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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束

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21 夢を見る



ルカは、ダンスパーティーには来ないと思っていた。

レインの治癒能力で怪我自体は治っていたが、受けた傷が深すぎたことによる精神的なショックからか、体調が芳しくなく、ベッドで寝たきりのような生活を送っていたのだ。



(昨日ちらっと見た時はまだ辛そうだったけど……。なんでパーティーになんか来てるのよ、あの馬鹿)



フレアは心の中で悪態をつきながら、暗い夜道をひた走った。

木の上でルカをやり過ごした後、会場には戻らずすぐに屋敷に戻ることにしたのだ。レインは「なんで逃げてるの?」と不思議そうだった。

フレアだって逃げたくて逃げている訳ではない、のだが……。




思い出すのは、瀕死のルカが口走った言葉だ。




『大好きだよ、フレア』




(ああああああああああ思い出しちゃだめ思い出しちゃだめ思い出しちゃだめ!!何なのよ何なのよ何なのよルカの馬鹿!!!ルカのくせに何言ってんのよ馬鹿!!!絶対嘘、絶対あり得ない、絶対ふざけてる!でも……)



死の間際の言葉だ。ふざけているとは思えなかった。

あの言葉を聞いた瞬間、ほんの一瞬、時が止まったように感じた。甘やかな響きに体が痺れた。雷が落ちたようだった。何か啓示でも受けたような、それほどの衝撃を受けたのだ。


つまり要するに、とても嬉しかったのである。


だからこそ、確認するのが怖い。あれが嘘だったと言われたらうっかり殺してしまうかもしれない。

かと言って、本気だとしてもそれはそれでどうしたらいいかわからない。やっぱりパニックになって殺してしまうかもしれない。


ルカが何を考えているのか、本気でわからない。


フレアはルカを虐めていたのだ。それが何をどうして「好き」に転ぶのか、よっぽどこの顔が好みなのか何なのか、ルカの思考回路が理解できなかった。



フレアは息を切らして、門を乗り越え壁を駆け上がり、勢いよく自室の窓を開けた。

中に入って、息を整える。誰かに見られていれば泥棒が入ったと思われるだろう。

よろよろとベッドに腰掛けた時だった。



「誰かいるの?」



扉の向こうから声を掛けられ、危うく心臓が飛び出るところだった。

胸を押さえながら、そろりそろりと扉に近づき、耳をすます。



「フレア?」



ルカの声だ。



「どうして……」

「やっぱりフレアだね?よかった」



扉の向こうから、ほっと安堵する様子が伝わった。



「さっきまでパーティーにいたはずでしょ」

「僕もさっき帰ったところだよ。物音がしたから、心配になって」

「私のことより自分のことを心配しなさいよ。まだ本調子じゃないんでしょ!」

「うん、ありがとう。フレアは優しいね」

「べ、別にそういうんじゃないから!」



沈黙が降りる。

いたたまれなくなって、「もう寝るから!」と扉から離れようとした時だった。



「覚えてる?あの時言ったこと」



突然爆弾を放り込まれ、フレアは「ひッ」と素っ頓狂な声を上げ、固まった。

しばらく何も言えずにいると、ルカが恥ずかしそうに、ふっと息を吐いたのがわかった。



「ごめん、忘れたよね。何でも――――――」

「わ、忘れてない」

「……忘れてない?」

「忘れられる訳ないでしょ」



また沈黙が降りる。あの時の言葉を思い出すと、カーッと顔が火照って、堪らない気持ちに襲われる。

フレアはそんな気持ちを紛らわせるように、口を開いた。


「ほん、と信じられない。あり得ないでしょ、あんな冗談言うとか、タチが悪いって言うか――」

「冗談じゃないよ」


静かに、力強く遮られる。普段のルカらしくない、断固とした口調だった。




「好きだよ、フレア。それは冗談でも嘘でもなく――――僕は、本気で、君のことが好きだよ」




手のひらに汗が滲む。

長い沈黙の後、フレアは口を開いた。



「……いつから?」



声が震えた。




「出会った時から。自覚したのは、もう少し後だけど」

「馬鹿じゃないの。だって私、貴方を虐めてたのよ。燃やそうとしたことだってあるのに…」

「フレアの炎は、いつだって優しくて温かかったよ。怖いと思ったことなかったな」

「そんな馬鹿なこと……」


(あ、そう言えば…ジークだったかルークだったか、発火能力は特別だって言っていたかしら)


