35、誕生日パーティーと伝説の生き物
そして時は流れて半年後。
私達は、無事に全員が十九歳の誕生日を迎えていた。
幾つかの友好国の大使も来ていて、父の後継者である長兄は挨拶周りに忙しい。
次兄は明後日婚約発表される相手の女性にべったりで、妹は明後日の結婚相手と共に国内の貴族と談笑していた。
取り残された私は、ご馳走巡りで忙しい。
今年は私が昼にも人型がとれると各方面にバレてしまったので、今までサボっ……免除されていたパーティー最後のダンスをパートナーや招待客としなければならないのだが、それまでは楽な狼型をとっている。
この国は狼王の治める国であるからして、狼型でうろうろしていても誰からも何も文句を言われない。
友好国の大使達も、付き合いの長い人であれば私の姿に慣れている。
「エーベル、次はあれ欲しいっ!」
「はい、ヴァーリア様」
「エーベル、これもう一回食べたいっ!」
「はい、ヴァーリア様」
けれども、我が国筆頭となった超一流の猛獣調教師であるエーベルに給仕をやらせれば、それはまた別な訳で。
私の後ろをいそいそと付き従い、せっせと奉仕活動に明け暮れるエーベルを見て、貴族達は遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソと何やら話した。
「ヴァーリア殿下は、あんなことをエーベルハルト様にやらせるなんて、何を考えていらっしゃるのかしら」
「本当に。恋人と噂されておりますけれども、あんな風にこんな公の場で扱うなんて、失礼極まりないですわよね」
いやいや、がっつり聞こえますがな。
ヒソヒソ話をされても幸か不幸か狼型の私の耳には簡単に入ってきてしまう。
私だって、食事の横に並んだメイド達にやって貰うつもりだったんだよ!?
でも、エーベルが「何故私がいるのにヴァーリア様のお世話を赤の他人に取られなければならないのですか!?」と泣いて嫌がるんだよ!
エーベルは基本的に私や私の父以外のご機嫌を伺うことなんてない。
一に私、二に猛獣。三にも四にも猛獣、猛獣。
だから、貴族達を話すマネキンかジャガイモか位にしか考えていないだろうし、彼等の目に自分がどう映ろうがしったこっちゃないのだろう。
かくいう、私はそういうエーベルのぶれなさも好きだから、人の目は気にせず極力エーベルの好きにさせている。
そもそも、今まで狼型しか見せてない私、五人兄妹の中でも基本的に言い寄ってくる貴族がいないから気楽なものだ。
しかし、今回のパーティーではそんな私にも珍しく声を掛けてくる人達もいた。
「ヴァーリア殿下、お誕生日おめでとうございます」
「一回り大きくなられましたね」
「おー!ありがとう皆!元気にしてた?」
北の森で一緒に調査を行っていた調査隊の面々が、今は普段の業務に戻って警備や護衛をしていたのだ。
普段は見かけても会釈する位だけど、今日は誕生日だからわざわざこうして声を掛けて来てくれる。
ちょっと嬉しくて、尻尾が左右に揺れた。
「よぉ、エーベル。久しぶりだな」
「隊長、お久しぶりです。今は忙しいので後にして下さいませんか?」
「お前、相変わらずだな……!!」
エーベルと隊長がじゃれていると、城の中庭が何やら騒がしくなった気がした。
「あ!ヴァーリア様っ!!」
私は会場からバルコニーへと駆け、ひょいと手摺に飛び乗って下を見た。
「うわぁ……」
そりゃ、兵士もざわつく筈だ。
中庭には、パーティーの開催時刻には少し遅れた招待客が到着していた。
服装からして、東国のようだ。
東国の一行の中心に、やたらきらびやかな布や装飾の施された……確か駕籠と呼ばれる乗り物に、偉そうにふんぞり返った男性が乗っていた。
でも、兵士達がざわついた理由はそこではない。
彼がまるでペットのように鎖で繋いで引き連れている動物。それは……。
「ドラゴンですね」
「やっぱりそうか」
私を追い掛けてバルコニーに到着したエーベルは、真剣な顔をして中庭を見ていた。
***
ドラゴンは、単体で人間を余裕で殺せる力は持っているが、この世界において猛獣とは少し括りが違う生き物だ。
