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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束

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11 引き受ける



真っ黒な竜が吠える。貴様は誰だと。



フレアは目をまん丸に見開いた。

こうして面と向かって対峙したことなど、勿論初めてのことだった。



「おばあ、ちゃん…?」

「ばばあ……?」



乱蔵もぽけんと口を開けている。その目は徐々に潤み始めていた。




「時間が掛かってすまない。少し下がっていなさい。ここは私が引き受けよう」




美しい銀の髪が、風に揺られ宙になびく。

片目は眼帯、もう片方の目は澄んだ青。男物の背広を羽織り、手には馴染み深いあの刀。

年は取っているのに、背筋は針金を通したようにピンと真っ直ぐだ。



「ちょっと待って!一体どうやって…」

「しばらく宙をふわふわしていたが、そこに転がっている土の人形に入ったらこうなった。なかなか便利、便利。本当に生き返ったみたいだぞ、はっはっは」


土人形から復活したのに、カルマの支配からは逃れているらしい。自分でむりやり人形の中に入ったからだろうか?わからないが、魂の状態でふわふわしているほむらを想像すると何ともシュールである。


刀まで生成できたことも、土人形であるはずなのにカルマの支配を逃れている点も、都合が良すぎて笑うしかない。


ほっと心が緩んで、泣きそうになる。

けれど泣いている場合ではない。いくらほむらでも、相手はあのルークである。


「笑い事じゃないわよ!あいつは化け物よ。聖騎士の能力を使いこなしてる。いくらおばあちゃんでも――――」

「なあに、問題ない。斬ればいいんだろう、斬れば」

「いや、そんな単純な問題じゃ――――」

「単純だ。至極単純な話だよ、お嬢さん。罪のない子どもを手に掛けた外道は、この私が地獄に叩き堕とそう」


断固とした口調と、怒りに煮えたぎる瞳、近づくだけで背筋が凍りそうな殺気。

フレアは気がついた。ほむらがとても怒っていることに。

そして同時に思い出した。


彼女は、刀があれば何でもできると考えている、脳筋思考であるということを。



「いや、でも――――」



フレアが言い終わらない内に、ほむらは駆け出し、抜き身の刀を手にまずはカルマに斬りかかった。


相手は影だ。実体がほぼない影。

そんなものを斬れる訳がないと思っていたら、ほむらの刀に斬られた途端に、カルマのこの世の物とも思えない壮絶な悲鳴が響き渡った。


地面に倒れぴくぴくと震えるカルマをそのままに、ほむらの次の標的はルークとなった。


さしものルークも動揺し、顔が引き攣っている。



「てめえこのッ…クソババア!!なんでてめえがいやがる!!」

「私は貴様など知らん!」

「俺はよく知ってんだよ寄るな気色悪ぃ!!」

「なぜ貴様が私を知っている!!」

「てめえが俺の前世だからだよ!!!!クソむかつくことになぁ!!!」



ルークの怒声が響き渡る。



フレアの頭の中で、一つの図式が浮かんだ。

ほむら→ルーク→フレア。恐らくこれが、生まれ変わりの順番なのだろう。


なぜフレアが思い出した記憶がほむらのもので、ルークのものは何一つ思い出さなかったのか、それはわからない。


(まあ、どうせろくな人生じゃないでしょうから思い出さなくてよかったけれど)



ルークが雷を放つ。その全てを器用に避けるほむらの目の前に、今度は大量の氷のナイフが雨のように落とされた。


ほむらの刀が、その氷の刃全てを粉々に切り刻む。それだけではない。


恐らく氷のナイフやその破片を足がかりにしているのだろうが、ぴょんぴょんと飛びながら、浮遊するルークの目の前まであっという間に躍り出る。最早特殊能力とされなければピンと来ないレベルの身体能力である。



突き出される刀に、ルークが瞬時に氷の刀を作って迎え撃つ。

だがそれも、ほむらの刀の前にあえなく砕け散った。



「この化け物――――!」



刀が、ルークの肩を貫く。

顔を苦痛に歪ませながら、ルークは起爆の能力を発動させた。




そこから、短い死闘が繰り広げられた。


ルークの起爆さえ、ほむらは空中で器用に避け、逃げるルークを追い、刀がないから反則だと喚くルークの背中を切り、蹴り飛ばし、ルークが炎で生成した刀に対しては「面白い」と薙ぎ払って消し飛ばし、その胸倉を掴んだ。