フレアの持つ発火能力は、燃やし尽くすだけのそれではなく、浄化と恵みの炎としての側面も持つと。

それらの力の切り替えはフレアにはまだ難しかったが、もしかしたら無意識の内に、恵みの炎とやらをルカに使っていたのかもしれない。


(私ってやっぱり天才だったのね。本当に燃やすつもりだって言ったら、それでもルカは笑うのかしら)



「フレアは、いつだって自信に満ちて堂々としていた。僕を勇気づけてくれた。僕にも、誇り高いイグニスの血が入っているんだって。どんな時も胸を張れって。僕は、君の言葉にずっと励まされてきた。君と出会えたから、生まれてきて良かったとも思った」



真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐな言葉だ。何と返してよいのか、すぐには返事ができない。

そんなことを自分が本当に言ったのか、それすらフレアは覚えていない。何だか申し訳なくなった。


ルカはどうしてこんなに堂々としていられるのだろうか。

彼は、こんな子だっただろうか。



「私、婚約者がいるのよ」

「うん、わかってる」


ジークは未だ婚約を解消させてくれない。

フレアがルークの生まれ変わりであることはもうわかっている訳で、そんな相手と婚約など嫌なはずだ。だからフレアの方から何度か婚約破棄を持ち出してはみなものの、なかなかうんと言ってくれない。


ただの嫌がらせだろうが、本当に面倒な相手が婚約者だったものである。――――色々世話になった手前、あまり強くは言えないが。



「あと、最近まで片思いを拗らせてた相手もいる」

「うん。……その人は今も好き?」

「わかんない」

「そっか」



しばらくの沈黙の後、ルカは淡々と続けた。



「フレアが本当に好きな人と一緒にいるべきだよ」

「……ええ」

「それが僕なら嬉しいな」



夢見るような、甘やかな響きが彼の声に混じる。

心臓が軽やかに跳ねた。




「君と一緒に、お茶を飲んだり、散歩をしたり、たまにはどこかに旅をしたり。そういう風に暮らしていけたら……穏やかに時間を重ねられたら、僕にとってこれ以上の幸せはないよ」




涙が零れそうになって、フレアは慌てて瞬きを繰り返した。

何てことのない日常。何てのことのない、ささやかな幸せ。



それは、フレアが喉から手が出るほどにほしかった幸せだ。




「――――ちょっと、待ってて」




フレアは扉を離れ、引き出しに入れておいた指輪を取りだし、指に嵌めた。女性の姿に戻れるはずの指輪だ。ルカとは、どうしても元の姿で顔を合わせたくなった。

深呼吸してから、一、二の、三で扉を開ける。


耳まで真っ赤になった顔で、ルカは固まっていた。扉越しには堂々としたものだったけれど、実際はこんな真っ赤な顔をしていたなんて、ちょっと可愛い、と思ってしまった。

フレアは恐る恐る尋ねた。


「戻った?」

「戻って、ない」


馬鹿だった。鏡で確認してから扉を開ければよかった。

この状況の所為か酒の飲み過ぎか、頭が馬鹿になっている。


逃げようとして手を取られた。と言っても強引なものではなく、ルカらしい、優しい感触だ。

振り払うことは容易にできたが、フレアはそうしなかった。


「朝になったら戻ってるかしら?」

「きっと」

「じゃあ……そうね、もうちょっとだけ、お喋りする?」


目が合って、ルカがふわりと微笑む。

その笑みを見ると、フレアは硬く強張った心の中の何かが、甘く溶けていくのを感じた。


フレアの部屋でしばらく他愛もないお喋りをして、お茶を飲んで、朝が来る前にルカは自室に戻った。



彼がいなくなった後、フレアはベッドに転がって瞼を閉じた。

次に目を開けた時には朝が来ていた。鏡を見たフレアはほっと息を吐いた。



長い魔法が、静かに解けた。



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