26、鈍感にも程がある
きゅーん。
両親が北の森を後にしてから一週間後、私は宿屋のベッドでへばっていた。
身体が熱い。だるい。頭がボーッとする。
風邪ひいたのなんて、小さな子供の頃以来だ。あまりに久しぶり過ぎて、これが風邪ってやつだっけ?なんて隊員に確認しないとわからなかった程。
「ヴァーリア殿下、大丈夫ですかー?ここにお粥置いておきますね」
「あり、が、とー」
隊員達が代わる代わる世話をやきに来てくれたが、私がかかってしまう程の感染症は強力で怖いから、あまり近付かない様にお願いしていた。
「本日はヴァーリア様のお世話をさせて頂きますので!」と言って仕事をサボろうとしたエーベルは、結局勤務時間になると猛獣隔離室の管理人や猛獣遣いや副隊長にズルズルと引きずられて連行されて行った。
「ヴァーリア、さ、ま、あぁぁぁ………」
小さくなっていくエーベルの声にドンマイと心の中で答え、ともかく体調不良には睡眠だ!と一生懸命目を閉じ、訪れる筈の睡魔に身を委ね様としたが肝心の睡魔様は全く訪れる気配はなかった。
ダルくてゾクゾクする身体を持てあまし、ベッドの上でゴロゴロする。発汗しているみたいで、全身がベタついた感じがする。喉の渇きが酷く、ハァハァと息は荒くなるが鼻水や喉の痛みがないのは幸いだ。
隊員がお昼ご飯をテーブルに置いて行ってくれた後、良く知っている足音が聞こえてきた。
その足音が私の部屋に一直線に向かってくるのがわかると、勝手に右耳がピクピクと反応して尻尾がパタン、パタン、と喜びに振れる。
……確かに、母が突っ込むレベルで私はわかりやすかったらしい。
「失礼致します。ヴァーリア様っ……!お加減は如何ですか!?」
エーベルはノックをした後そっと扉を開け閉めし、私が薄目を開けている事に気付くとお粥を手にしてささささっと傍に寄ってきた。
「……あまり……変わら、ない、ダルい……」
「何てお痛わしい……可能ならば、変わって差し上げたいです……っっ!ヴァーリア様、ご飯は食べられそうですか?」
正直、あまり食欲はない。
「……エーベルが、食べさせてくれるなら……」
私がそう言って甘えると、エーベルは満面の笑みを浮かべた。
「勿論ですともっ!では早速頂きましょうか」
私は前足に置いていた頭を持ち上げ、あーんと口を開く。
いつもの残念ではないイケメンが微笑みながらスプーンを口元に運んでくれる。私はパクリと頬張りながら、ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
うーむ、エーベルに給仕されるなんていつもの事なのに、エーベルの顔を見ただけで下半身がキュンキュンする。これが恋ってやつかぁ……。
大人の階段を一歩のぼったので、私はニヘヘ、と笑った。
「はぁうっ……!!甘えん坊なヴァーリア様が尊いっ!!体調不良なのに不謹慎だとわかっていつつも、元気になってしまうっっ……!!」
エーベルがいつもの残念イケメンに成り下がり、ハァハァしながら股間をもっこり膨らませつつ、私のご飯をのせたスプーンだけはしっかりと稼働させる。
エーベルが私に発情するのもいつもの事なのに、私の身体はその股間を目にするとゾワゾワして毛が逆立った気がした。
……ん?熱上がったのか?
お昼ご飯も十分頂いたし、これ以上エーベルを傍にいさせて貴重な猛獣調教師に風邪を移す訳にもいかない。
「エーベル、ご馳走様、ありがとう。熱が上がったっぽいから、もう下がって?」
「……畏まりました」
エーベルは、私を驚く様に見て、次いで微笑み、思わずという様に私の頭を撫でた。
「「!?!?」」
いや、私が驚くのはわかるけど、何で撫でた方のエーベルも驚くのさ!!
「ししし失礼致しました!!許可もなく、ご無礼を……!!」
「……んー、エーベルだから許す」
母上に撫でられた時みたいに、あったかい気持ちになったからね。
「また、仕事を終えたら直ぐに参りますので……寂しいでしょうが、ゆっくり寝ていて下さい」
「うん」
「……ヴァーリア様……」
「ん?」
「……いえ、何でも。愛しています」
エーベルは、私の額にキスをして去って行った。
キスをされた時に初めて気付いたが、私の両耳は「寂しいから行かないで」とでも言うようにペタンと閉じていたのだ。
恥っず!!恥っずーー!!
