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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
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8 追いかける



「ルカ!?ななななんであんたがここに……!!」

「乱蔵さんと話してて。フレア、声がいつもより低いみたいだけど大丈夫?遠くへ休暇旅行してるって聞いてたけど、どうしてここに?」


いつも通りの笑みを浮かべてはいるが、ルカの目は全く笑っていない。

フレアが男性の姿になってしまっていることには気づいていないらしい。とは言え、こんな姿は見られたくなかった。この声も。何もかも、可憐だった頃の自分とはあまりに違いすぎる。

――――別に、ルカに何と思われようとどうでも良いことではあるけれど。



押し黙っていると、乱蔵が手短に事の経緯を説明し始めた。

ルカの顔が徐々に曇っていく。


「成る程…いつもとちょっと違うなあと思ったら」

「ちょっとどころじゃ…ないでしょ。こんな変な姿、できるなら誰にも見られたくないわ」

「変じゃないよ。ちっとも変じゃない。男性の姿であっても、君は素敵だと思うよ」


さらりとキザなことを言われ、フレアは言葉を詰まらせた。

ルカはこんなことを言う子だっただろうか?


「取りあえずどうしようか。カノンたちもフレアのことすごく心配しているんだけど…フレアは、どうしても皆には会いたくないの?」

「当たり前でしょ。それだけは絶対にあり得ないから。ルカは余計なことしないで!わかったわね!」


乱蔵がやれやれと肩を竦める。その仕草に苛立っていると、背後で悲鳴が響き渡った。

驚いて振り返れば、二人組の男が闇雲に暴れているところだった。近づく者を殴り飛ばし、噛みつき、辺りは阿鼻叫喚に包まれている。男の目は二人とも白いところが真っ赤に染まり、その表情は虚ろで狂気じみていた。


ルカの行動は早かった。フレアに「離れていて」と告げた後、怯え一つ見せずに男と群衆の間に割って入った。


「離れてください!! ここは僕が何とかしますから!」


乱蔵が「やるなあいつ」と感心したように口笛を吹き、加勢しに行く。

ルカが一人の男の背後を取って締め付け、乱蔵が縄で縛り上げる。示し合わせたように鮮やかな手並みだった。


その合間に、もう一人の男は脱兎の如く逃げ出した。

逃げるという選択肢を取れる程度には、理性が残っているらしい。


捕らえられた一人は、口から泡を飛ばしながら獣のような唸り声を上げている。とても人間のそれとは思えない。


「ねえルカ、さっさと警備兵に突き出して終わりにしましょう。こいつらまともじゃないから。関わらない方がいい」

「うん…。この人は警備兵に任せよう」

「この人は?」

「もう一人、そう遠くには行っていないと思う。フレアたちはここにいて」


そう言うと、ルカはあろうことか逃げ出した男の後を追い始めた。

もっと臆病な人間だと思っていたのに、その向こう見ずな行動は、彼らしくはないものだった。

聖騎士らしい、と言えば、その通りではあるが。


驚いたのは乱蔵も同じだったらしい。さすがにそこまでするとは思わなかったのか「本気かあいつ」と目を瞠った後、近くにいた男性に「こいつが逃げ出さないように見張ってろ。この縄はそう簡単に解けねえから大丈夫だ」と言って駆け出した。


フレアは慌ててその後を追った。


「ちょっとねえ!私を置いて行かないで!!」

「お前は来なくていいぞ。厄介事に巻き込まれたくないんだろ」

「そりゃ巻き込まれたくはないけど……」

「あいつは俺が連れ戻す。ガキが無茶しやがって。こんなのは大人に任せときゃいいんだよ」


その顔には焦りと怒りが滲んでいた。

フレアは黙って彼の後についていった。




追いかけた先は、寂れた廃工場だった。ルカの小さな後ろ姿が、工場の中に消えていく。


中を覗きこむと、逃げ出した男が床に倒れている。力尽きたのだろうか。

すえた臭いが辺りに漂う。


工場の奥に、男の子がいた。小さな背丈、フードを目深に被っていて、顔は見えない。

土を集め、ひたすら人形を作っている。遊んでいるのだろうか。

しかしそれにしては、子どもが作るには異質な、大人ほどもある背丈の人形だ。…いや、人形だけではない。


傍らには、縛られ、転がされている生きた人間がいる。布を噛まされ言葉を発することもできない彼らは、助けを求めるようにルカの方へ視線を向けている。



工場の奥から、誰かが出てきた。

異様に背の高い、痩せた男だ。



その顔を見て、フレアは言葉を失った。




「レイン…?」




彼の口元には、いつもの笑みは浮かんでいない。だが間違いなくそれは、フレアのよく知るあのヤブ医者だ。隣で、乱蔵が息を飲むのがわかった。



レインは気を失った男を冷たく見下ろし、小さくため息を吐いた。



「やれやれ……またこんなものばかり作って。どうするんですか」

「煩いなあ。下僕は黙ってろよ。今は試行錯誤してるところなんだから…ん?誰、君」


そこで初めて、男の子はルカの存在に気づいたようだった。

レインはルカを見て、僅かに目を見開く。



「僕はルカ・ローズ・イグニス。君たちは、一体ここで何を――――」

「イグニス!?イグニスって、あのイグニス?ねえじゃあ君、フレア・ローズ・イグニスって知ってる!?」

「え?」


男の子の声が興奮で上ずる。

フレアは自分の名前が出されたことに、思わず悲鳴を上げそうになった。


「捜してるんだあ。ちょっとあの子の能力がほしくって。発火ってね、一番凄いんだよ。知ってた?だってほら、あいつの能力だからさ。一番厄介で、一番強い。それに何より、あの男も欲しがると思うんだ」

「えっと、何を言っているの…?」

「あの男だよ。僕を殺した、憎くて憎くて堪らない、大嫌いなあの男」


フードが揺れる。一瞬見えた瞳は、どこかで見たことのある、濃紫色をしていた。


「そうだ、君にも見せてあげよう。僕の作った人形。…ああ、そいつはもう要らないね。やっぱり魂の質が悪いのは良くない。質が良いのじゃないと、体の方も脆いみたい。意思も薄弱で何て言うかこう、面白くない。高潔な魂であればそれだけ、この土の人形も、より本物に近くなるはずなんだ」


ルカが追っていた男の体が、ぼろぼろと崩れていく。あっという間に土の塊になったのを見て、ルカの顔色がさっと青ざめる。

その表情を楽しむように、歌うようにスキップをして、男の子は足下に転がる一人の青年の肩を、とんとんと叩いた。青年は怯え、助けを求めるようにぶるぶると首を振っている。



「さあ、君の魂はどんなかな?」



青年の頭の先から、ぬうっと何かが出ていく。白い靄のようなもの。

青年はぷつんと糸が切れたように意識を失い、白目を剥いて項垂れた。


男の子は手をひらひらとさせ、まるで白い靄を操るような仕草を見せながら――それから先程作ったばかりの土の人形の一つを、とんとんと叩く。

びくりと震えた土の人形は、やがてむくむくと立ち上がり、その体が本物の人形のような色を帯びていく。


丸かった土の手は節くれ立ち、髪が伸び、そこに倒れる青年と同じ服を着て、靴を履いている。開いた目は、白目のところが真っ赤に染まり、口元からはだらだらと涎が流れる。

土から作られた青年は跪き、げえげえとヘドロのようなものを口から吐いた。




「……うーん、微妙!」




男の子のケラケラと楽しそうな笑い声が、廃工場の中でこだました。


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