ルークの胸に刀を突き立て、岩に固定した後、ほむらはようやくフレアたちの方を振り返った。


「少々暴れてしまったが、怪我はないか?」


「…………ない、けど」

「相変わらずとんでもねえな、お前は……」


乱蔵も若干引いている。


特殊能力を自在に操り、誰も歯が立たないかと思えたルークが、特殊能力一つ持たないはずの老婆に圧倒され一方的に嬲られる様は、爽快を通り越して恐ろしかった。


(でも……そうね。敵うはずがないわ、おばあちゃんに)


ほむらは戦争を幾度も経験してきた。自分を痛めつけるように、危険な場所にばかり自分を駆り立てた。

戦争がない時は、警官として凶悪犯罪者ともやり合ってきた。


そしてそんな日々にあっても、一日たりとも鍛錬を疎かにしたことはなかった。

当然、引退して八十を超えてからも、死ぬまで己の技を研鑽し続けたのである。


そのストイックさ、狂気じみた執念に、いくらコピーの特殊能力があるとは言え堕落の限りを尽くしていたであろうルークが、敵う訳がないのである。



「このッ…クソババアが……!」



ほむらは「愚か者め」と小さく息を吐いた。

その時、懇願するような声がフレアの背後からかけられた。



「どうか」



よろめきながら、レインがほむらへ近づく。

ほむらはレインを見て僅かに眉を寄せた。



「どうか、その人を解放しては貰えませんか」

「……君はこの阿呆とどういう関係なんだ」

「大した関係ではありません。ただ……恩があります。どうか見逃してください。イグニス公子は、私が治療しました。命に別状はありません」



驚いてルカの方を見ると、青ざめた頬に血の気が戻っている。

フレアと乱蔵は駆け寄り、彼が正常に呼吸していること、出血が止まっていることを確認した。

まるで魔法のように、傷が消えている。


既視感があった。

カノンの、銃で撃たれた痕が綺麗に消えた時と同じだ。


「あんたも何か能力を持ってるの?魔法陣を刻まれてるとか?ルークもそうなんでしょう?」

「違うよ。魔法陣じゃない。ルーク様はそうだけど……私は貴方と同じだ、フレア様」


(私と、同じ……?)


意味がわからず首を傾げるしかなかった。


フレアと同じ。それはつまり、レインもまた、生まれながらの特殊能力持ち、つまり聖騎士ということになる。

けれどレインが聖騎士であるなど、そんなことある訳がない。聖騎士は全部で十二人。

レインの力は、当然その中のどれにも当てはまらない。


ほむらは「ううむ」と呻り、納得はしていないようだがレインに道を空けた。


レインはよろよろとルークに近づくと、その足下に跪いた。



「ルーク様、私の体を乗っ取ってください」

「…………はあ?」

「その体はカルマ様の作った土でできています。そちらの婦人はなぜか支配から逃れているらしいが、貴方の意識はまだ支配下から逃れられていない。そうでしょう。カルマ様が人の体から魂を抜き取ったところは見ましたか。あの力をコピーして、私の魂を取り、それから貴方が、私の体に入ってください」

「何言ってんだてめえ。てめえの体になんざ入りたくねえよ、気色悪ぃ」

「そうでしょうがそれしか方法はありません。その体は不安定なんですよ。生きた人間のものではない。……生きたくはないのですか。貴方は誰よりも生きることを謳歌していた。いつだって自分の欲望に忠実に、思うがままに、自由に生きることを良しとしていたでしょう。折角また生きられるというのに、みすみす死ぬおつもりですか」