私は赤面して悶えた。
***
「……ーリア様……ヴァーリア様……」
「……ん」
熱い。
身体がドクドク言って、止まらない。ダルい。
喉が渇いた……。
全く寝られない、と思っていたのに、どうやら寝てしまっていた様だ。
エーベルの心配そうな綺麗な顔が視界に入り、口角があがる。勝手に舌がレローンと隙間から落ちたが、戻すのもしんどい。
「ヴァーリア様、熱冷ましをお持ち致しましたが……」
「……あー……後で、飲む……」
狼型だと、人間用の熱冷ましは効かない。
人型になった方が、まだ多少効く感じがする。
狼型なところを見ると、まだ日没前の様だ。
「……エーベル……お願いが……」
「何でしょう?」
全身がベタベタして気持ち悪い。
私は、風呂に入りたい旨を伝えた。
「しかし、熱が上がられているのに……大丈夫でしょうか」
「……人型じゃないから……多分、へーき……」
ぬるま湯に浸かれば、ボーッとするこの頭も少しはすっきりする気がする。
「畏まりました。ご夕食は如何致しますか?」
「……ご飯より……何か飲みたいかも……」
「では、レモン水をご用意致します。それを飲んだら先に湯浴み致しまして、その後可能でしたら夕食を召し上がって下さい」
「うん……わかった……」
エーベルは食堂からたっぷりのレモン水を持ってきてくれた。
そして自室に戻り湯浴みの準備を整えると、レモン水をペロッと飲み終えた私に声を掛ける。
「準備が整いましたので、移動致しましょう」
「ん」
「では失礼致します」
エーベルが私の両前脚をひょいと掴み、そのままぐいと引き寄せられて正面で向き合い、両肩に掛けさせられた。
……ん?
エーベルの端正な顔が近い。
「……何してるの?」
狼型だから赤面していてもバレないだろうけど、鼓動が早くなった気がする。ドキドキうるさい。
そして、身体に掛けられた手からゾクゾクした感じが広がった。
「え?ヴァーリア様がお辛そうなので、抱き抱えさせて頂こうかと……」
当たり前の様に言うので、私は確実に胸を射ぬかれた。
「だ、大丈夫!!エーベルの部屋隣だし、それくらい歩けるからっっ!!」
私は慌ててエーベルから離れ、タン!とベッドから飛び降りてドアへ向かう。
急に動いたからちょっとフラフラするけど、人間が見ても気付かないレベル……。
「ヴァーリア様、無理なさらないで下さい。フラフラじゃないですか!」
なのに、エーベルは気付いてしまう。流石一流の猛獣調教師。
「大丈夫、大丈夫」
心配するエーベルの顔が見れなくて、よいしょと立ち上がりドアノブに手を掛け扉を開ける。
……ああ、駄目だ。
人型の時、エーベルにお姫様抱っこされても何とも思わなかったけど……狼型でも同じ行動をとろうとするから、私を心から労り大事にしてくれているのがわかる。
狼型であっても人型であっても、エーベルは私を私として見てくれているんだ。
そういう相手を選んだつもりとはいえ、こうして実感すると……正直、ちょっと泣けてくる程嬉しい。
変態ストーカー認定していた時は正直キモいと感じた事もあったけれど、恋は盲目とやらで、こんな人間に出会えた事は、ある意味奇跡なんじゃないかと思えてくる。
エーベルの部屋で準備してくれた『ヴァーリア様専用湯浴み』に身体を浸すと、ベタついていた身体が少しマシになった気がした。
……ヘソ天したい。
背中側もお湯に浸けたい。
でも、エーベルにお腹見せるのはちょっとプライドが許さない。
「ではお身体洗いますね」
「うん」
お願いします。身体を洗うついでに、手桶で背中もお湯で流して貰えるから我慢する事にした。
エーベルが石鹸を泡立て、私の体から洗ってくれ始めたのだけど。
「んんっ……、は、んっ」
「……」
何だろう?いつも通りに洗ってくれているのに、エーベルの指が身体に触れる度にビクビクと身体が過敏に反応する。
「……ヴァーリア様、大丈夫、ですか……?」
「え……?ぁっ、うんっ……、大、丈夫ぅ……っっ」
私の様子に速攻で気付いたエーベルは、「ヤバい、ヴァーリア様のお声が色っぽ過ぎる、下半身にクる……っっ」と呟きながら鼻血を垂らしつつ、それでも私の身体をシャンプーする手を止めなかった。
「エーベル、鼻血、出てる、よぉ……っっ、んっ」
「今拭いても止まらない気が致しますので、ひとまず先にヴァーリア様のシャンプーを済ませてしまいます」
「ん、ごめ……っ、何か、今日変……でっ」
結局そのままエーベルは最後まで洗ってくれた。
そして身体にタオルを掛けた時、
「……あ」
私はタイミング良く人型になる。
タオルを身体に巻いた私と、身体と股間を硬直させたエーベルが数秒、見つめ合い。
「……ヴァーリア様。風邪をひかれたとおっしゃっていましたが……あの、もしかして……今の状態、発情ではございませんか……?」
エーベルがそう問い掛けてきて、私はやっとその事実に気付いたのだった。




