25、色々初耳、そしてファーストキス……?
はああああ、と食事を私の口に運びながらエーベルがため息を吐いた。
「私とヴァーリア様だけの……二人だけの秘密が……」
「おう、ごめんね」
流石に父から人型になれって言われたら断れない。
まぁ、エーベルも本気でそう言っている訳ではなく、「私だけが知っている」が「皆知っている」になったのが少し悲しいだけなのだろうけど。
「ヴァーリアは秘密主義だよね~」
母が私の横で、ご飯をモグモグしながら口を挟んだ。
皇后の筈だが、何故か母は宿屋の食堂で私達と一緒にテーブルを囲んでいる。良く言えば庶民的な母だ。
父は何やら先程到着した伝書を読んでから隊長と話し合いをしているのだが、父を差し置いて母と先にご飯食べた事がバレたら父拗ねそう。
「私、昼間にヴァーリアが人型取れる事知らなかった……エーベルハルト君が恋人なのも知らなかった……」
しょんぼりと言われて耳がペタリと閉じる。
「言わないで悪かったよ……」
エーベルの事はまだしも、人型の方をわざと話さなかったのは確かだ。
政略結婚を恐れていたのもあるし。
「陛下に言わないのはまだしも、母親に位言ってくれてもさー!私の子供達は、五つ子だからか兄妹仲良すぎて何も私に言ってくれないっっ!!」
嘆く母。恐らく妹が婚約者に恋をした頃の話を思い出しているのだろう。妹の恋愛話の相談にのっていたのは、専ら私……ではなく弟のイオだった。
しかしヴィーニルの気持ちはわかる。
いやだって、母に話したら父に筒抜けになりそうだし、そもそも母の傍に父がいない時はほぼない。
自分の恋愛話に父親巻き込みたい多感なお年頃の娘は少ない気がしますがね。
「でも、私がエーベルの話をしたのは、二人が初めてだよ?」
なんせ翌日だったからな……。
私がそう言うと、母はちょっと得意気なめっちゃ良い笑顔を見せた。単純で可愛い。
この人、母って言うより一番上の姉って感覚が拭えない。
「うふふー、そうだよな!ヴァーリアに好きな人が出来て嬉しい!!」
エーベルは、そう言われて照れまくりながらも母に質問した。
「……こ、皇后陛下の目から見てそう思われる節がございますか?」
「あるよ勿論!さっきから尻尾がゆっくりと大きく動いてるし、エーベルハルト君に声を掛けた時なんて腰まで一緒に大きく振ってたでしょう?話している時は目が細いし耳は後ろに傾いてるしで終始ご機嫌……」
「ちょっと!!母様!!」
「ん?」
恥ずかし過ぎる。
私、そんなに分かりやすかった!?
ちら、とエーベルを見ると、鼻の下が伸びてニヘラニヘラと笑いが止まらない様だった。
うん、相変わらず残念なイケメンだ。
「……これからは、気を付けるよ」
「ええ!?ごめん私、余計な事言ったのか?……でも、好きな相手に素直に好きって表現出来るヴァーリアを見てるだけで、私は幸せになる」
母は優しげな顔をしながら、手をそっと伸ばして私の頭を撫でた。ふんわり、あったかい気持ちになる。
「……あ、でも」
「ん?」
「ヴァーリアが恋したって事は……結婚するまで、エーベルハルト君大変かも」
「え?」
「それは……どういう事でしょうか?」
「……あなた達が中央に戻ってくるまでまだ時間あるし、話しておいた方が良いよねぇ……でも、食堂で話す内容じゃないからまた後でね」
「?うん」
***
「多分、ヴァーリアはこれから定期的に発情します」
「……えっ……?」
いきなり始まりました、性教育!?
「で、男の子ならその発散方法はもっと簡単なんだけど、女の子が一人で発散するのはちょっと難しくてね」
……つまり、妹は一人で発散出来なかったという事か?
