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【改稿版】ほむらの剣  作者: 神田祐美子
最終章 フレアと小さな恋の約束
102/115

7 言い過ぎる




アレクシア・アスター・ルークスは、女王の一人娘であり、れっきとしたこの国の王女である。

フレアは直接会話を交わしたことはない。そういう機会はなかったし、興味もなかった。


女王の夫は、凡庸な人物であったと聞いている。見た目も才覚も、何もかも凡庸で突出したものがない。

家柄と人柄だけはよかったらしい。

娘が生まれた後、病を患い、若くして亡くなった。


もし父親が生きていたならば、娘はここまで捻くれることはなかったかもしれない。

アレクシアは父に似て凡庸な見た目、王室の英才教育を受けてもその才覚はパッとせず、おまけに性格も悪いとあって、散々な評判だった。恐らくフレアの次くらいには問題児扱いされているのだろう。



「貴方がクリスタのダンスの相手って本当?ぷふっ、本当にどこで拾ってきたのかしら。レオンはよく許したわねえ、クリスタってもっと大事にされているのかと思っていたけど」


アレクシアは可笑しそうに甲高い笑い声を上げた。

フレアは舌打ちしそうになるのを堪えながら、お茶を一気に飲み干した。


運が悪かった。

ルークを一目見て何かあると察したらしいアレクシアに詰問され、レオンから『クリスタのダンスの相手』と聞き出した彼女は、ルークと二人きりでお茶をしたいと、むりやり場を設けさせたのだった。


レオンたちは断ることもできたはずだが、結局彼女の願い通り、丁重にもてなすことにした。

アレクシアの機嫌を損ねる方が後々面倒だと判断したのだろう。



「ねえ、貴方クリスタに惚れてるの?」

「はあ?んな訳ないですけど」

「じゃ、どうしてダンスの相手なんてしてあげようって思ったの?お金?弱みでも握られた?もしかして貴方…実は犯罪者とか?」


目がぎらぎらと輝いている。クリスタにとって何か後ろ暗いことを聞き出したい、クリスタの弱みに繋がることなら何でも知りたいと、その醜悪な表情が語っている。


クリスタの事が嫌いなのはフレアも同じだ。

娘であるのにまともな愛情を注がれていないのだろうアレクシアが、彼女に嫉妬するのも理解はできる。



ただ、だからと言ってアレクシアに同情はしない。

同情ができる程、彼女はフレア好みの性格ではなかった。



「別に何も。善良なただの一般人ってだけです」

「嘘吐かないで。私、嘘吐きってすぐにわかるの。王女相手に嘘をつくなんて、貴方偽証罪で捕まってもよくて?」

「はあ…よくわかんないすけど、偽証罪ってそれ意味あってます?」



アレクシアは声を潜め、囁くように命じた。


「貴方、私のダンスの相手になりなさいよ」


フレアは思わず眉を顰めた。


「お金がほしいの?それとも身分?レオンより、私の方がもっと良いものを貴方に用意してあげられるわよ?当日にクリスタのエスコートを断って、私の方へ来てくれればそれでいい。知ってる?あの子は男性に触れると特殊能力が発動するの。そんな爆弾みたいなの持ってる相手とダンスなんて嫌でしょ?それはちゃんと知らされていた訳?」

「…………」

「当日まであの子の相手を務めるフリをして頂戴。ふふっ、急にパートナーがいなくなったら、あの子どんな顔をするでしょうね?」


アレクシアの言動、その表情が、かつての自分と重なった。

首を振ったフレアに、アレクシアは脅すように顔を近づけた。


「貴方に選択の余地はないわよ?私の命令に背くつもりなら容赦はしない。その時は――――」

「牢屋にでもぶち込むか?拷問でもするつもりか?やれるもんならやってみろよ。あんたの手先になるような頭の弱い馬鹿は、俺が全員ぶち殺してやる」


頭が沸騰したように熱い。

まずいとわかっているのに止められない。ぶつかった視線のまま、フレアは言葉を続けた。


「くだらねえことに頭使ってる暇があったら、ちょっとは王女様らしい所作の一つ覚えたらどうだ?庶民の俺から見ても、あんたはクリスタと違って品がないぜ」


アレクシアの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。何も言えずわなわな震えている彼女をそのままに、フレアは席を立った。




こそこそと屋敷を後にして、市場を歩く。


後でレオンにしこたま怒られることは覚悟しておかなければならない。アレクシアのことだ、先程の暴言について大袈裟に騒ぎ立てることだろう。勿論、自分のことは正当化して。

ただ実際、言い過ぎた自覚もある。王女相手にあれはまずかった。どうしてあんなに怒りを感じてしまったのか、今となってはよくわからない。適当に聞き流しておけばよかったのに。



「は~あ。何やってんだか…」

「何をため息をついている」

「いろいろあったんだよいろいろ、ってうわっ!君…シオンか?」


いつの間にか隣を歩いていたのは、いつか真夜中に見かけた濃紫色の髪の少年だった。

神の名を名乗った少年。変質者を前に、フレアよりも冷静に対処した随分大人びた少年。


フードの下から、彼はうんざりしたようにルークを見上げた。


「君の容姿は目立つ。嫌でも目につく」

「それは褒めてんの?貶してんの?」

「…………」

「まあいいけど…。それよりこの前は大丈夫だったか?いつの間にかいなくなってただろ。ほら、変な男に襲われた後」

「心配は要らない。僕は君より丈夫だ」


シオンはすまし顔のままそう言った。フレアは信じられないと肩を竦める。


「まだ子どもなのに、ほんとに達観してるよな、何か」

「…子どもじゃない」

「すごいなとは思うけど、不安な時は不安だって言っていいし、寂しい時は寂しいって、素直に言った方がいいんじゃないか?親御さんは? …………いないのか?」

「……。何かあったのか」


質問には答えず、シオンはどこか心配そうな目線をフレアに向けた。

フレアはぎくりと顔を強張らせた後、「なくはないな」と視線を逸らした。


「俺には家族がいなかったらしい。血が繋がってると思っていた相手は、血の繋がっていない、文字通りの他人だった」

「…………そうか」

「おかしいよな。愛されてない自覚はあったんだ、ずっと。何でこんなに嫌われてんだろうって、ずーっと不思議だったことの答えが、ようやくわかったってだけ。愛されてないってわかってたんだから、ショックなんて受けても仕方ないのに、今更……。馬鹿だよなあ。どっかで、実の父親だから、いつかは…って、思ってたのかな」


言葉がうまくまとまらない。幼い子どもの前で泣きそうになって、慌てて目元を拭った。

しばらくして、シオンは言葉を選ぶように口を開いた。


「……血が繋がっていても殺し合う家族だってある。血の繋がりなんて、大したものじゃない」


物騒な慰めに、フレアは思わず吹きだした。

あはは、と声を上げて笑うフレアを見て、シオンは「そんなに笑えるなら大丈夫だ」と、少し安心したように微笑んだ。


「ああ、ありがとな。シオンは優しい子だな」


礼を伝え、頭をぽんぽんと撫でると、シオンは少し動揺したようだった。

その表情は、ようやく年相応の幼さを感じさせるものだった。



その時、人混みの向こうから乱蔵の顔が見えた。声を掛けた後シオンの方を見ると、彼の姿は跡形もなくなくなっていた。



乱蔵は苦い顔をしていた。どうしたのかと首を傾げると、彼の背後からひょこっと、今一番会いたくない人が顔を覗かせたところだった。



「フレア?遠くに出かけてるって聞いたんだけど…どうしてここに?」



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