彼らは東国より更に東に住んでおり、この世界における大地……陸地を人間と住み分けしている。
つまり、この世界の人間と横並びの存在として、ドラゴンが君臨しているのだ。
だからあんな、ペットのように鎖で繋がれているなんて、本来ならあり得ないし許されない。
個体数が人間と比べて圧倒的に少なく、誇り高き生き物であるドラゴン。
それが何故、東国の人間に一切逆らう素振りもみせず、従順な立場に甘んじているのかわからず、私は直ぐにバルコニーから中庭へと崖を下る要領で一気に駆け降りた。
「ヴァーリア様!」
「エーベルも直ぐに来て!」
エーベルに叫ぶと、私は一目散にドラゴンの元へと駆けていった。
近付けば近付く程、我が国の兵士と東国が何か揉めているのがわかる。
通訳が必死に早口で訳しているところを抜粋しよう。
「……ですから、ドラゴンを王城内へ入れることは、我々の一存で勝手に許可は出せないのです」
「前例がないだけであろう?余はただ、そなたらの国の、めでたきこの日に、手懐けたドラゴンのちょっとした芸を見せる為だけにわざわざ赴いてやったのだ。こいつは余の言うことならば何でも聞くからな。危ないことなど何もない」
「今、陛下に確認を取って──」
「余を待たせるとは、無礼であるぞ!」
……という会話をしているみたいだ。
ではいざ!第一王女の出番!!
「東国の大使様。遠路遥々、ようこそお出でくださいました」
私は狼型のまま、シュタッと東国の人間と兵士の間に上から割って入った。
東国の人間はうろたえ慌てて武器をこちらに向けたが、直ぐにこの国が狼の治める国だと思い出したらしい。
そそくさと武器を引っ込めてくれて何よりだ。
兵士や通訳が東国の推定お偉いさんに、私の紹介をしてくれるのを待って会話を始めようとしたが、その手は私を示しているのに皆しどろもどろだ。
「……あ、あの、えーっと……その……」
「……?」
ん?
私が首を傾げた時に、エーベルの大声が遥か遠く後ろからした。
が、何を言っているのかわからない。
しかしそれを受けて、東国の推定お偉いさんが何かを言い、それを通訳が私に言う。
「貴女が第一王女のヴァーリア殿下でいらっしゃいましたか。初めてお目にかかる、この度東国の代表で参った東国第四皇子の宗徳と申します」
第四皇子?
普段であれば、東国だと第一皇子が大使として来国されるのが常であったが、何かあったのだろうか?
てか、誰も私がヴァーリアだとわからなかった訳ね!!
恐らくエーベルが東国語で私を紹介してくれてのこの反応だ。周りの兵士達は明らかにホッと顔をして、中にはヒソヒソと「ヴァーリア殿下だったらしい」と耳打ちしている輩までいる。
狼型でも、五人の差異が大分出てきたと思っていたけど、それは身近な者だけの話だったらしい。
私は第四皇子に合わせて東国の挨拶を……狼型だと出来ないので、挨拶もそこそこに本題に入る。
「こちらがドラゴンですか?我々に見せる為に、わざわざありがとうございます」
そう言いながら、ドラゴンに怪しい動きはないか目を走らせた。
そしてドラゴンと目が合うと、私の背にゾクリと寒気が走る。
あ、これは確実に負けるわ。
本能ではあっさりと負けを認めつつ、ヒュンと股の間に入りそうになる尻尾と垂れそうになる耳を懸命に奮い立たせた。
けれども、これだけ強いドラゴンがこの偉そうにふんぞり返った弱っちそうな人間……もとい第四皇子に従うとは思えない。
「ええ、私が手懐けているドラゴンです」
通訳は敬語を使っているが、間違いなく上から目線で話しているだろう。
狼型の私を品定めするような視線が、誰かを思い出させる。
……そうだ、あいつだ。
乙女の身体に十円ハゲを作ろうとしたグデーラ伯爵にそっくりだ。
それを思い出してしまった私の第四皇子への心証は、どんどんと急降下していく。
我々の誕生日パーティーを開催している会場は出入口も大きく、このドラゴンが入れない訳ではない。
だが、来賓客は他の国からも来ているのだ。
会場へ入れて、万が一何か起きてしまえば国際問題へと発展する。
──さて、どうしたものか。
私が頭を悩ませていると、エーベルが私に「ここは私にお任せ頂けますか?」と囁いた。




