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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
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14 記憶を旅する



レインの病室に辿りついたフレア、ジーク、サクラは、3人でベッドの周りをぐるりと囲む形で座った。

エイトとルベルは、また護衛として扉の外で見張ってくれている。

心の中を見ている間は、意識は完全にその中に囚われ、魂の抜けた空っぽの身体は無防備な状態となるらしい。


勝手に記憶を覗くなど、到底許される行為ではないことはわかっている。


レインは何者なのか。ルークと、果たしてどういう関係にあるのか。

そしてルークは、フレアにとって一体何なのか。


なくしてしまった何か大切なものを、取り戻せるのかもしれない。




目を閉じるよう、ジークが指示を出す。

彼が何か力を使っているのがわかった。



意識が遠のく。

次に目を開けた時、フレアは真っ暗な中をただぼんやりと歩いていた。


やがて光が見えた。

微かな光。それから、何かが腐ったような嫌な臭い。



思わず顔を顰め、立ち止まりそうになりながらも進んでいくと、微かだった光がよりはっきりとなり、そして突然、視界が開けた。



そこはみすぼらしい、今にも倒れ潰れてしまいそうな、小さなあばら屋だった。

屋根はあちこち穴が開いて、外の光が差し込んでいる。すえた臭いは、部屋の隅に転がっている皿から漂っていた。腐った、何かわからない真っ黒な食べ物らしきもの。



その時、外で大きな音がした。

慌てて外に出ようとしたところ、入り口に青ざめた顔のサクラを見つけた。

ふらりとよろめいたサクラを、思わず支える。大きな瞳は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

傍らにはジークの姿もあった。険しい表情で、外を凝視している。


視線の先にいたのは、1人の痩せた少年だった。

髪は青く、伸びて表情を隠している。青白い肌には赤い染みのようなものが浮いて、花が咲いているようだった。


彼の手は血で汚れていた。――――恐らく、彼のものではない。


血の海、とはまさにこのことだろうか。人々が折り重なり、血を流して倒れている。

フレアは思わず、倒れている人に駆け寄った。揺り起こそうとして、手がすっと空振りする。触れない。


まるで自分の身体が幽霊にでもなってしまったようだった。混乱していると、冷静な声が降ってきた。


「無駄だ。これは記憶、レインの記憶の中だ。ここの物には干渉できない。僕らにできるのは、ただ黙って見ていることだけだ」


目の前で、倒れている女性が小さく呻いた。息がある。「水を、水を…」必死で水を求めた後、彼女は力尽きて息絶えた。


ジークが記憶を見たがらなかった理由が、わかった気がした。



「……お兄様」



サクラが、震える声でレインに呼びかける。青い髪の少年――――前世のレインが、こちらを振り返る。青い目は怒りと絶望に燃えている。




『こりゃなかなか酷えな』




聞いたことのある声が、頭上から聞こえた。

振り返ると、屋根の上から金髪の男がこちらを見下ろしている。ジークがその名を呟くのが聞こえた。


ルーク。


薄く色づいた眼鏡をかけ、耳はピアスだらけ、手首にもジャラジャラと趣味の悪いものをつけている。随分長く旅でもしていたのか、小汚い格好だった。



『俺でもガキの頃はもうちょっと分別があったぜ?』

『誰だ、貴様』

『ルーナって女を捜してる。まだガキかもしれねえ。聞いたことはあるか』



レインの表情が固まった。その視線が、ゆっくりと家の中へ向けられる。

ルークは察したように、軽やかに屋根から降りて家の中に入った。あの嫌な臭いを思い出したが、フレアは彼に続いて中に入った。


先程は気づかなかったが、部屋の隅で誰かが横たわっている。顔にも体にも布がかけられていた。

ルークが布を捲る。痩せた青白い顔が露わになる。フレアは思わず声を上げそうになった。

そこで眠らされていた少女の顔立ちは、サクラにそっくりだった。


『あー、成る程ね。そういう…』


ルークはやれやれと言った様子で立ち上がり、『おいガキ』と外に出た。


『お前、あいつの兄弟か何かか?』

『どうして』


レインの目が大きく見開かれる。


『顔が似てるだろ。違うか?』

『母は違う、けど、妹だ。あの子はそう言ってた』

『ルーナはどうして死んだ?…これは弔い合戦か?』


ルークの目は血の海に視線を向けた。レインの目が揺れる。


『あの子は、身体が弱かった。こいつらは、あの子を嫌っていた。ふざけて…腐ったものを食べさせられた。それで死んだ』

『ふーん、そうかい。なあ、お前のこれ、病気だろ』


ルークはすたすたとレインに近づき、白い頬に咲いた赤い花を指差した。レインは光を失った目で、ルークを見上げた。


『私も、長くはない』

『だからこいつらも道連れにしたのか?いいねえ、その度胸は気に入った。ルーナが持つはずだった力だ。てめえにやる。うまく使えよ』


ルークがペンダントを取り出す。辺りは桜色に光り輝き、その光はやがて青色へと色を変えながら、レインの中に収まった。

その途端、肌に咲いていた赤い花は、見る影もなく消えていった。




遺体を全て埋葬した後、2人の旅が始まった。


レインは、暗殺者として育てられていたらしい。

幼い頃から村の為に働いて来たが、病気になって捨てられたこと、腹違いの妹ルーナは病気がちだったために疎まれ、ずっとあばら屋で暮らしていたことを、ぽつぽつと語った。


ルークは前世について語った。前世で読んだ小説、その舞台の千年前の世界がこの場所であり、ルーナは本来、シオンという神に出会い治癒の力を得て生きていくはずだったと。そして千年後、生まれ変わって再会したルーナとシオンが、恋愛しつつ世界を救うらしい。



