15 一緒に生きていく
記憶の映像が消え、辺りが暗くなる。
ここはどこだろう?
サクラや、ジークの姿もいつの間にかなくなっている。
ふらふらと歩いていると、小さな男の子が膝を抱えて泣いているのを見つけた。青い髪、痩せて青白い頬。まさか、と思って近づくと、弾かれたように顔を上げた。
何か言おうとした。もう大丈夫だとか、早く目を覚ましてほしい、とか。
けれど、レインの目は相変わらず暗く澱んだままだった。
『貴方は、ルーク様じゃない』
――――フレアは目を覚ました。
長い長い、記憶の旅を終えた。辺りを見ると、サクラとジークは既に目覚めている。
レインは、まだベッドで眠ったままだ。奇跡を期待してじっと見つめたが、彼が目覚める様子はない。
サクラは涙を浮かべて呆然としており、ジークは椅子に座り込んだまま、何か考え込んでいる。フレアは、意を決して彼に話しかけた。
「ルークは、私の中にいるの?」
「…………恐らく」
「だったら」
やるべき事は、一つ。
それが可能かはわからない。わからないけれど、試して見る価値ならあるはずだ。
「ルークに会いに行こう」
フレアであることがバレても、それでもよかった。
このまま終わりなんてあまりに寝覚めが悪い。叩き起こして張り倒す。
散々助けてくれたくせに、何を暢気に寝ているのだと。
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もう1人の人格に会いに行く。それは、記憶を見るのとはまた違う体験だった。
フレアはベッドに寝かされ、ジークの力により意識を失った。
次に見えた世界は、真っ暗な世界だった。身体の感じと声から、女性の姿に戻っているのがわかった。
立ち上がる。足下は見えない。一歩進んだ先が奈落の底だとしても、フレアにはわからない。ただ、怖がっている暇はなかった。
一歩進む。途端、ぽつぽつと灯りがともり、フレアの行く先を照らした。
ただ無心で、フレアは歩き続けた。レインの記憶の中に潜った時と違い、ジークとサクラはいなかった。
やがて随分経ってから、檻が見えた。なぜか見覚えがある。幼い頃に閉じ込められたイグニスの檻とは違う。
もっと古くて澱んでいて、血の臭いがこびり付いている。
檻の扉が開いていた。中を覗くと、血だらけの女性が一人、足を抱えて座り込んでいる。
だらんと長い髪は銀色で、片目には大きな傷があった。頬も手足も、乾いた血で汚れている。
「ねえ、あんた罪人なの?」
尋ねると、彼女はびくりと身体を震わせた後、こちらを見上げた。
光を失った目が、じっとフレアを見つめる。何の感情も感じられない、空虚な目だった。
手を差し出したが、彼女はぴくりとも動かない。フレアは苛立った。
「何してるの。さっさと出るわよ、こんなところ」
「できない」
「何で?看守はいない。私とあんたしかいないの。だから……ああもうッ、ぐだぐだしてないでさっさと動いて!動けないなら私が連れて行く。あんた、ルークって知ってる?女好きでだらしなくて性格最悪のクソみたいな奴なんだけど」
小さく首を横に振る彼女を、フレアはえいやっと背負った。信じられないほど軽い。
彼女はさすがに動揺したようだった。下りようと藻掻くが、怪力でそれを封じる。
下ろして、あの場所に置き去りにしてほしいと願う彼女に、フレアは「馬鹿じゃないの!?」と声を荒げた。
「あんな腐った場所にいつまでもいたら心まで腐るわよ!!あんたそれでいいわけ!?」
「俺は…だって…罪人、だから…」
「だから何!?看守はもういないのよ!罪人だろうと何だろうとどうでもいいけど、私と同じ顔でいつまでもうじうじしないでくれる!?あんたは、生きるんでしょ。ずっと、この先も、これから先も生きなきゃいけないの!!わかったら、黙って私に担がれてなさい!!!」
息を飲む気配がした。彼女は幼い子どものように、ぎゅっとフレアに抱きついて、黙りこくった。
フレアも黙ったまま、しばらく歩いた。じんわりと、彼女の体温が背中から伝わってくる。
そう、生きている。彼女は生きているのだ。フレアの中で。
