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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
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9 覚醒する



「ヤバいわよあれ!!何あれ何あれ何あれ!?何なのあのガキ!!」


『うむ、妙だな』


「妙どころじゃないわよお婆ちゃん!!大体あれって、どういうこと!?レインが変なことに手を貸してたってこと…!?あのヤブ医者!!怪しいと思ったのよ!!!」



「おーい、アグニ。そのイグニスの子、捕まえといて。いっぱい試したいことがあるから」



アグニ、と呼ばれ、工場の隅で丸くなっていた一人の男が、むくりと立ち上がった。

彼だけは縄で縛られていない。


どっしりとした、熊のような大男だった。肌は浅黒く、目は赤い。何を考えているかわからない、感情の読めない顔つきをしている。

げえげえと吐いている男の頭を踏み潰し、アグニと呼ばれた大男はルカへ視線を向けた。



アグニが駆け出す。ルカの目が赤く煌めき、起爆能力が発動する。


小さな爆発が足下を揺らすにも関わらず、アグニがそれを気にする様子は一切無い。

このままではまずい。フレアは咄嗟に駆け出し、ルカの手を取った。


引っ張り、すんでのところでアグニの拳を躱す。

見開かれた目と視線が交わった直後、巨大な縄がアグニを包み込むように放たれ、彼の動きが止まった。


乱蔵の魔道具だ。


フレアはルカを連れ距離を取った。

このまま逃げようとしたが、工場の扉はいつの間にか立ち上がった数名の男たちによって閉ざされている。全員、白目のところが真っ赤に染まっている。恐らくあれも土人形から作られた者たちなのだろう。


意志を奪われ、ただの操り人形と化す。

なんて醜悪な遊びだろうか。


フレアの姿を見て、レインの目が大きく見開かれた。今まで見た中で一番、動揺しているのが伝わる。

男の子の方は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。


「なあんだ、こんなところにいたんだ。ルーク!!君の方から来てくれるなんてねえ!」

「は?」

「僕だよ、覚えてるでしょ?」


フードが捲れ、中から幼い顔が現れる。

濃紫色の髪、同じ色の瞳、白くて、陶器のように滑らかな肌、彫像のように整った顔立ち。



「…シオン?」



真夜中に出会った男の子。婚約者の話をしていた、随分大人びた子。

その子と瓜二つの見た目。しかし話し方もやっていることも、とても彼とは思えない。


「ふふ、やめてよルーク。そいつの名を出すのはさあ…。僕は、カルマだよ」


カルマと名乗った少年は、アグニを一瞥した。アグニは乱蔵の縄を素手で引きちぎったところだった。

ルカはフレアの姿を見て動揺している。


「フレア!どうしてここに――――」

「早く逃げて!!何かあいつヤバそうだからとにかく逃げるわよ!多分あいつは――――」


『お嬢さん!!右だ!!』


頬を拳が掠める。

避けながら炎を繰り出したが、アグニは一顧だにしなかった。


(こいつ、やっぱり聖騎士の力が効いてない…!)


