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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束

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112/117

17 再会する



美しい少年少女が踊っている。

うっとりとため息がもれる程に見事で、その一瞬一瞬が絵になった。なんと微笑ましいことか。



フレア・ローズ・イグニス―――もとい、ほむらはその様子を見て安心した。



フレアから、自分の代わりにパーティーに出席してほしいと言われた時はどうしようかと思ったが、取りあえず女王陛下もうまく騙せたようだし――彼女は二人のダンスを見て目を潤ませている――アクア家とイグニス家の仲も多少は改善しただろう。

思いの外準備に時間がかかってしまったが、間に合ったからよしとする。


それにしても美しい二人だ。微笑み合い、時々何か顔を近づけて囁き合っている。

あの仲睦まじい様子、どう見ても恋人だ。


そう、どう見ても恋人…


(大丈夫だろうか。お嬢さん、なかなかすごいことを言っていたような気がするが…。あれはほとんど愛の告白ではないのか?アクアのお嬢さんはどう見ても…。いや、私の心配のし過ぎか?今時の若者のことはわからんからなあ…)



ううむと唸っていると、声を掛けられた。



「フレア様」



何度聞いても、懐かしさを感じる声だ。

ほむらは小さく呼吸を整えた後、声のした方へ顔を向けた。


男は、不気味な仮面で顔の上半分を隠している。



「カイウス様」



ほむらは静かに微笑んだ。



「貴方もこのパーティーに参加されていたのですね」

「ええ。体調はいかがですか?しばらく休養されていたと伺っていますが」

「おかげさまで、随分良くなりました。ご心配をおかけしましたね。見舞いの品を、送ってくれていたと聞いて…ええ、本当に感謝しています」



カイウス・ファートゥム。シノノメ帝国の皇太子。

何を考えているかわからない男。


恐らく今回フレアに接近しているのも、何らかの思惑があってのことだろう。


例えばフレアの発火能力。それを狙って、帝国に取り込もうと考えていても不思議ではない。

温かい家庭を築き、ただ幸せになることを願うフレアとは、根本的に相容れない部分がある。



「良くなったのでしたら、これほど幸いなことはありません。イグニス公爵閣下は、どうも気性の激しいところがあるようですから、何かあったのではないかと――」

「何もございません。気性の激しさについては否定しませんが。それより、どなたかとダンスでもしてこられてはどうですか?貴方に話しかけたいと伺っているご令嬢がいますよ、ほら」

「踊るなら、貴方とがいい」


迷いのない言葉。若い頃なら、その言葉を疑いなく信じたかもしれない。

だが、そういうものを素直に信じる若い頃は、もうとっくの昔に過ぎ去った。


ほむらは差し出された手を取らなかった。



「貴方には、貴方の運命の相手がいる。それは私ではないと思います」



仮面の奥の目が、僅かに動揺したのを感じた。

そのままその場を離れようとして、カイウスに腕を掴まれる。この男らしくない、少々乱暴な所作だった。


思わず殺気立つほむらに臆することなく、カイウスは声を顰めた。


「単刀直入に言う。力を貸して欲しい」

「断る」

「戦争を回避するために帝国に来て欲しい」


ほむらは思わず固まった。戦争――――あまりに物騒な単語だ。


躊躇したが、話だけは聞くべきかもしれないと判断し、カイウスを連れバルコニーに出る。

広いバルコニーは、他に誰もいない。



「シノノメ帝国で良くない噂が流れている。イザベラ・サピエンティア。イグニス公女の、母君に関することだ」



カイウスはより声を落とし、ほむらの様子を窺うような素振りを見せた。

ほむらはダンスホールへ視線を向けた後、続けるよう促した。



「イグニス公女の父親は別にいる」

「…………それで?」

「名乗り出た者がいる。帝国に流れ着いたアカツキの者で、強盗殺人を働いて捕まった。かつてイグニス家で仕えていたそうだ。処刑されるのを恐れてか、自分は公女の父親だと騒ぎ始めた。当初は誰も相手にしなかった。聖騎士の父親であるはずがない。そもそもこんな男を、かつて帝国の華と歌われたイザベラ・サピエンティアが相手にする訳がない。だが…」

