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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
114/115

19 酒を呷る




――――――――――

――――――――――――――――



「おい、婚約者が浮気してるぞ、いいのか神様」

「煩い黙っていろ」


ダンスホールの二階に設えられた、半個室の観覧席。

二人はここで、実に千年ぶりに酒を飲み交わしていた。


フレアがクリスタと踊っているのを見て、ジークは不機嫌そうに酒を呷る。それを見て、ルークは心底愉快だと酒を呷った。


ジークが本当にフレアと結婚するつもりなのかはよくわからないが、この様子はそれなりに本気なのかもしれない。

十五、六の小娘にやきもきするとは、千年経っても相変わらず恋愛には疎いようだ。それがおかしくて堪らない。


恋愛相手が自分の生まれ変わりというのは正直複雑以外の何物でもないし、小説ならジークの相手はサクラのはずだが、まあ出来の悪い小説の内容通りに事が進むのも面白くないから、そこは深く考えないことにしよう。



「おっ、ばばあがバルコニーに出たな。あの仮面の男は誰だ?知ってる奴か?」

「シノノメ帝国のカイウスという皇太子だ。フレアに言い寄ってきた」

「はーん、怪しいねえ。シノノメなんざ昔からろくなことがねえ。しかしばばあのあの感じ、知り合いっぽいがなあ」

「また前世関係者か」

「かもな」


もし子どもの姿でなければ、こんなしみったれたところで男と酒なんて飲まず、歓楽街でナンパするか女を買っているのに。


「念のため聞くが、この体は成長するのか?」

「する訳ないだろ」

「チッ」


舌打ちすると、ジークは何か言いたげな、じとっとした目をルークに向けた。言いたいことがあるなら言えと促すと、彼はローズについて話し始めた。



「お前がいなくなった後、双子を出産した」



ルークは目を見開いた後、「そりゃおめでとさん」と口笛を吹いた。



「相手が気にならないのか?」

「別に?俺にゃ関係ねえからな」

「お前だろ」



沈黙が降りる。

ルークは口元に笑みを浮かべたまま、しかし信じがたいとジークを見た。



「俺の子だって根拠はあるのか」

「ローズははっきり言わなかったが、生まれた子がお前そっくりということはそういうことだろう。他にめぼしい奴もいなかったからな。お前こそ心当たりは」

「アカツキ離れる時に一回」

「…………」

「何だそのクズを見るような目は。いいか、一回きりだ。まじでその一回きりしかあいつとはしてない。あと一応これは許可を貰ったから浮気であって浮気じゃない」


ジークは深々とため息を吐いた。


「お前の奥方はローズの子を随分可愛がっていた。知っていたんだろうとは思っていたが、やれやれ…」

「タイミングすげえな俺。つまりあれか、イグニスの末裔には俺の血が流れてんのか、うわあ…」

「うわあ、じゃない。全く本当にお前はッ…!…はあ、お前を子供の姿にしておいてつくづくよかった。万が一ということもあるからな。特にお前の場合、何が起こるかわからん。本当に…。やりたいようにやり過ぎだぞ」



はいはいと流しながら、ルークはローズが双子の赤ん坊を腕に抱いているところを思い描いた。

あれが母親らしいことをしているところはまるで想像ができないが、愛情深い性格だったから、きっと存分に可愛がったことだろう。――悪くない気分だ。



家族を持ちたいと思ったことはない。

前世のほむらは渇望していたが、ルークにはそういうものへの執着はなかった。その割に大家族を築いてしまったのは、まあ嬉しい誤算というやつだろう。



昔は、刃向かうことすら知らない、気弱な子どもだった。

奴隷として生まれたのだから、虐げられるのは当然。

頑丈だったからそれなりに重宝されたが、結局実験体として、生きたまま心臓を切り刻まれ、その時に前世を思い出した。



「目が覚めたね。俺は俺の好きなように生きる。やりたいことをやってやりたいように死ぬ」

「それで、死期を悟って、結局アカツキのために戦って死んだのか。お前らしくない」

「うるせえな。人の死に方にケチつけんじゃねえよ。大体俺はアカツキのために戦ったんじゃねえ。カルマがムカつくからぶっ殺しただけだ」



「入りますよ!」



澄んだ声が掛けられたと同時に仕切りのカーテンが開けられ、サクラが顔を出した。その背後には嫌そうなレインの姿もある。

ルークは眉間に皺を寄せた。


「おいおい、近衛騎士サンは何してる?部外者は入れるなよ」

「僕が呼んだ」とジーク。

「余計なことしやがって」



自分の意志を持たないようなひ弱な奴は嫌いだ。

レインはもう少し骨のある奴だと思っていたが、まさか自分の体を差し出そうとするなど思いもしなかった。ルークが死んだ後にほどなくして亡くなったのも癪に障る。


大体、そこまでされる程深い信頼関係にあったかと言うと、そんなこともない。ルークはただ飲んだくれていただけだし、たまにレインに飯を作ってやることはあったが、その程度のことだ。

