厳たっぷりの女王の命令には、どこか困惑の色が浮かんでいた。

フレアは頭からはてなマークを飛ばしながら、人に見られている以上堂々としてなければと背筋を伸ばして歩を進めた。



まず見えたのは、奇妙な仮面。女王の前に突っ立っているその人物は、白い仮面で顔の上半分を隠し、手には薔薇の花束を携えていた。こんな公の場で仮面を被るなどまともな人間とは思えないが、彼の後ろに続く従者たちもまた、全員が同じ仮面で顔を隠している。


凍るような空気の中、その人の目の前に立つと、彼は突然、フレアに向かって膝を突き、薔薇の花束を差し出した。



「貴方と、貴方のお母上に敬意を表します」

「え……?」

「どうかお受け取りください。この薔薇は、貴方のために用意したもの。今日は貴方のデビュタントと伺っております」



想像もしなかった展開に言葉を失っていると、女王に促され、フレアは手を差し出した。

ずしりと重く、美しい薔薇の花束。心から愛する者にのみ贈られる、特別な花束。

こんなロマンチックなもの、生まれてこの方貰ったことなどない。



当然困惑はあった。けれどそれ以上に、喜びの方が勝ってしまった。




「貴方のお母上は、帝国の宝だったと聞いています。気高く、美しく、誇り高い人だったと。残念ながら肖像画は残っておらず、私もお会いしたことはないのですが…きっと、貴方のように美しいお人だったのでしょう。まさかこんなに……薔薇の花束が霞むほど、美しいとは」



心地よい声だった。やはりどこかで聞いたことがある気がする。

けれどどこでだったか、どうしても思い出せない。



「私はシノノメ帝国皇太子カイウス・ファートゥム。もし貴方さえ良ければ、今宵は私と一緒に、踊っていただけませんか?」

「え、と…」



素晴らしい薔薇の花束の次は、熱烈なダンスの申し込み。それもこんなに大勢が見ている前で。

フレアは堪らずカーッと熱くなり、すぐに返事もできずにいると、背後から「恐れながら」と凜とした声が二人の間に割って入った。



「彼女のパートナーは僕の役目ですので、皇太子殿下は、次のダンスまでお待ちいただければと」



普段のルカらしくない、毅然とした口調だった。

皇太子カイウスの視線を感じ、フレアは真っ赤な顔のままこくこくと頷いた。




それからのことはよく覚えていない。

ルカとのダンスの間も上の空で、二曲目にカイウスと踊った時は彼と指を絡め、密着するだけで体温が急上昇し、自然と笑みがこぼれた。

自分が本当のお姫様になったような、この舞台は自分のためだけにあるような、そんな幸せな錯覚さえ感じられた。



(私には青蓮の王子様が…!王子様がいるのに…!!)



浮気をしているような罪悪感に苛まれるくらいには、突然現れたこの皇太子に、フレアの心は脆くも持って行かれそうになっていた。浮気も何も、別に付き合っている訳ではないのだが。





こんな時、いつも煩いほむらが、なぜかずっと黙りこくっていたことには、有頂天のフレアはとうとう気がつかなかった。





そしてもう一つ、カイウスとのダンスを見て遥か後方から絶句するジークの姿があったことなど、知る由もなかったのであった。


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