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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
105/115

10 激怒する



あの男は、一体何だ?



ルークという名前。フレアが適当につけた偽名と同じ。

それは何か関連があるのか?ないのか?



わからない。まるで何一つわからない。

フレアはガンガンと痛む頭の中で必死に考えたが、答えなど出てこなかった。


何かを抜かれてしまった感覚はある。まるで魂を抜かれてしまったような――――……けれど、フレア自身は自分の体にいて、恐らくフレアの中から抜いたのであろう魂か何かによって、見たこともない男が土人形から生まれている。


全く意味のわからない現象だった。


フレアは頭を抑えた。頭痛と吐き気に、目眩までする。



「うッ…気持ち悪い」

「ごめん。僕が何とかする。だから君は乱蔵さんと逃げるんだ」

「何言って……あんたに何ができるのよ。まだ子どものくせに…」



遠くで、何かが割れる音が響いた。

戦っているのはルークとアグニだった。ルークはフレアたちの抹殺を命じられていたように思うが、なぜあの二人が戦っているのか。


アグニの目は爛々と輝き、先程フレアたちに襲いかかってきた時とは比べものにならない速さで拳を繰り出している。


「なんでお前が戦ってるんだよ!戦闘狂もほどほどにしなよねぇ。まあ、面白いからいいけれど」とカルマ。


ルークはアグニの攻撃を飄々といなしながら、「ガキと化け物しかいねえのかここは」とぶつぶつ言っている。



「あれは一体誰なの…?ねえお婆ちゃん!……お婆ちゃん…?」



声を掛けても、あんなに聞こえていたはずのほむらの声は、ない。

嫌な予感がした。大切なものが消えていってしまったかのような、この脱力感。


抜かれてしまったのは、持っていかれてしまったのは、ルークというあの異物だけではないのではないか。


ほむらも、自分の中からいなくなってしまったのではないか。


心臓が煩い。呼吸が苦しい。


随分長いこと、ほむらはフレアの中にいた。最初は消えてほしくて堪らなかったが、今は違う。

彼女だけは、フレアのことを誰よりもよく理解してくれていたのだから。




その時、轟音が鳴り響いた。


アグニとルークの勝敗は、あっさりと決まった。

ルークの目の前でアグニは膝をついている。と言っても片脚はない。腿から先が切断されている。アグニの足下には真っ赤な血溜まりができていた。


ルークは無言で、アグニの首をへし折った。


フレアは思わず息を飲んだ。

ルークが一体何者なのかはわからないが、彼がほむらと匹敵、或いはそれ以上の強さを持っているとしたら?――…そんな相手と戦うなんて、絶対に御免被る。



ルークはゆっくりとフレアたちへ視線を向けた。それからまた、痛そうにこめかみを押さえる。

カルマが命令しているのだろうか。土人形を作ったのはカルマだ。彼の命令には逆らえないのだとしたら、次殺されるのは自分たちだ。



突然、床が盛り上がった。



ルカがフレアを突き飛ばす。フレアは、乱蔵にぶつかって一緒にごろごろと床を転がった。「何を…!」と文句を言いかけたところで、爆発音が響いた。


フレアのいた場所は穴が開き、濃い煙が立ちこめている。

その真ん中で、ルカは血だらけになって倒れていた。



「ルカ……!!」



慌てて駆け寄った。ルカはくぐもった声を上げた。意識はある。


地雷でも埋まっていたのだろうか?――――いや、違う。


先程の突然の爆発、あれはまるで、ルカの起爆の能力そのものではないか?

ルカが自爆した?あり得ない。そんな馬鹿なことを、ルカが突然やる訳がない。



ルカはぐったりとしていた。血が止まらない。

どろりとした黒い血が、必死で傷口を押さえるフレアの手を染めていく。

彼は澱んだ瞳を、フレアに向けた。


「ごめん、僕が、追いかけたせいで…」

「ルカ…」


ルカの口からだらだらと血が流れる。喋るな、と言いたいのに、声が震えてうまく伝えられない。

ほむらの記憶があるせいでわかる。この怪我は、もう助からないと。



不意に、ルカがふっと微笑んだ。

明るいオレンジ色の瞳から、徐々に光が薄れていく。




「……好きだよ」

「え?」

「大好きだよ、フレア」




光が消える直前に、瞳の中に映ったフレアは、何とも間の抜けた顔をしていた。



彼の瞳から、涙が一筋流れていく。ゆっくりと瞼が閉じられる。

それを見て、フレアの中で何かが切れた。



先程の爆発が一体誰の手によるものなのか、それを知っているのはルークであると、フレアは確信していた。



炎が立ち上る。ルークに向けて轟音と共に炎の塊が放たれる。

ルークは少し驚いたようだったが、避けることもせず、足下から氷の壁を出現させそれを防いだ。


氷――……レオンの能力だ。


ルークは小さく口笛を吹いた。



「お前のそれは発火能力か。ローズの後釜ってことか?つまり…死んだか。あいつは」

「…………」

「俺をぶち殺してやりたいって顔してるな、坊主。いい顔だ。イグニスの民はそれくらい血の気が多くなきゃな」

「お前の、能力は」



ルークは口元に笑みを浮かべた。



「猿まねってやつ?人の能力をそっくりそのまま真似するってだけ。それが俺の能力だ」



さあ、どうする?