その程度で懐かれても困る。



「その面見せんなって言っただろ」

「私のお兄様に酷いこと言わないでください」



サクラが冷たい目でルークを睨み付ける。

ルークは肩を竦めた。


「俺はお前みたいな真面目な良い子ちゃんはタイプじゃねえ」

「奇遇ですね。私も貴方みたいな不真面目な堕落した男性はタイプじゃないです」

「なかなか言うようになったじゃねえか。どういう心境の変化だ?心桜はこんな刺々しい奴じゃなかっただろ」


サクラは僅かに睫毛を震わせ、視線を逸らした。


「ただ真っ当に生きようとしても、それだけでは誰も守れないのだと、二つの人生で学んだというだけです。用心に越したことはありませんから」

「その割に、赤毛のなんつったっけ…カイン?ってのにはすり寄ってんだろ」

「カノンさんです。仲良くさせてもらっているだけです」

「あいつ何かほむらに似てるよな」

「…………」

「図星か。わかりやすいねえ、お嬢様は」


殺気が立ち上っている。随分逞しくなったものだ、これくらい図太くないとなと笑いながら、ルークはふとダンスホールへ視線を移した。

信じがたいものが目に映る。



「うわ、最悪だな。義勝か」



バルコニーから戻って来たほむらが手を引いている相手は、今は仮面をつけていない。

露わになった顔は、間違いなく碓氷義勝、その人だった。

ジークがため息を吐く。


「また前世か」

「最悪中の最悪だぜ。なあ心桜」

「最悪とは思いませんが…」


サクラは目を見開き、きゅっと唇を噛んでいる。


「ほむらさんを釈放するために、手を尽くしているらしいとは聞きましたから…」

「頭の固いクソ野郎だな」

「何でそうなるんですか」


サクラは、ほむらが牢屋で言われた言葉を知らないのだろう。

手を尽くしたというのも嘘か真か怪しいところだが、頭の固いクソ野郎であることには変わりない。


教えてやってもよかったが、ほむらの怒りを買うのも面倒なので黙っていることにした。



「ただ、皇太子ということは立場ある身でしょう。今のほむらさんを幸せにしてくれるかと言うと不安が残りますね。二人がこうして再会したことは、まるで奇跡みたいで喜ばしいことですが…」

「ばばあの幸せなんて考えてる訳ねえだろ、あいつが」

「その、ばばあというのやめてください。ほむらさんはほむらさんですから」

「いいか、相手が悪い。魑魅魍魎渦巻く政治の世界でうまく渡り歩いて天寿を全うした奴だぞ。ほむらとは違う意味でヤバい奴だ。脳筋のばあさんじゃ相手にならねえよ。しかも昔好きだった奴ときた。ちょっと優しくされてほしい言葉を貰えばほれ、一発でイチコロだ。うまく言いくるめられて帝国に連れて行かれる、に全ベット」


現に、もう既にだいぶ絆されているように見える。

義勝と踊るほむらの表情は、まるで恋でもしているようではないか。



「…あの方は、それなりに思慮深い方のようにお見受けしましたが」



ずっと黙っていたレインが口を開いた。ルークは「ああ?」と彼を見上げる。



「ルーク様の命乞いをした際も、私の言葉に耳を傾けてくださった。折角若い頃の体を得たというのに、ルーク様のように堕落することなく、日々鍛錬をして鍛え、質素に慎ましく暮らしている。仮に帝国に行くことになったとて、ルーク様の考えているような、浅はかな理由で行動する方とは思いません」

「随分高く買ってんだな」

「ルーク様と真逆過ぎて信頼できます」

「てめえ、俺がいないと生きていけないんじゃなかったのか?」

「…………」

「ま、俺はお前のそういう気色悪いところ、嫌いだがな」


レインはぱちぱちと瞬き、気まずそうに視線を斜め下に落とした。

サクラは「お兄様を虐めるなら許しませんよ」と鬼のような顔になっている。なかなか迫力があって悪くない。


「ほむらさんを小馬鹿にしているのも腹が立ちます。お兄様、もう行きましょう!では!」


サクラに引っ張られ、レインは出て行った。

ホールではほむらがなぜか乱蔵と踊り始めている。踊り方がわからないのか、乱蔵はここからでもわかる程に戸惑い狼狽え、怒っている。酔ったほむらの悪ノリだろう。可哀想に。



やがて曲が終わり、今度はサクラがほむらにダンスを申し込んでいるのが見えた。



「……お前たちのことはよくわからないが、もう少しあのレインという男に情をかけてやってもいいんじゃないのか」



ぽつりと、ジークが零した。



「弟子、のようなものだったんだろう?お前が弟子を取るなどなかったことだ。治癒の特殊能力の件もあったのかもしれんが、それだけであそこまで面倒を見たとは、僕には思えない」

「はあ?いーんだよ。優しくしてどうする?俺はまたすぐ消えるかもしれねーんだぞ。あの馬鹿は、俺が死んだらまた人生に絶望して死ぬのか?…ハッ、くっだらねー。俺なんぞに生き死にを左右されてんじゃねーよ」


ルークは心底うんざりだと笑いながら、酒を呷った。



「自分のために生きて貰う。今度こそな」



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