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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束

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最終話 語らう



気持ちのよい朝だ。

ほむらが庭で素振りをしていると、「お邪魔するわよー」とフレアがひょこっと顔を出した。


「サクラと乱蔵は?」

「二人は寝ている。昨日は随分遊んだからね」

「おばあちゃんだって徹夜なんじゃないの。ほんと体力おばけなんだから」


そういうフレアもほぼ徹夜なのではないかと思うが。

無事に以前の女性の姿に戻れたらしい。やはりこの子はこの姿がぴったりだと、ほむらは微笑んだ。


彼女が男性の姿でいる時は代わりを務めてきたが、もうその必要もないだろう。



「お嬢さん、話があるんだ」




縁側に隣り合って座る。茶を飲みながら、庭の雑草を眺める。

お世辞にも良い景色とは言えないが、数日前はもっと酷かったことを考えると、随分快適になっただろう。持ち主不明のあばら家を見つけたのはフレアだった。

縁側はほむらの拘りである。庭に面した場所には絶対に欲しいと、元々何もないところに板をくっつけて作ったのだった。


アカツキ王国でのほむらとフレアの隠れ家であり、乱蔵とサクラもなぜかここで寝泊まりするようになり、フレアの代わりとして彼女の屋敷で過ごす以外、鍛錬する時にはこっそりこちらで過ごしていた。