言い終わらない内に、ルークは炎で剣を形作った。



斬りかかってきたルークに対抗するために、フレアも瞬時に炎の剣を作る。

かつてこんなもの作ったことはない。揺れ、不格好なその剣は、ルークのそれとは明らかに違った。


ルークは人の能力をコピーするという。フレアの能力もコピーしたということで間違いないだろうが、ルークの方が明らかに使い慣れている。


遊ぶように剣を振るうルークに、フレアは必死で食らいついた。


「なんでルカを殺した…!!」

「ガキを殺すつもりはねえよ。脅すつもりだったが、起爆ってのは使いづれえな。うまい具合に殺しちまった」


反省も後悔も、その声音からは感じられなかった。

とんでもないクズ野郎である。


ルークがフレアの何なのか、猿まね能力をルークは如何にして手に入れたのか、そんなものはもうどうでもいい。

とにかくこのクズを切り刻んでやらなければ気が済まない。


血が煮えたぎり、燃え滾るように体が熱い。

不安定だった炎の剣が、より熱と殺気を帯びて固くなっていく。


ルークの剣を、フレアは押し返し弾いた。勢いのままに、剣を喉元に突き出す。

すんでのところで僅かに逸れ、擦った傷口からぼろぼろと黒い土が零れていった。


ルークは顔を顰め、風を操って空中へと舞い上がった。首元の傷は、フレアの視線の先であっという間に塞がる。


風を操る能力は、確かヴェントゥス家にあったはずだ。

コピー能力には制限がないのか。聖騎士たちの能力をなぜこうも自在に操れるのか。


……あんな化け物を、一体どうやって切り刻めばいいのか。



バチバチと、遥か上空から身の毛のよだつ音がした。

その音を聞いただけで、ルークがこれから何をしようとしているのかがわかった。



一旦身を隠すべきかと躊躇ったその僅かな隙に、特大の雷が落ちてきた。



反射的に目を瞑った後、痛みがいつまで経ってもこないことに気づき目を開けると、青い髪と大きな背中が視界に入った。膝をつき、痛みに震えながら、彼は声を絞り出した。



「何、やってるんですか…!」

「ああ?」

「何やってるんですかあんたは…!!馬鹿だとは思っていましたが見境なく殺しにかかるような馬鹿にまで堕ちたとは思っていませんでしたよ」

「失礼な奴だな、誰だお前」



レインの背中から、怒気のようなものが立ち上る。



「…まあ、そうですね。貴方が俺のことなど覚えている訳がない。覚えている訳がないですね」

「女なら覚えてるが男を覚える頭はねえ。無駄だからな」

「確かに貴方はそういうお人だ」



その時、ふと思い出した。



シノノメ帝国の占いと言って、カイウスの従者か誰かに、前世を占って貰ったことがあった。

その時見えなかったか。このムカつく顔。

酒をあおりながらソファの上でふんぞり返る、いかにも軽薄そうな若い男。



あれが正しいなら、この男は確かにフレアの前世なのだ。

ほむらの前か後か、それは正直よくわからないが。



そしてレインは、あの男と前世で何らかの関わりがある。




「おい、レイン!腹は。お前さっき腹に穴開いて…」


乱蔵が問いかける。レインは額に脂汗を浮かべながら、何でもないことのように返した。


「ご心配なく。それなりに頑丈な体をしてるからね」


内臓が出ていたはずだ。頑丈であるから問題ない等というレベルの話ではないはずである。

しかもそんな状態で、フレアを庇って雷に打たれた。ほむらでも無い限り、普通は意識を保っていられない。何なら生きていることの方がおかしな話だ。



「レイン、あんたは一体…」

「ルーク、そいつを殺せ」



カルマが、濃紫色の瞳を怪しく光らせながら命じた。

ルークは面倒臭そうにこめかみを押さえている。



「うるせえぞクソガキ。何なんださっきからてめえはよ」

「お前を蘇らせてやった神様だよ」

「ああ?神様だぁ?」

「ほら、その青いのをさっさと殺して。そいつのことを忘れているなら教えてあげる。そいつの昔の名はソル。お前を裏切って殺すのを手助けしたクズだよ」



ルークはゆっくりと目を見開いた。

それから冷え冷えと醒めたような目でレインを見据えた。



「…ああ、思い出したわ」

「さあ、さっさと殺して。ほら、早、く……?」



言い終わらない内に、カルマの体がぐらりと傾く。

頭と胴が離れ、血の代わりに真っ黒な影のようなものが溢れる。子どもの姿は影に飲まれて消え、蠢く影が竜のように暴れている。


濃紫色の目のようなものが、影の中に現れた。まるで本物の竜だ。勿論、実物など見たことはないが。


その目は、ただ一点を睨み付けている。

視線の先で、銀の髪が揺らめいた。


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