「だが?」


カイウスは言葉を切り、しばらく黙り込んだ。

やがて小さく息を吐いて、続けた。



「母君は、襲われた可能性がある。その男は恐らく、見たんだろう」



あまりのことに、ほむらは言葉を失った。

フレアが公爵の子でないことは知っていたが、それが襲われた結果など、誰が想像するだろう。

真実がどうかはまだわからないが、フレア本人は決して知るべきではない話だ。



「イグニス家が隠蔽した可能性は大きい。公爵が関わっているなら、サピエンティア家の怒りは尤もだ」

「それで戦争を仕掛けるつもりだと?それだけじゃないんだろう?」


ほむらは敬語も忘れて質問を重ねた。カイウスは重々しく頷く。


「母君の資産は、その全てを実質的にイグニス公爵が相続した。いくつもの鉱山や農園、商会があったが、公爵はそこで働いていた帝国の人間を全員解雇し、イグニス家の者を派遣した。当然そんなことをすれば恨みは買うし、杜撰な管理で荒れてしまった土地もある」

「復讐ではなく、遺産を取り戻すのが本当の目的か」


フレアの母親の件は戦争を起こすための口実に過ぎない。彼女の遺産を取り戻し、多額の賠償金もふんだくって帝国を潤すのが本当の目的という訳だ。


ほむらはため息を吐いた。



「俺としては、戦争は回避したいと考えている」



だから手始めに、フレアに熱烈なアプローチをしたのか。

結婚が実質的に破綻していれば、娘にのみ相続が認められる可能性がある。娘を引き入れ、遺産は不当に奪われたと裁判なり何なりで主張し、取り戻す。

フレアとカイウスが結婚すればその遺産は実質的に帝国のものになる。イザベラの娘を取り戻したという点で、サピエンティア家に貸しも作れるだろう。



(やれやれ…)



何かしらあるとわかっていたことではあるが、花束を贈られてあんなに純粋に舞い上がっていたフレアのことを思うと、さすがに腹は立つ。



「それで、私が帝国に行って、お前と結婚でもしてイグニス家と遺産相続について裁判を起こすのか?結局うまくいかずに泥沼化しそうだが――」

「結婚はしなくていい。まずはサピエンティア侯爵家に協力を仰ぐ。侯爵は母君の実の兄だ。彼は遺産より姪であるイグニス公女のことを気に掛けている。公女の頼みなら聞くだろう」

「頼み?」

「母君の土地をいくらか買い戻してもらう」


ほむらはしばし言葉を失った。


「そんなに裕福なのか?」

「そんなに裕福だ。ただ金は出せてもイグニス公爵との交渉は不可能だろう。そこはこちらでやる。公爵に母君の件で揺さぶりをかければすぐにボロを出すはずだ。あちらとしても大事にしたくない件だろう。後は、全てがデマだったと民衆に信じ込ませる。母君の噂はもみ消す。誰にとっても、その方がいい」


果たしてイグニス公爵がイザベラ・サピエンティアの件を知らなかったのか、ほむらにはわかりかねた。

だが、いずれにせよ大事にしたくない件であることは間違いないだろう。


「お前、私に手の内を明かしすぎじゃないか?」

「そうした方がいいと、判断した。貴方には」



カイウスと視線が合う。

その目は、何かを探ろうとしている。戦争の件よりも、こちらの方が重要だとでも言うように。



「貴方は、誰だ?イグニス公女のように見えるが、何かが違う。姿形も、魂も、何もかも似ているのに。俺が会ったあの人は、どちらかと言えば今アクア公女と踊っている、あのルークという青年じゃないかと思うが、違うか?」

「…………」

「彼に話しを通した方がいいなら――――」

「それはやめろ。あの子にこんな話をするんじゃない」


生まれ変わりというのは、なんと面倒なことだろうか。

ほむらは何度目かのため息を吐いた。


「事情はわかった。現時点では判断しかねるので持ち帰らせて貰う。お前の言葉のどれが真実でどれが偽りかがわからない」

「明日の朝、使いを送る」

「早いな」

「早い方がいいだろう。それまでに決めてくれ」


ほむらは苛々とカイウスを見上げた。


「私ならば容易く丸め込めると思っているだろう、お前」

「思っていない」

「いいや思っているね、お前はそういうところがある。賢いからって何でも思い通りになると思うなよ」

「だから思っていないと言っている。お前こそ昔から悪知恵はよく働く方だ」

「お前、俺のことをそんな風に思っていたのか」

「言わせたようなものだろう、今のは」


彼にしては柔らかい声音だった。どこか面白がっているような、やれやれと呆れているような。


不意に、彼が今どんな顔をしているのか気になった。

仮面が邪魔だ。見られてばかりでこちらからは素顔が見えないというのは、何というか対等ではない感じがする。

手を伸ばし、仮面に触れる。


カイウスは動かなかった。

仮面が外れる。


現れた顔を見て、懐かしさにほむらは目を細めた。記憶の中と違わない、頑固そうな、意志の強そうな顔をしている。

見つめていると、彼の唇がかつての国の言葉を紡いだ。




『久しいな、ほむら』



ほむらもまた、それに応えた。



『お前は変わらんな、義勝』




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