ほむらは淡々と、シノノメ帝国に行こうと思っていると話した。フレアは黙って聞いていた。

広い世界を見てみたくなった、少しばかり旅をしてまたすぐに戻る、とほむらは語った。



「念のため、この体がジーク殿から離れても平気かどうかは、彼に確かめておいた。問題ないだろう、とのことだ」

「もうそんなところまで確認したの」



ジークに話をつけにいくと、『あいつの言う通りになった…』とぼやいていたのだけは少し気になった。

何の話か聞いたら、こちらの話だと教えて貰えなかったが、恐らくルークが何か変なことを言ったのだろう。


彼のことは全く、これっぽっちも信用していない。

まるで自分のだめなところをぎゅっと凝縮したかのような男だ。今は大人しくしているようだが、一体どんな馬鹿をしでかすかわからない。



「もしルークが何かやらかした時はすぐに私を呼びなさい。たとえ世界の裏側にいたって、すぐに駆けつけるよ」

「海走って山も飛び越えて来そうだもんね、お婆ちゃんって」

「ははっ、それはなかなか面白いが、実はジーク殿が取り計らって、魔道具とやらをくれてね。瞬間移動ができる代物だそうだ。これを」


ほむらはフレアに、金のブレスレットを渡した。

全く同じものを、ほむらは右手につけている。


「お嬢さんが願えば、私はすぐにお嬢さんの元に戻ってこられる。何かあったら、すぐに私を呼ぶんだよ」

「……ええ」


フレアは左手にそれをつけた。ほむらはその様子を見て、目を細めた。


「お揃いだな、お嬢さん」

「ええ、そうね……。こういうの、初めてだわ」


フレアはふわりと微笑んだ後、すぐに顔を強張らせた。


「ねえ、本当のことを教えて。シノノメ帝国に向かうのは、義勝と一緒に生きていきたいからじゃないの?」

「違うよ」

「でも、だって……。嘘言わないで。好きなんでしょ?」

「人としては尊敬している。けれど、義勝と一緒になるために帝国に行く訳じゃない。私は必ず帰って来るよ」

「……。本当?」

「ああ、本当さ。もしあんまり遅くて腹が立つ時は、容赦なくその魔道具を使ってくれ」


微笑むと、フレアは少し安心したように笑った。



フレアの母親のことは、ジークとも共有している。母親が襲われた可能性については、ジークも何か心当たりがあるようだった。

義勝の言葉の全てが真実であるかは、わからない。それなりに嘘も混じっているかもしれないが、母親の件を完全にもみ消す必要性は感じた。

あんな悍ましい噂の一欠片だって、フレアの耳には入れたくない。



フレアには、温かな世界で生きていてほしい。



公爵が実の父親でなかったと知った時の、フレアの絶望を知っているからこそ、強くそう思う。

何としても彼女の世界を守りたい。

何もできなかったあの頃と違って、今は肉体を得たのだから。


「土産は何がいい?茶か、菓子か」

「両方」

「ははっ、そうだな、両方がいい。帰って来たら、この屋敷でまた茶を飲もう。約束だ」


フレアは、チラリと背後に視線を向けた。


「乱蔵とサクラは?何も言わずに行くの?」

「ああ」

「酷いわね。旅行なら連れて行けばいいじゃない。あの二人、お婆ちゃんがいなくなっちゃったら発狂するわよ」

「ははは、大袈裟だな、お嬢さん」

「全然大袈裟じゃないんだけど…」


ただの旅行なら、確かに連れて行ったかもしれない。

だが今回のシノノメ行きは、危険なことに巻き込まれる可能性が非常に高い。


もし万が一二人に何かあったら。

想像するだけで気が狂いそうになる。


しばらくの沈黙の後、フレアは意を決したように口を開いた。


「連れて行きなさい」

「ん?」

「あの二人を連れて行きなさい。これは命令よ、お婆ちゃん。二人の意向を聞いてあげて。一緒に行きたいって言ったら、絶対に連れて行くのよ」


真っ直ぐなフレアの目に射貫かれ、ほむらはたじろいだ。


「いや、しかし……」

「しかしじゃない。あのね、お婆ちゃんのことは私が一番よくわかっているの。独りぼっちがだめな人間なんだから、一人で行くなんてやめて。私は義勝のこと信用してない。あいつが傍にいるって聞いてもちっとも安心できない。だから、私の為を思うなら、あの二人は連れて行って。わかった?」

「……うーむ」


困っていると、フレアがすっくと立ち上がった。


「ジークに、瞬間移動の魔道具をもう二つ貰うわよ」

「え?」

「それを二人に渡しとけば何かあっても何とかなるわよ。それなら安心でしょ?第一、お婆ちゃんの近くがこの世で一番安全な場所なのに何をそんなに怖がっているのかわからないわ!」

「いや、それは、うーん…」

「とにかく行くわよ!ほら!」


フレアはこうしちゃいられないとほむらの手を掴み、「待て!このまま外に出たらまずい!顔!顔が一緒!お嬢さん!」と慌てるほむらを引っ張って外に出た。


「見られたら大変だぞ!早朝とは言え――――」

「適当に誤魔化したらいいのよそんなもの!大雑把人間のくせに何細かいこと気にしてるの!!さあ!走って!お婆ちゃんなら私の足についてこられるわよね!?」


言い終わらない内にフレアが全力で走り始める。


その背後で、ほむらは目を見開いた。

朝日を受け、フレアの髪がきらきらと黄金色に輝いている。



こんなに眩しく美しく輝くものを、ほむらは初めて見た気がした。

それはずっと好きになれなかった金髪を、初めて尊いものに感じられた瞬間でもあった。



強引で、力強くて、ほっそりとたおやかな手。

その手を、ほむらはしっかりと握り返した。



「……ははっ、お嬢さんには、敵わんなあ」









――――――――――

――――――――――――――――――――




その後、ほむらはアカツキ王国を旅立った。乱蔵と、サクラと共に。



フレアはこっそりと彼らを見送った後、帰路についた。

もっと寂しくなるかと思ったが、案外涙は出ない。必ず帰って来ると、わかっているからかもしれない。

信用すると決めた。待つと決めた。これは最後の別れなんかじゃない。だから、絶対に大丈夫。



門を潜ると、何やら騒がしい。



「あ、フレア様!」



フレアを見て、カノンが慌てた様子で駆けてくる。



「どうかしたの?誰か来てる?」

「えーと、それがその…なんつーか、よくわかんないこと言ってて……」

「?」


そこにルベルとシリウスもやってくる。


「フレア様、変質者が出ました。部屋に避難してください」

「うん、ほんと、ほんとそれがいい!ほんとに何言ってるかわかんないから!」


フレアはますます首を傾げた。

ヤバいのと言えば代表格はイグニス公爵だが、それならそうと言うはずだ。この慌てようは説明がつかない。どういうことかもう少し具体的に聞き出そうとした時、庭の方からどすどすと誰かが駆けてくる音と悲鳴のような声が合わさって聞こえた。



