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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
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20 言葉を交わす



一度ダンスをしたら、ボロがでない内にさっさと退散する予定だった。

なのにレオンには鬱陶しいほどつきまとわれるわ、一緒に酒を飲まされるわ、他の令嬢にまで熱い視線を送られるわで、逃げられる隙が一切なかった。


そのうちアレクシア王女に捕まり、散々嫌味を言われて鬱陶しかったのですぐに女王に告げ口したら、「この馬鹿娘」とばかりに王女を裏に連行していたから、今頃こってり絞られていることだろう。


だが、こんな些末なことが吹き飛ぶくらい、驚くべきは別にあった。



(碓氷義勝。まさかあいつだったなんてね…)



つまりあの熱烈なアプローチも、何か裏があってのことで間違いないだろう。ほむらが反対する訳である。

気づいていたなら、さっさと教えてくれればよかったものを。


ほむらはと言うと、サクラと何度もダンスを踊っている。女性同士というのはなかなかないが、まあ楽しそうだからいいか。


義勝と踊っている時の彼女も、随分楽しそうだった。

まるで、また恋をしているような。


純粋で、一途で、燃え上がるように激しい、運命の恋。


運命だなんて、陳腐な言葉だろうか。けれど敢えて形容するなら、ほむらと義勝の関係はそういうものであるような気がする。

義勝が彼女をどう思っているかはわからないが、少なくとも彼女と踊っている時の彼は、何か並々ならぬ感情を抱いているように見えた。





羨ましいと思った。






その夜、ようやくレオンから離れられたフレアは、ふらふらと庭園に出た。

パーティーは明け方まで催される。クリスタは疲れて、随分前に屋敷に戻った。


空には無数の星が瞬いている。

ぼんやりと眺めていると、「やっほ~」と頭上から声が掛けられた。


「フレア様…じゃない、今は何て言えばいいんだっけ」

「レイン」


レインは木の上で、酒瓶を片手に寝そべっていた。フレアは辺りを窺った後、木に登って彼の隣を陣取った。


二人きりで言葉を交わすのは、いつ以来だったか思い出せない。青蓮の――そう呼んでいた人物が、まさかこんなに間近にいたなど、想像だにしなかった。


もしもっと早くに気づいていれば――…そう思わなくもないが、気づいていたとて、何か始まっただろうか?

レインがルーク以上にフレアを慕ってくれる未来なんて、どうしても想像できなかった。


「良い夜だね~。楽しかった?ダンスパーティー」

「まあまあ。……綺麗なドレスは見るより着る方がいい」

「それもそうだねえ、貴方はその方がいい。お酒いる?」

「あー…いる」


今日はまだまだ呑みたい気分だ。レインに貰った酒瓶に口をつける。

彼と同じものに口をつけたということに、後から気づいて顔が熱くなった。


好きな訳じゃないはずだ。思い描いていた理想の王子様と、レインはあまりに違う。

なのにどうしても、緊張してしまう自分がいる。



「……笑う時って、どうするんだろうねえ」

「え?」

「ちょっとは笑えって言われたことがあったんだよ、昔ね。だからやってみたけど、何遍やっても正解がわからない。普通じゃないからさぁ。普通にはなれないんだよねえ、どこまでやっても」



――――別になりたい訳でも、ないんだけどさ。

レインは呟いた後、小さくため息を吐いた。

酒が入っているからだろうか、雰囲気がいつもと違うし、饒舌だ。


フレアはその横顔を眺めながら、自然と言葉を零した。


「無理に笑う必要ないんじゃないの。笑いたい時に、笑えばいい」

「うん」

「どうせそれ言ったのルークでしょ。あの馬鹿が言うことなんていつも適当なんだから、聞き流してればいいのよ。言ったこと絶対覚えてないわよ、あいつ」

「ふっ、うん、そうだねえ」

「あら、笑えるんじゃない、普通に」


普通に笑うと普通に可愛い顔をする。少しサクラに似ている。

思いの外、その笑顔にフレアは鼓動が早まるのを感じた。


「え~ほんと?今のが普通?」

「少なくとも私にはそう見えたけど。……ねえ」


一拍置いてから、フレアは核心に触れた。



「ルークのこと、愛してるの?」



レインは目を丸くして固まり、「うーん?」と首を捻った。



「愛ってそりゃまた大層な…。別に普通だよ。ただ生きててくれれば、それでいいかなって思ってる。そういう人」

「それって結構大きな愛な気がするんだけど」

「ヒヒッ、…そうかな?愛とか……うーん、そういうんじゃないけど、恩人?それも何かねえ、しっくりこないんだよね」

「家族?」

「それも違う気がする。一応いろいろ教えて貰ったから師匠ってことだろうけど、それもしっくりこない。あの人先生ってガラじゃないし。よくわかんないけど、…うーん、そうだねえ、世界の全て、みたいな?」

