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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
110/115

15 一緒に生きていく



記憶の映像が消え、辺りが暗くなる。



ここはどこだろう?

サクラや、ジークの姿もいつの間にかなくなっている。



ふらふらと歩いていると、小さな男の子が膝を抱えて泣いているのを見つけた。青い髪、痩せて青白い頬。まさか、と思って近づくと、弾かれたように顔を上げた。


何か言おうとした。もう大丈夫だとか、早く目を覚ましてほしい、とか。

けれど、レインの目は相変わらず暗く澱んだままだった。






『貴方は、ルーク様じゃない』






――――フレアは目を覚ました。

長い長い、記憶の旅を終えた。辺りを見ると、サクラとジークは既に目覚めている。


レインは、まだベッドで眠ったままだ。奇跡を期待してじっと見つめたが、彼が目覚める様子はない。

サクラは涙を浮かべて呆然としており、ジークは椅子に座り込んだまま、何か考え込んでいる。フレアは、意を決して彼に話しかけた。



「ルークは、私の中にいるの?」

「…………恐らく」

「だったら」



やるべき事は、一つ。

それが可能かはわからない。わからないけれど、試して見る価値ならあるはずだ。



「ルークに会いに行こう」



フレアであることがバレても、それでもよかった。

このまま終わりなんてあまりに寝覚めが悪い。叩き起こして張り倒す。



散々助けてくれたくせに、何を暢気に寝ているのだと。






――――――――

――――――――――――――――



もう1人の人格に会いに行く。それは、記憶を見るのとはまた違う体験だった。


フレアはベッドに寝かされ、ジークの力により意識を失った。


次に見えた世界は、真っ暗な世界だった。身体の感じと声から、女性の姿に戻っているのがわかった。

立ち上がる。足下は見えない。一歩進んだ先が奈落の底だとしても、フレアにはわからない。ただ、怖がっている暇はなかった。


一歩進む。途端、ぽつぽつと灯りがともり、フレアの行く先を照らした。

ただ無心で、フレアは歩き続けた。レインの記憶の中に潜った時と違い、ジークとサクラはいなかった。



やがて随分経ってから、檻が見えた。なぜか見覚えがある。幼い頃に閉じ込められたイグニスの檻とは違う。

もっと古くて澱んでいて、血の臭いがこびり付いている。


檻の扉が開いていた。中を覗くと、血だらけの女性が一人、足を抱えて座り込んでいる。

だらんと長い髪は銀色で、片目には大きな傷があった。頬も手足も、乾いた血で汚れている。



「ねえ、あんた罪人なの?」



尋ねると、彼女はびくりと身体を震わせた後、こちらを見上げた。

光を失った目が、じっとフレアを見つめる。何の感情も感じられない、空虚な目だった。

手を差し出したが、彼女はぴくりとも動かない。フレアは苛立った。


「何してるの。さっさと出るわよ、こんなところ」

「できない」

「何で?看守はいない。私とあんたしかいないの。だから……ああもうッ、ぐだぐだしてないでさっさと動いて!動けないなら私が連れて行く。あんた、ルークって知ってる?女好きでだらしなくて性格最悪のクソみたいな奴なんだけど」


小さく首を横に振る彼女を、フレアはえいやっと背負った。信じられないほど軽い。


彼女はさすがに動揺したようだった。下りようと藻掻くが、怪力でそれを封じる。

下ろして、あの場所に置き去りにしてほしいと願う彼女に、フレアは「馬鹿じゃないの!?」と声を荒げた。


「あんな腐った場所にいつまでもいたら心まで腐るわよ!!あんたそれでいいわけ!?」

「俺は…だって…罪人、だから…」

「だから何!?看守はもういないのよ!罪人だろうと何だろうとどうでもいいけど、私と同じ顔でいつまでもうじうじしないでくれる!?あんたは、生きるんでしょ。ずっと、この先も、これから先も生きなきゃいけないの!!わかったら、黙って私に担がれてなさい!!!」


