13 千年前を語る
シノノメ王国から、随分遠くまで来たある日、イグニスの民に出会った。
神々がこの地を治めていた当時は、アカツキという一つの民であったが、神を感じられることがなくなり信仰心が薄れ(それはカルマが神々を殺し尽くしてしまった所為なのだが)四つの民へと分裂したという。
イグニス、アクア、ヴェントゥス、テラ。
シオンという神の元、やがて四つの部族は手を取り合い、アカツキ王国という一つの国を創った。
カルマのシノノメ王国に対抗するように。
イグニスの若き女族長は、ローズという名だった。真っ赤な髪が美しく、男勝りで、豪放磊落な人物だった。
ジークは十二人の戦士たちを選び、自身が家族から受け継いだ力を分け与え、それを血によって継承させる儀式を行った。自分1人で抱えているよりも、その方が有効的に活用できると考えてのことだ。
ローズは太陽神であった父の発火能力を受け継いだ。
発火能力は特別だ。あの炎は、時としてただの炎ではない、燃やす以外の特別な力を発揮することがあった。
浄化の炎。闇を祓い、穢れを清め、呪いを燃やし尽くす。
そしてまたある者には、恵みの炎。弱り切った心と体に、活力を与える力まで備わっている。
本当はルークにも、兄弟の誰かしらの力を受け継いでほしかった。シオンはルークのことを誰よりも信頼していたから。
けれど彼は、それを拒絶した。
『普通じゃねえ力はもう懲り懲りなんだよ』
その意味がわかったのは、彼が初めて人前でその力を発現した時だった。
出会った当初は、神官を皆殺しにしていたからよほど恐ろしい男と思いきや、その後表だって喧嘩をすることはなかった。盗みや詐欺のような卑怯な真似は平気でするし、逃げ足も速い。戦が起こりそうになれば誰よりも早く逃げ出す。戦場なんて勿論行かない。
臆病でずる賢い、そういう面ばかり見ていた。
そのうち、ルークが神官を皆殺しにしたことなどすっかり忘れていた程だった。
ローズが殺される。その一報を聞いた時も、ルークはなかなか向かわなかった。
戦場で囚われ、皆で救出の算段を整えていたところだった。敵国はローズを拷問の末、闘技場に放り込むつもりだと。ローズは、発火能力をまだうまく使いこなせていなかった。
いつも通り動こうとしないルークを置いて、ヴェントゥス公爵の瞬間移動の特殊能力を使い、急ぎ闘技場に向かった。
猛獣に囲まれ、今にも襲われそうになったその瞬間、稲妻のような音が鳴り響き、ルークが現れた。
猛獣たちはルークを見て恐れおののき、ひれ伏した。大剣を手にした巨大な処刑人が何人も現れ、2人に襲いかかったが、ルークはナイフ一本で立ち向かい、次々と殺してしまった。
ナイフの扱いも身体能力も尋常ではなかったが、それだけではなかった。
ルークのナイフは炎を纏った。振りかざす度に雷撃が鳴り響いた。
聖騎士の能力に似ている。だが何かが違う。
その日、ルークは面倒臭そうに事情を話した。
これは心臓を切り刻まれた時に、植え付けられた力だと。
神々の力を忠実に模倣し、再現する力。瞬間移動、炎、雷。――それだけでなく、聖騎士全員の力はもうすでに一度見ているから、すべて模倣することができる、と。
但し、本物には敵わない。上っ面だけの模倣の力だと、こんな力をまた使う日が来るとは思わなかったと、ルークは嗤った。
まがい物の神。
ルークは自分をそう表した。
仲間内で、そんな彼を恐れる者や、嘲笑う者はいなかった。
ローズは以前よりルークの腕を見抜いていたが、その後はよりしつこく彼に付きまとうようになった。
『ルーク!さあ手合わせをしろ!剣を取れ!早速手合わせをさせろ!さあさあさあ!!』
『うるせえ!てめえはまずその不細工な傷を治せ!!』
『こんなものかすり傷だ!問題ない!』
『問題しかねえんだよボケぇ!!』
