36、まさかの求婚
私が無条件で頷くと、エーベルは何かを第四皇子に告げた。
むむむ、いつの間に東国語なんて話せるようになったのだろうか?
ちょっとカッコいいとか思ってしまう。
王女の癖に、私が話せるのはこの国の言葉と精々帝国語位だ。
「私の責任で第四皇子殿下とドラゴンをパーティー会場へご案内致します。誰か先に陛下へご説明をお願い出来ますか?」
エーベルが周りの兵士に言うので、「私が伝えとくよ」と言って身体の向きを変え、父がいる会場へと先に走ろうとした。
兵士からは言いにくいだろうし、私の方が断然足が速い。
けれども、会場の方から兵士の一人が「陛下の許可が下りました!」と息を切らせながら走り寄ってきたので、その場で足を止める。
第四皇子は満足そうに頷き、「さっさと案内しなさい」的な何かを言っていた。
私とエーベルは、第四皇子の大行列を見送りながら言葉を交わす。
「エーベル、どう思う?」
「瞳の色がしっかりしていますし、何かの薬物が使われた形跡はありませんね」
「じゃあ、本当に第四皇子が手懐けたってこと?」
あんな、ドラゴンを見世物にして自分の立場を誇示しようとする人間が?
エーベルは直ぐ様否定した。
「それはないですね。あのドラゴンは、第四皇子を直ぐにでも殺したい程憎んでそうですし……何か理由がありそうですが」
「ふーん」
大行列の最後尾にさしかかると、私の耳がコツ、コツ、という堅いものを叩くような聞き慣れない音を拾った。
……ん?
左右の耳を動かして音の出どころを探るが、もう音はしない。
「エーベル、今の聞こえた?」
「いえ、すみません」
「そっか」
でも、私がその音を拾った時、明らかにドラゴンがこちらを向いたのだ。
「貴賓がいる中、陛下がドラゴンを確認もせずに入れたとなると……何かご存知かもしれませんね」
「……うん」
私達の誕生日はまだしも、明後日には妹の結婚式だ。
何事もなければ良いなぁ、と思ったけれども……そんな訳にはいかないのだった。
***
「ヴァーリア殿下っ!どちらに行ってらしたのですか!!」
「必ずダンスの御披露目二時間前までにはお戻り下さいとあれだけ言いましたよね!!」
「ごめんー!ごめんー!!」
すっかり忘れてました。
侍女に見つかり、文字通り首根っこを掴まれた私はずるずると侍女長の前に引きずり出され、自分の部屋でお説教を食らっている最中だ。
誕生日パーティーは、公式的なものは夕飯の前に終了する。
その後は立食でもテーブル席でも自由に食事をとって談笑して貰い、食後は完全にホールを開放して好きに踊って食べて飲んで語って頂く時間となる。
私は夕飯食べたらいつも引っ込んでいたから、よく知らないけど。
「このままでは間に合いません!さっさと人型になって下さいませ!!」
「今さー、丁度ドラゴンの……」
「今日はヴァーリア様のお誕生日なのですよっ!!」
怖いー!怖いよー!!
ドラゴンがどんな芸を見せるのか、気になっただけなのにぃ……すっかり忘れていたことは棚上げしとく。
「そんな、耳や尻尾を垂れて反省をお示しになられても……まぁ、多少は……可愛らしいとは思いますが、許しません。今日はヴァーリア様の人型を初めて御披露目する大事な日なのです……!!私達でさえ滅多に見ることが出来ないのに……っっ!」
「さぁ、ヴァーリア様!早く人型に!」
「わかったよ~~」
お昼からの人型は疲れるのだけど、仕方ない。
私は「こちらにどうぞ」と言われた風呂の洗い場で伏せをする。
私が伏せるとすかさずタオルケットが私の身体に掛けられ、私が人型になるのを今か今かと待ち構えられる。
……こんなに大勢の前で集中なんて出来るか!