「世界の全て」


予想だにしない言葉に、フレアは思わず目を丸くした。

レインは、うん、これかも、と一人納得している。


「私にとってあの人は世界の全てだった。あって当たり前で、ないなんて考えられない。愛してるなんて可笑しくて考えもしないけど、なくなったら目の前が真っ暗になる。役に立てたら嬉しい。何もできなかったら……ましてや裏切りなんてしたら、死にたくなる」

「だから、自分を差し出しても助けようとしたの?」

「うん、今でも思ってるよ。だってほら、ルーク様の今のあの入れ物は、結局いつ壊れるかわからないんだから。私の体と交換すれば、あの人はもう一度人生を始められる。――――言ったら殴られるだろうけどね」

「レインの人生よ。レインが、好きに生きるべきでしょ」

「そこがねえ……わかんないんだよね。ルーク様はほんとに楽しそうに生きるからさ、生きるのが楽しくて堪らない、みたいな。私にはそういうのよくわかんないんだよ。生きるのはしんどいし面倒だし、やりたいことも何もない。だったら、よっぽど人生楽しく過ごせる人にあげた方が、幸せじゃないかって思うんだよね」

「ふーん、それ、全然わかんない」


フレアは正直に首を捻った。

人生はそれなりに辛いことの連続だ。今までの人生、圧倒的に腹の立つことの方が多かったように思う。

けれど、だからと言って自分の人生を他の誰かに明け渡したいと思ったことは一度もない。



この小説の悪役令嬢だと判明した時から、フレアはこの世界で生き抜き、誰よりも幸せになると決めている。誰かの人生の踏み台になど、絶対にならないと。



めそめそ泣いて運命を悲観する暇があるなら、真っ向から立ち向かう。

運命を捻じ曲げ、叩き潰し、邪魔する者には容赦なく制裁を加える。



それがフレア・ローズ・イグニスという人間だ。



「わからないなら、教えてあげてもいいわよ」

「え?」

「美味しいお茶の淹れ方とか、お菓子の作り方とか、ダンスとか……ムカつく奴の叩きのめし方とか。一人じゃつまんなくても、二人だと楽しいかもしれないし。毎日地下室で引きこもってるからそんな発想が出てくるのよ。外に出て太陽浴びて体動かせば、そんなこと考えもしなくなるから」

「あははっ、やっぱりフレア様はルーク様の生まれ変わりだねえ」


レインは可笑しそうに噴きだした。

フレアは「やめてよそれ、あいつと同類は嫌」と唇を尖らせる。


「ほんとに嫌われてるねえ、ルーク様。ふふっ、フレア様とお話しするのはたのしーよ。ありがとね」


目が合う。青空のような瞳に、間抜けな顔の自分が映る。


何も始まらないかもしれないし、何かが始まるかもしれない。それはまだわからないけれど、以前よりレインが近くに感じるような気がするのは、多分気のせいではない。



見つめていると、レインが「おや」と木の下へ視線を向けた。



「あれって、イグニスの王子様じゃないの」

「え?」

「行っておいでよ、お姫様。君を探してるみたい――――――うわっ!?何ッ!?」



フレアは猿のような素早さで咄嗟にレインの背後の枝に飛び移り、小さくなった。葉っぱとレインの影でだいぶ見えづらくなったはずだ。完全に体を隠せている訳ではないが、うまくいけばバレずに済む。


あの日から随分経つが、未だまともに顔を合わせて話せていない。

誰に対しても強気なフレアが、今唯一逃げ回っている相手――――ルカ・ローズ・イグニスは、何も知らない顔で木の下まで来たが、レインと一言二言言葉を交わした後、フレアに気づくことなく、静かに去って行った。


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