適齢になれば、結婚でも何でもすればよかったのだ。
だというのにあの大馬鹿者は、娼婦と遊んで子どもを作ってしまった。身重の娼婦と結婚し、同じ時期に他の娼婦も手を挙げ、他に5人も子どもがいることが発覚した。――恐らくその内の何人かは、年齢的に明らかにルークの子ではなさそうだったが、母親からすれば要らない子どもだったのだろう。
育てるのが面倒になった子を、体よく押しつけたという訳だ。
『去勢しろこの恥知らず!!!』
清廉潔白を重んじるアクア家の族長デルフィニウムが激怒したが、当のルークは飄々としていた。
そしてローズはと言うと…
『そんなに子をこさえていたとは天晴れだな!お前の子ならばきっと逞しい子に育つだろう。どれ、私にも種を分けてくれ!』
彼女が普通の淑女でなかったことは確かだ。
ずっとアカツキ王国にいるのだと、思っていた。
なんだかんだ、元娼婦の妻とも仲睦まじくなり、更に2人も子をこさえ、慌ただしくも楽しい毎日を過ごしていたはずだ。家族ができてからは、煙草もギャンブルもやめていた。
それなりに、幸せだったはずだ。
『思い出したんだよ。この世界が何だったか。このクソみてえな世界は、馬鹿女給の頭の中の妄想で…いや、何でもねえ。話したところで理解できねえよ』
小説がどうのとぼやいていた。
あれがどういう意味だったか、ジークにはついぞわからなかった。
『月の女神の力、あれは確か治癒だっただろ。俺に寄越せ。相応しい奴を知っている。そいつに継承させてやる』
『何の話だ。継承者は僕が決める。母様の力は、今はまだ誰にも…』
『馬鹿野郎。いつまでそんなもんに縋り付いてんだこのマザコン。そろそろおしゃぶりは卒業しろ』
あの夜は、久しぶりに激しい喧嘩をした。
月の女神の力は結晶にして、肌身離さず持ち歩いていた。勿論、眠る時も。
翌朝、結晶は消えていた。ルークの姿も、どこにもなかった。
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「――――――その後、ルークは二度とアカツキ王国には戻らなかった。月の女神の力、治癒はあの大馬鹿者の所為で失われた。永遠に。…そう思っていたのに」
ジークの目が、サクラに向けられる。
「あのレインという男が、君の前世の兄?千年前に治癒の力を引き継いだ?意味がわからない。なぜルークはあの男に。大体、治癒の力があるならばどうして昏睡状態なんだ?治癒は怪我を治すだけじゃない。病気も呪いも、全てを癒す力がある。なのに…」
「その力で、兄は今世の私の体を治してくれたのです」
「意味がわからない。ルークとあいつは、一体どういう関係だったんだ」
「それは…」
サクラは真っ直ぐにジークの目を見つめ返した。
「心をお読みください。私の記憶を見れば、それが真実であることがわかる。貴方様にはそれができるはず」
「……」
「それを敢えてなさらないと言うなら、それは貴方がルークさんに関することを、徹底的に避けていらっしゃるからでは?」
ジークはじっとサクラを睨み付けたが、苛立った様子で視線を外した。
痛みが伝わった。ジークは何も言わなかった。サクラは、そんな彼の手を取った。
「兄がルークさんとどういう風に出会ったのかは、私もわかりません。だから、教えて貰いましょう。兄なら、それを知っています」
「……」
「心の中を見るのに躊躇いがあるのなら、私も居ます。…この方もいます」
サクラがこちらを見た時、思わず「え」と声が漏れたが、彼女は構わず続けた。
「3人で見るなら、罪も同じだけ背負うことになりましょう。心の中を見るというのがどういうものか、私にはわかりません。けれど貴方なら、きっと、私たちをお供させることくらい、容易いのではありませんか」