でもやらねば、侍女長が再び鬼の形相になるだろう。
私は目を瞑り、頑張って身体に意識をして人型になった。
視界に無事自分の腕が見え、銀の髪がサラサラとその腕に掛かった時には心から安堵する。
「ヴァーリア殿下……何て、お美しいのかしら……!!」
「お誉めの言葉ありがとー」
私はタオルケットを身体に引っ掛けたまま二足歩行で立ち上がった。
「……皆さん!感嘆感激感涙するのはヴァーリア殿下の準備が全て整った後になさい!さぁ、ヴァーリア殿下をぴっかぴかに磨き上げて完璧な淑女に致しますよ!!」
もうもうと湯気の上がる風呂が、侍女やメイドのやる気を鼓舞していた。
***
「完っ璧!完っ璧でございますわ、我らが珠玉のヴァーリア殿下……!!」
「……ミンナアリガトウ、オツカレサマー」
私は新手の拷問を何とか耐え忍び、ひたすらひたすら耐え忍び、やっとやっとやっと自由な時間を手に入れた。
「さぁ!もうすぐでダンスが始まってしまいますわ!」
「さぁさぁ!いよいよヴァーリア殿下の御披露目でございます!!」
いや全く自由な時間じゃなかった。
やたら長く足に絡んでくるスカートを蹴り上げるようにしてえっちらおっちらと何とか会場へと向かう。
やたら高いヒールの靴を履かされそうになったが、「どうせドレスで見えないし、そんなの履いたら踊れない」と言ってどうにか免除されていた。
今まで妹は、こんな大変な思いをしていたのか……!!
ごめんよ、いつも狼型でご飯だけ漁る姉で……!!
妹に懺悔しながらエーベルを探してキョロキョロするが、廊下には見当たらない。
人型は耳や鼻が効かないから不便だなぁ、と思いながら会場の方へと進む……のだけど。
……ん?
廊下で談笑してる貴賓や見張りの兵士、皆が何故かこちらを向いて道を開けるので軽くびびった。
後ろにドラゴンでもいるのかと振り返っても、ドラゴンどころか猛獣も人間もいない。
まぁいいや、どうもどうも~~!
私が愛想笑いを振り撒きながら会場内へ到着すれば、人型をした父と何やら話しているらしい、私のパートナーであるエーベルを発見した。
手を上げて呼び掛ける。
「エーベ……」
「何と美しい!!」
……は?
私は驚いてぐぎぎ、と顔をエーベルのいる方とは逆に向けた。
そこには、興奮した様子の東国の第四皇子と、それに合わせて話す通訳がいた。
東国の第四皇子を見て思い出す。
そうだ、ドラゴン。ドラゴンの芸は何だったんだろう?
私はキョロキョロしてドラゴンの姿を探したが、既に会場からは姿を消していた。
「余は東国の第四皇子、宗徳という」
うん知ってる知ってる。さっき挨拶したしな。
私は頷いた。
「余は貴女の美しさに驚いている」
はぁどうも。
さっきの狼型との反応の違いに私も驚いている。
……で?この人は一体何が言いたいんだ?
私は首を傾げた。
第四皇子が何かを捲し立て、通訳が慌てて言葉を被せる。
「貴女はこの国の貴族の者か?喜ぶが良い、東国の後継者である余の妃として、迎えよう」
……はい?
何か色々突っ込みどころが多過ぎて理解が追い付かず、これは何かのジョークなのかと思って周りを見渡した。
しかし、周りはシーンとして、私達の成り行きを見守っている。
ふと父とエーベルの方を見ると、そこには青筋を立てた父と、腰の鞭の柄に手を伸ばし、こちらにツカツカと歩み寄るエーベルの姿。
……鞭の柄!?
いやいやいやいや不味いでしょ!!
私は片手でどうどうとエーベルを宥めるようにジェスチャーをしながら、第四皇子に返事をした。
「あの、私は先程ご挨拶した第一王女のヴァーリアです」
通訳が第四皇子にそれを訳してもらうと、彼は仰天したような表情を示す。
そして、咳払いして言った。
「それは大変失礼致しました。では、同じ王族同士何の支障もありませんね」
いやいや、支障ありまくりです。
私はエーベルに人殺しになって欲しくありません。
他国の貴賓である王族殺しとか、本当に色々最悪だ。
私は近付いてきたエーベルに聞こえるように業と大きな声で言った。
「あ、有難いお申し出ですが、私には既に婚約者がおりまして……」
ほらほら、私はきちんとエーベルを婚約者として認めてますよー、だから安心してねエーベルー!
私はそう念じながらエーベルを見たが……エーベルは暗雲を背負いながら、私に笑顔を見せた。