「で、お前はどうする?俺に体を明け渡して、てめえは死ぬつもりか?」

「私は、いいんです。どうせ生きていても、誰の為にもならない」


ルークは「ふざけんじゃねえ」と眉間に皺を寄せた。


「俺は好きに生きた。てめえも好きに生きろと、言っただろうが」




その時、カルマが雄叫びを上げた。体の芯から震えるようなその声に、フレアは思わず耳を塞いで膝をついた。

ルークの怒鳴り声が微かに耳に届いた。



「おい発火の!炎を使え!あいつを燃やせるのはてめえだけだ!!!」

「それってどういう――――」

「いいから力を使え!燃やせ!!あんなアホみたいな声出してるってことは弱ってるってことだ!今がチャンスだ!早くしろ!!」



弾かれたように、レインは「だめだ!」とフレアを見た。



「あの人を燃やしてはいけない!!そんなことをしたら――――」

「てめえは黙ってろこの死にたがりが!!その情けねえ面、二度と俺に見せるんじゃねえぞ!!」



フレアは迷いなくカルマを燃やした。

ルークに指図されずとも、ムカつく奴には制裁を下すのがフレアのやり方である。


熱が大気を揺らし、嫌な臭いが辺りに漂う。

弱っているというのは確からしい。

ぼやける視界の中で、カルマは炎に飲まれ悲鳴を上げながらのたうち周り、抵抗することもできず、やがて真っ黒な灰となった。



「…………なるほど」



静寂が訪れた後、ほむらがぽつりと呟く。

おばあちゃん、と声を掛けると、ほむらは優しい笑みを浮かべ、フレアと乱蔵にそれぞれ視線を向けた。



「自分を大切にするんだよ、お嬢さん。乱蔵、お嬢さんのこと、よろしく頼んだぞ」



その直後、ほむらの体は炎に飲まれ、あっという間に灰となって消えた。

傍らでは、ルークが大量の血を吐いた後、ぼろぼろと崩れて消えしまった。



まるで最初から何もなかったかのように。




喪失を感じる前に、フレアは意識を失った。

次に目を覚ました時には、知らない部屋のベッドの上だった。隣のベッドではルカが眠っている。すーすーと、穏やかな寝息を立てて。

その寝顔を見ていると、ほっと心が緩んだ。


窓の傍では、乱蔵が椅子に座ったまま眠っていた。

小さく名を呼ぶと、彼は弾かれたように目を覚ました。


乱蔵は、しきりに誰かのことを聞きたがった。

フレアは首を傾げた。


「……ほむら?誰それ」


まるで記憶に重たい靄がかかったように、何一つ思い出せなかった。



――――――――――

――――――――――――――――



あれから数日。ルカも無事に目を覚ましたが、レインだけは目を覚まさない。

乱蔵の話によると、カルマを燃やし土人形たちが消えた後、レインはルカ、乱蔵はフレアを抱えて病院まで運んでくれたらしい。


そしてレインは、運び終わった後力尽きたように気を失ってしまった。


なぜそこまでしてくれたのか、フレアには理解できなかった。レインの真意がわからない。

病室に顔を見に行くと、先客がいた。


サクラは、フレアを見て弾かれたように椅子から立ち上がった。その目は赤く腫れている。

黙ってハンカチを差し出すと、サクラは「持っているので結構です」とそっぽを向いた。


「ルークさん、でしたよね」

「…ああ、まあ」


フレアは未だ男性の姿のまま戻れていない。

何となく気まずくなって顔を逸らすと、サクラは「この方は、私の兄です」ととんでもないことを語り始めた。


「と言っても、前世でそうだった、というだけですが」

「ぜん、せ?」

「ピンとも来ませんよね、わかっています。おかしなことを言っていると。でも本当なんです。…一千年も昔、私はルーナと呼ばれていました。この方は、私の、唯一の家族で…生まれ変わった私を、救ってくれた人でもあるんです」


サクラは声を震わせてそう言った後、部屋を出て行った。


何を言っているのか、フレアにはさっぱり理解できなかった。サクラの頭がおかしくなってしまったのではないかとすら思った。


レインの寝顔は安らかで、長い前髪を横に流すと、随分整った顔をしていることがわかる。

その面立ちは、どこかサクラに似ていると言えなくもない。



ベッドの傍らのテーブルには、桃色の花が活けられている。それをじっと見つめていると、ある考えが頭をもたげた。



あり得ない。なぜそんなことを不意に思いついたのかもわからない。

ただ、なぜかそうとしか思えない。



もう一度レインの寝顔を見た後、フレアは急いで病室を出た。向かった先は、レインの診療所だ。

合鍵で入り、レインのテーブルの引き出しを開ける。彼が目を覚まさない間、あまりに暇だから綺麗に整頓したばかりだった。文房具類はまとめておいた。使いかけの紙や、メモ用紙、それに便箋の類い。


桃色の花、赤い花、黄色い花――――レインにしては意外な、綺麗な花の絵が添えられた便箋の束。

花の種類ごとに、数枚ずつ束ねられたその便箋の中に、目当てのものがあった。



薄く色づいた、青い蓮のような花の便箋。



見間違うはずもない。牢屋で受け取ったあの日から、何度も何度も、文面を覚えるほどに読み返した手紙。


その便箋と、全く同じものがそこにあった。


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