「ああああああああ!!貴方こそは、悪役令嬢の、フレア・ローズ・イグニス様ですね!?」

「はあ?」



杏色のドレスに身を包んだ背の低い黒髪の少女。見覚えはない。

一方、少女はフレアの顔を見て、「あれ?」と首を傾げ、それからハッとしたように顔を強張らせた。



「ももももも、もしかしてぇ――――――!!」

「フレア様に近づくな。一旦屋敷を出るんだ、ほら」



ルベルが少女の腕を掴み、むりやり外に押し出そうとする。

少女は「待って!!まままま待ってくだしゃい待ってって!これには深い訳がありましてぇ――!」と呂律の回らない舌で何かを必死に訴えようとしている。


フレアはため息を吐いた。


「確かに変質者ね。さっさと警備兵に突き出して。なんで入れたのよこんなちんちくりん」

「はあっ!まさに!まさにフレア様!さすが悪役令嬢の貫禄がおありで――――!!」と少女。

「だから何よそれは――――――……ん?」


見覚えはない顔だと思ったが、どこかで見たことがあるような気がしないでもない。

フレアはじっと少女の顔を睨み付けた。少女は怯え、縮み上がっている。


「フレア様、まさかお知り合いですか?アンネと言うそうですが……」


ルベルの問いに、フレアは首を横に振った。


「いえ、そうかもと思ったけど違うわ。知り合いじゃない」

「知り合いです!!!ちょっと、ちょっとだけですけど昔話したことがあります!」

「私はないわ。つまみ出して」

「待ってください!これは!これはこの国の存亡並びにフレア様の存亡も決めることでしてぇ!!」


やれやれ、庭で茶でも飲もうと歩き始めたフレアの背後で、聞き捨てならない単語が飛び出した。







「ア、アカツキに咲く花!!!!」







「……何ですって?」




フレアはぴたりと立ち止まった。

しばし逡巡した後、アンネの真正面へと回り込む。


『アカツキに咲く花』――――それは、フレアにとって因縁とも呼べる小説のタイトル。

この世界そのものを指す単語であり、フレア以外に知っている者などいない、はずだった。



「わ、私、杏です!今はアンネですけど、昔は杏って言いました!神戸の!女給です!アカツキに咲く花というのは私が書いた小説で、ええっと、フレア様、いえ!お婆ちゃんとは少し話しをしたことが――――――」

「それ以上喋らないで」


フレアはじっとその少女の顔を見て、それから深々と息を吐いた。

確かに、そうだ。間違いない。



喫茶店の若い女給。『アカツキに咲く花』の原作者。この世界の真の創造主。

記憶の隅っこで、いつもおどおどしてドジばかりしていた受給の姿が、目の前の少女と重なった。



フレアは「二人きりにして」と頼んだ。ルベルたちは終始心配そうな顔で「何かあったらすぐに呼んで下さい」と言って、すごすごと屋敷に戻っていった。

心配症だなとは思うが、こんなに心配されるのも悪い気はしない。大事にされている、という感じがする。多少は主人に対する尊敬のようなものを抱いてくれるようになったのかもしれない。


皆がいなくなった後、アンネは飛びつかんばかりの勢いでフレアに近づいた。


「記憶があるんですね!?お婆ちゃん!」

「そう呼ばないで。フレア様と呼びなさい」

「あ、ごめんなさい!」

「小説読んだわよ」

「えええええええ!?ほんとですか!?うわっ、本当に読んでくれたんですね!?お婆ちゃん信じてました!!!あああああああああ嬉しいですううう!!私読者様にお会いするのって初めてで、だってずっとちまちま一人で書いてきたのでまさかお婆ちゃんが約束通り読んでくれたなんてまるで天にも昇るような心地で――――」

「わかったから一回落ち着いて!全く……。庭に来なさい。お茶を淹れるから」

「いいんですか!?」

「こんなところで立ち話もね。声は落としなさいよ。その声の大きさじゃ屋敷中に話が丸聞こえじゃない」

「はいっ!気をつけます!」


アンネは口元に手を当てた後、「本当にびっくりしました。小説の世界とここは違うみたいで。公爵様も生きているしルカ様もお元気そうですし。それってお婆ちゃん…ごほんっ、フレア様のおかげだったんですね!」とぼそぼそ続ける。


「でも、まだ今後の展開を考えるとですね、フレア様には気をつけていただきたいことと言うか、ご協力いただきたいことがありまして……」

「なかなか度胸があるわね、それで私のところまで来るなんて」

「えへへ」

「正直展開なんてほとんど忘れてたから、ありがたいわ。何と言っても原作者だものね」

「忘れたんですか…」

「大昔のことだから仕方ないでしょ。でも覚えてるところもあるわよ、私が首を斬られるところとか」

「ああっ!ごめんなさい!」


フレアは小さく吹き出した。


「まずは、状況整理ね。小説の世界だって気づいた時のことから話してあげる」

「えっ、これまでのこと、全部話していただけるんですか!?」

「当然でしょ。じゃないと小説とどこが違うのかわからないし、今後の展開についても多少違ってくるかもしれない。それはもう話すことが山ほどあるんだから、覚悟してなさい」


アンネはぱぁっと目を輝かせて、こくこくと頷いた。


ついでにあの小説のダメ出しもたっっぷりしてあげるとしよう。

フレアは黒い笑みを浮かべながら、新しいお茶友達の手を引いた。


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