熱い体温と共に、彼女の感情が伝わってきた。雨水のように、静かに、じんわりとフレアの心に染みこみ、優しく溶けていく。
大切な人たち。大切な記憶。大切な気持ち。
処刑場で、雷に打たれたかのような衝撃と共に一挙に思い出した、壮絶な過去。
一度は手放したはずのものだ。それが今度は温かい、懐かしいものとして蘇っていく。大嫌いな過去だと思っていた。思い出したところで辛いだけのものだと。
けれど、それだけではなかったのだと、今は思える。
全部全部、背負って生きていけばいい。ほむらを背負うなど、大したことではない。
もう二度と忘れない。こんな檻の中に置いてけぼりにはしない。
一緒に生きていこう。この命が尽きるまで、一緒に。
やがて、暗闇にぽっかりと浮かぶ、小さな扉に行き着いた。
声が聞こえる。扉を開けると、金髪の男が一人、椅子に腰掛け酒を呷り煙草を燻らせていた。
ルークだ。間違いない。
随分飲んだのか、あちこちに酒瓶が転がっている。
「お?誰?」
こちらを振り返り、ほむらとフレアを交互に見る。
「色気のねえガキ共だな。帰れ」
次の瞬間、フレアの炎がルークを包んだ。
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数日が経った。うまくいくかはわからなかったが、ジークはさすがこの国の創造神と言うところだろう。
復活したカルマが作った土人形よりよほど素晴らしいものを、僅か数日で創ってしまったのだから。
あの日起きたことを、ジークは再現した。
フレアの中から二つの魂を引き出し、人形の中に入れる。あの時と違うことは、ジークの作った人形はすでに精巧にほむらとルーク、それぞれの形を再現していたという点だった。
結果、ほむらは若い頃の姿に。
ルークは幼い子どもの姿で復活した。
目覚めるなり、ルークは自分の姿を見て発狂寸前だった。
「おいふざけんなクソジーク!!!てめえなんで俺がこんなガキの姿なんだよ!?」
「去勢しなかっただけ感謝しろ!また手当たり次第子どもを作られたら堪ったものじゃないからな、その姿なら誰にも相手にされないだろう」
「お前馬鹿かこんな土の体で子どもなんて出来る訳ないだろが!!!嫌がらせかクソッ、お前まさか大昔のことまだ根にもってんのか!?面倒くせえ奴だぜ全く」
「それが苦労して生き返らせてやった恩人への言葉か!?お前がろくに説明せずに消えた所為でどれだけ大変だったか――――!!」
「てめえが女ならと考えたことはあったがやっぱなしだな。こんな女々しい奴はお断りだ」
「僕だってお断りだふざけるな!!」
千年ぶりに再会したジークとルークはお互い言いたい放題であった。ただ、何を考えているかわからない、不気味にすら感じられたジークが、ルークの前ではただの青年に戻ったかのようだった。
「…ばばあか」
「うむ、心配をかけたな、乱蔵」
「ったく、てめえは、いつもいつも……」
乱蔵の目が潤んでいるように見えるのは、気のせいではないだろう。
サクラの方は、感動のあまり言葉も出ないようだった。フレアにはツンとした態度だったが、それはほむらを求めすぎるが故の反動だったのかもしれない。
二人は無言で見つめ合った後、熱い抱擁を交わした。
フレアは満足した。
これでよかったのだと、思えた。
その後、面倒臭がるルークをむりやりレインの意識の中に落として、数分。
何があったかはわからないが、驚くほどあっさりと、レインは目を覚ました。恐らくルークにむりやり引きずり出された、といったところだろうか。
サクラに泣きつかれ困惑している彼を見ながら、やはりこれでよかったのだろうと思った。
青蓮の王子であることを、確認はしなかった。それはもう明らかなことで、わざわざ確認を取る必要もない。
ただ、彼が今世で幸せになれれば、それで良いのだと思った。
「で、お前はいつ元の姿に戻るんだ?」
乱蔵に尋ねられ、フレアは「タイミングは決めてる」と返した。
乱蔵とジークが協力したことで、解呪の魔道具が完成したのだ。フレアはいつでも、元の女性の姿に戻ることができる。
チャンスは一回だけ。一度元の姿に戻れば、当然ながら二度と男性の姿には戻れない。