ちらりと見えた首元にびっしりと何か紋様のようなものが刻まれている。似たようなものなら何度か見たことがあった。


魔法陣だ。


シリウスと同じ、魔法陣を体に刻まれた生物兵器。それがこの男の本質なのだろう。

何の能力を持っているかはわからないが、特殊能力が効かない程の頑丈な体は、この魔法陣によるものである可能性が高い。



武器がない。それこそ刀さえあれば、この鋼のような男の体にも傷がつけられそうものなのに。



『おばあちゃん…!ちょっと体替わってくれない!?』


『替わりたいと思って替われるならもうやっている。お嬢さん!今だ!!』


『ああもう~~!!』


遮二無二突き出した拳が、アグニの鳩尾に食い込む。鋼のように固い。


男の目が僅かに歪んだ。太い腕がフレアの拳を掴む。吹き飛ばされる、と感じたその時、アグニの目に向かって矢が飛んできた。

アグニのもう片方の手が、鏃を掴む。続けざまに、無防備になった顔にまた矢が飛んでくる。

フレアを掴んでいた手が離れた。


よろけたフレアをルカが受け止め、両手に抱きかかえる。「大丈夫!?」泣き出しそうな顔だった。

アグニは両手に掴んだ鏃を、忌々しそうに握り潰した。


矢を放ったのは、レインだった。


「レイン、なんで……」

「早く逃げな。こんな場所、貴方には似合わないでしょ」


その喋り方は、どこか既視感があった。

もしかして――――……あり得ない考えが、一瞬頭を過る。いやそんな訳はないと、フレアは必死でその考えを打ち消した。



味方なのか、敵なのか。



「お前、また裏切るの?」



ぞっとするような冷たい声。カルマはゴミを見るような目で、レインを睨み付けていた。



「裏切るも何も…貴方の味方だったことなど、一度もありませんが」



カルマの足下の影が膨れ上がる。対抗するようにルカの起爆が発動し、地面を抉る。

影は怯むが、意志を持った化け物のようにフレアたちに襲いかかった。


フレアはあらん限りの力を込めて発火能力を発動した。

フレアの炎と、カルマの影がぶつかり、拮抗する。炎が影を飲み込もうとしたその時、アグニが影の中から躍り出た。


思わず力が緩む。その途端、炎は闇に押し返された。

乱蔵がフレアとルカをまとめて抱きかかえ、すんでのところで押し寄せる影とアグニの拳を避けた。


短刀を手にしたレインが、フレアたちを守るようにアグニの前に立ちはだかる。拳と刃がぶつかり合い、耳障りな音を立てる。


鋼のようなアグニの拳が、短刀を叩き割った。

拳がレインの腹にめり込む。血が噴き出た。


「もうお前も人形にしてやるよ。どうせろくでもない魂なんだから」


カルマの声が影の向こうから響く。アグニがレインの首を掴み、持ち上げた。口から血を零しながら、レインは僅かに微笑んでいるように見えた。

フレアが悲鳴を上げ、乱蔵が動く。


彼は割れた短刀の刃を掴み、アグニの顔に突き立てた。


不意打ちは成功したかに見えた。

だが、一番柔らかい眼球に向けて突き立てたはずのそれは、ほんの僅かに表面を傷つけただけで、乱蔵の手の中で音を立てて粉々に崩れた。


「このバケもんが…!!」


アグニはレインから手を離し、乱蔵の首を掴んだ。

フレアは真っ青になって駆け寄り、アグニの腕を掴む。


「手ぇ、離しなさいよ……!こら……!!!」


アグニの目が見開かれる。フレアの怪力が、アグニの手を乱蔵から引き剥がした。

と同時に、突然フレアの体が浮いた。カルマの影が、いつの間にかフレアの四肢に絡みついている。



「そっかそっか。何か変だと思ったけど…君は違うんだ。君じゃない、僕がほしいのは、君の中にいる彼だよ」



言葉を理解する前に、体から何かが抜けていく感覚がした。

脳裏に過ったのは、魂を抜き取られた名も知らぬ青年の姿だった。



「待って…!やめて!…おばあちゃん…!!」



『お嬢さん!!!』



四肢を拘束していた影の力が緩む。

ほむらに助けを求めながら、フレアは地面に落ちていった。







――――――声がする。




ルカの声だ。必死でフレアの名を呼んでいる。

頭も視界もぼんやりとしていたが、徐々に明瞭になっていく。


何かが自分の中からなくなってしまった。出て行ってしまった感覚がした。

頭をめぐらせると、黄色い靄のようなものが、土人形に入って行くのが見えた。



(あれ?私、ここにいる…?これ、私の体で間違いない…わよね?魂を抜かれたんじゃなかったっけ…?)



土人形の姿が変わる。フレアの視線の先で、それは次第に人間らしい形を作っていった。



短い金の髪。青い瞳。顔立ちは今のフレア――ルークとよく似ているが、それより幾分年を取って見える。この場にそぐわず、随分チャラついた格好だ。

薄く、色のついた眼鏡をかけている。白目のところは恐らく赤くはないだろう。他の土人形とは随分様子が違う。



「やあ、久しぶり。ルーク!」



嬉しそうな、カルマの声。

ルークと呼ばれた男は、ゆっくりと立ち上がった。気怠そうに首を鳴らし、ぐるりと視線を滑らせる。



「ああ?何だここ」

「喋れるんだ!さすがルーク、魂の質が他のゴミどもとは違うんだね!」

「うるせえ誰だてめえ。キンキン喋んな鬱陶しい」

「ああ…記憶はないんだ。残念だな。まあでも、いいや」



カルマはにっこりと小首を傾げた。



「さあ、殺し合いをしよう、ルーク。千年前、僕を殺した時みたいに」

「頭狂ってんのかお前」

「手始めにあの聖騎士たちを半殺しにして。朝飯前でしょ、君ならさ」



ルークはフレアたちへ視線を向けた。眉間に皺を寄せ、「あーあー」と怠そうにこめかみに触れる。

何かに抗っているようにも見えたが、やがて彼は、うんざりしたように指を鳴らした。



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