「で、どうしたかと言いますと……両想いになった相手に、発散させて貰うんだ」
「……へぇ。へぇ??」
初耳情報満載過ぎてびっくりだ。しかし、成る程……それで、あの父の反応か。少し理解出来た気がする。
妹から好きな人が出来たという話と、その騎士と内々に婚約の話が進められていると聞いたのはほぼ同時期だったが、その理由が今ハッキリとわかった。
「って事はつまり?」
「エーベルハルト君の調査を多分陛下が行っているから、それで問題なければエーベルハルト君はヴァーリアの婚約者となって貰って、定期的に訪れるヴァーリアの発情を抑える役割をしてもらう事になる筈。あ、勿論成人するまで本番は許されません」
それを聞いた私は、ひきつった笑いしか出来なかった。
***
「エーベル、巻き込んでごめん……」
気まずすぎてエーベルと視線をあわせられず、私は俯いた。尻尾も耳も、へろんと垂れ下がる。
「何という役得……っっ!!何という幸運……っっ!!神よ感謝致しますっ!!生まれて良かった!」
エーベルは両手を組んで天井に向けて高く掲げ嬉し涙を流して喜んでいる様に見える……が、正直そんな良いモノではないと思う。
だって、単なる自慰の道具扱いでしょう?
それってエーベルの人権無視してない?
しかも、結婚するまでは交尾が許されないのだ。生殺しみたいなものだと思うのだけど。
私はそう思うのだが、エーベルは全く気にしていないみたいだった。
「ヴァーリア様にきちんと心ゆくまで発散して頂ける様に頑張ります!ああ、まさかこんなに早くヴァーリア様に触れられる日が来るなんて……!!しかも公認……」
「エーベル、そろそろ寝たいんだけど」
「……まだ発情期は来ませんか?」
エーベルの瞳に、期待の色がのっている。
「うん。幸いな事に」
何ら体調に変わりない事を伝えると、エーベルはわかりやすく肩を落とした。
「……そうですか……残念です……」
「発情したら直ぐにわかるみたいだし、その時は……た、頼むよ」
赤面せずにはいられない。
「はい、お任せ下さい」
エーベルは微笑み、そして真面目な顔をして言った。
「……ヴァーリア様」
「ん?」
「……恋人として、一度……口付けをしても……よろしいでしょうか?」
「へっ?」
口付け!?ああ、キスか。
そう言えば、兄妹や親の顔は舐めた事あるけどエーベルにした事はないか。
エーベルが艶っぽい表情をしたまま、顔を寄せてきた。エーベルの長い睫毛が完全に下がり、私の口先にエーベルの唇が優しく押し当てられる。
「……」
これ、キスって言うより……絵面的にギャグだ。
飼い主が愛犬にチューするのはわかるが、狼相手に本気で色気を漂わせてくるエーベルの強者感よ。
一向にそのまま時が経つので、仕方なく私は押し付けられている唇目掛けて、ベロンと舌で舐めた。
「……!!」
やっとエーベルが口先を離し、激しく動揺する。
「……い、今のは……」
「キスだよ?」
親愛を込めて舐めましたよ。
決して食べ物の匂いが口のまわりについていた訳じゃないよ。
「もう顔を洗えなくなってしまいます……!!」
「何で!?」
不衛生じゃん!洗おうよ!!
「……よ、翌日も舐めて頂けたなら……」
「わ、わかった。ただし、ご飯の後ね!?」
私の為じゃなく、エーベルの為にね?
「ありがとうございます!ヴァーリア様とのファーストキスを迎えられるなんて……!!そしてこれから毎日して頂けるだなんて……っっ!!」
待て。誰が毎日だなんて言った!?
いや、顔を舐める位なら別に……普通か?
私がこのことをどう捉えて良いのか頭を悩ませていると、強烈なにおいが鼻をつく。
……なんか覚えのあるこの状況は。
「すみません、興奮し過ぎて達ってしまいました」
「……」
変態でもいいじゃないか、って思ったの誰だ。私か。
ちょっと結論出すのは早かった様だ。