レインはあまり真剣に聞いていないようだった。

確かに、小説がどうのとか恋愛しつつ世界を救うとかそんな馬鹿な話、聞いたこともない。フレアの目にも、ルークはどこか頭のネジが一本外れているように見えた。



2人はだめなところを互いに補い合っていた。

ルークが飲んだくれてぶっ倒れればレインが回収し、レインが食事を取り忘れて倒れればルークが食事を作って食べさせた。


ある日、ベッドから起きたレインは、ルークが血を吐いているのを見た。

後日問い詰められたルークは、あっさりと白状した。自分はそのうち死ぬであろう、と。


『心臓に刻まれた呪いの所為だろうよ。カルマが諸悪の根源だ。だから最後の最後に、あのムカつくクソ野郎をぶち殺す』


カルマを葬るなど人間には到底できることではない。

絶対にやめろと言ったが、ルークが聞き入れる様子はなかった。


そしてその日がやってきた。


ルークは出かけていた。

1人で部屋にいたレインの背後に、あの男が立った。


『お前を知っている。僕が育てさせた子だ』


それはフレアの知っている、子どもの姿ではなかった。ジークと同じ美しい顔の男性だ。だが同じ顔とは思えない程、禍々しい空気を纏っている。

神々を殺した邪神、カルマ。


レインの村は、かつてカルマの支配下にあった。

つまりレインは、元々カルマお抱えの暗殺者だったのだ。


『どうしてお前がここにいる?』


首を掴まれ、むりやり振り向かされる。怯えたレインの目を、カルマが覗きこむ。

記憶を読んでいるのだと、フレアにもわかった。


カルマは『ああ、僕の神官を皆殺しにした子どもといるのか。後にも先にも、あんなことは初めてだった。覚えてるよ』そう言って残忍に嗤った。



『ルークを僕の森まで誘き出せ。それがお前の、最後の仕事だよ』



レインは、震えながら頷いた。

そうするしかなかったのだろう。




果たして、レインはルークを、カルマの潜む森へと案内した。ルークは酒でも飲んだ後なのか、顔は赤く足下も覚束なかった。

突然影が蠢き、鋭利な刃となってルークに襲いかかった。ルークはそれを難なく避け、レインを小脇に抱えて近くの茂みに逃げ込んだ。



『申し訳ありません、私は…』



怯えたレインの目を見て、ルークは笑った。



『脅されて震えてんのか、可愛いところもあるじゃねえか』

『冗談を、言っている場合では……』

『ははッ、どうせぶち殺すつもりだった相手だ。あっちから来てくれたんなら感謝しねえとな。おい、精々生き延びろよ、裏切り者サン』



にやにやと笑って、彼は夜闇に躍り出た。







激闘の末、勝利を捥ぎ取ったのはルークだった。

カルマは人間の手によって殺され、息絶えた。最後に、ルークに呪いをかけて。



『これで終わりだと思うなよ!!貴様に転生の呪いをかけた。生まれ変わってもまた、お前を探し出してやる。探し出して、今度こそ八つ裂きにしてやる!!』



2人の戦いを、ただずっと怯えて見ているしかなかったレインは、木陰で負傷したルークを発見した。

傷は深かったが、レインの治癒の力を使えば助けられる――――――はずだった。


傷は塞いだ。もうどこも怪我をしていない。なのに、ルークの顔色は変わらない。

目の奥の光が、消えようとしている。


『なぜ…どうして…!!』

『寿命ってやつだろ、多分』


煙草はねえのか、とぼやいて、ルークは小さく笑った。

身体は灰になるまで燃やすように。アカツキ王国の人間には何も伝えないこと。そして、自分のことなど忘れて自由に生きること。


それがルークの、最後の願いだった。





レインはルークの遺灰を抱え、アカツキ王国に辿りついた。遺灰は、彼が愛したイグニスの地に撒いた。

そうしろと命じられた訳ではなかったはずだが、レインはそうした。

ルークが愛した人々は、今も彼が帰るのを待っていると思ってのことかもしれない。


その後すぐ、レインは力尽きて亡くなった。病気も、怪我もなかったはずだ。そもそも治癒の能力者なのだから、そういうものとは無縁のはずだ。即死さえ免れれば、余程のことがなければ天寿を全うすることができる。


なのに、彼の遺灰を撒いた場所で、眠るように亡くなった。



『貴方なしには、生きられない』



眠る前に、そう呟いて。







フレアは知った。レインが、なぜ自分を助けようとしたのか。

それはフレアに、ルークを重ねていたからなのか。


生まれ変わったレインは、前世の記憶と、治癒の能力を持っていた。他の聖騎士と違い、レインは継承の儀を行っていなかった。


ルーナを見つけ出した時は、彼女の身体を癒した。治癒が、病弱だった彼女の体を根本から変えてくれた。

彼はルークのことを語った。同時に、ルークから伝え聞いた“小説”のことも。

その知識が、ルーナを助けることもあるかもしれないと、思ってのことだったかもしれない。



生まれ変わったカルマは、密かにアカツキ王国に侵入していた。土人形を見たレインはカルマが関わっていると確信し、自ら彼に接触する。


昔、似たものを見たことがあった。土人形は、命を弄ぶカルマのいかにも好きそうな代物だ。

魂を別の入れ物にいれ、操る。壊れても本体の人間が死んでいなければ、何度でも土人形に入れて遊ぶことができる。


こんなものをフレアに使わせるわけにはいかないと、レインは呟いていた。



カルマは、接触してきたレインを疑わなかった。


生まれ変わったカルマは、力がまだ弱かったのだろう。あの日と違い、本心を隠すことは成功した。


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