息を飲む気配がした。彼女は幼い子どものように、ぎゅっとフレアに抱きついて、黙りこくった。

フレアも黙ったまま、しばらく歩いた。じんわりと、彼女の体温が背中から伝わってくる。


そう、生きている。彼女は生きているのだ。フレアの中で。

熱い体温と共に、彼女の感情が伝わってきた。雨水のように、静かに、じんわりとフレアの心に染みこみ、優しく溶けていく。



大切な人たち。大切な記憶。大切な気持ち。



処刑場で、雷に打たれたかのような衝撃と共に一挙に思い出した、壮絶な過去。

一度は手放したはずのものだ。それが今度は温かい、懐かしいものとして蘇っていく。大嫌いな過去だと思っていた。思い出したところで辛いだけのものだと。

けれど、それだけではなかったのだと、今は思える。



全部全部、背負って生きていけばいい。ほむらを背負うなど、大したことではない。

もう二度と忘れない。こんな檻の中に置いてけぼりにはしない。





一緒に生きていこう。この命が尽きるまで、一緒に。






やがて、暗闇にぽっかりと浮かぶ、小さな扉に行き着いた。

声が聞こえる。扉を開けると、金髪の男が一人、椅子に腰掛け酒を呷り煙草を燻らせていた。


ルークだ。間違いない。

随分飲んだのか、あちこちに酒瓶が転がっている。


「お?誰?」


こちらを振り返り、ほむらとフレアを交互に見る。


「色気のねえガキ共だな。帰れ」


次の瞬間、フレアの炎がルークを包んだ。





――――――――

――――――――――――――――――




数日が経った。うまくいくかはわからなかったが、ジークはさすがこの国の創造神と言うところだろう。

復活したカルマが作った土人形よりよほど素晴らしいものを、僅か数日で創ってしまったのだから。



あの日起きたことを、ジークは再現した。


フレアの中から二つの魂を引き出し、人形の中に入れる。あの時と違うことは、ジークの作った人形はすでに精巧にほむらとルーク、それぞれの形を再現していたという点だった。



結果、ほむらは若い頃の姿に。

ルークは幼い子どもの姿で復活した。


目覚めるなり、ルークは自分の姿を見て発狂寸前だった。


「おいふざけんなクソジーク!!!てめえなんで俺がこんなガキの姿なんだよ!?」

「去勢しなかっただけ感謝しろ!また手当たり次第子どもを作られたら堪ったものじゃないからな、その姿なら誰にも相手にされないだろう」

「お前馬鹿かこんな土の体で子どもなんて出来る訳ないだろが!!!嫌がらせかクソッ、お前まさか大昔のことまだ根にもってんのか!?面倒くせえ奴だぜ全く」

「それが苦労して生き返らせてやった恩人への言葉か!?お前がろくに説明せずに消えた所為でどれだけ大変だったか――――!!」

「てめえが女ならと考えたことはあったがやっぱなしだな。こんな女々しい奴はお断りだ」

「僕だってお断りだふざけるな!!」


千年ぶりに再会したジークとルークはお互い言いたい放題であった。ただ、何を考えているかわからない、不気味にすら感じられたジークが、ルークの前ではただの青年に戻ったかのようだった。




「…ばばあか」

「うむ、心配をかけたな、乱蔵」

「ったく、てめえは、いつもいつも……」


乱蔵の目が潤んでいるように見えるのは、気のせいではないだろう。


サクラの方は、感動のあまり言葉も出ないようだった。フレアにはツンとした態度だったが、それはほむらを求めすぎるが故の反動だったのかもしれない。

二人は無言で見つめ合った後、熱い抱擁を交わした。


フレアは満足した。

これでよかったのだと、思えた。



その後、面倒臭がるルークをむりやりレインの意識の中に落として、数分。

何があったかはわからないが、驚くほどあっさりと、レインは目を覚ました。恐らくルークにむりやり引きずり出された、といったところだろうか。


サクラに泣きつかれ困惑している彼を見ながら、やはりこれでよかったのだろうと思った。


青蓮の王子であることを、確認はしなかった。それはもう明らかなことで、わざわざ確認を取る必要もない。


ただ、彼が今世で幸せになれれば、それで良いのだと思った。





「で、お前はいつ元の姿に戻るんだ?」


乱蔵に尋ねられ、フレアは「タイミングは決めてる」と返した。


乱蔵とジークが協力したことで、解呪の魔道具が完成したのだ。フレアはいつでも、元の女性の姿に戻ることができる。

チャンスは一回だけ。一度元の姿に戻れば、当然ながら二度と男性の姿には戻れない。


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