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19/45

18、ツンデレペガススに涙目

翌日。

「……エーベル、大丈夫?」

私は少し反省していた。


どうやらエーベルは己の力で鞭から脱出する事が叶わず、朝礼前の打ち合わせに現れない事を変に思った隊長から頼まれた隊員が、結局助けたらしい。


「多少睡眠不足ですが、全く問題ございません」


その情けない救出劇が隊員の間に広まってしまったのか、ヒソヒソと遠巻きに噂話をしている者達には目もくれず、寝不足気味な顔ににこにことした表情を浮かべなからエーベルは真っ直ぐ私の前に朝食用の盆を運んできた。


うーん、動じない。

エーベルが人の噂なんて気にする人だとは思ってはいないものの、トラウマになってもおかしくないほど羞恥心を掻き立てられる出来事な気がするから、やっぱりエーベルの脳の作りは私とはちょっと違うのだろうと思われる。



「ヴァーリア様、お待たせ致しました。熱々ですから、気を付けて下さいね」

「は~い」

どう手を回したのか、エーベル以外の隊員は皆、ただ一度の給仕以降、もう私の給仕をしてくれない。


「ヴァーリア様はもう、成人されているのですよね、もう成人……結婚出来る歳……」

「そーだね~」

ブツブツ呟くエーベルに、私はモグモグ朝食を口に運びつつ適当な相槌をうつ。


この国では、十六歳になれば身分関係なく結婚する女性が多い。だからそれまでに、結婚相手を探しておくのが普通だ。

結婚相手は貴族の場合は政略結婚が多いが恋愛結婚も増えてきた。

十八歳で結婚した母は、遅くはないが早くもない。妹は母を見習って十八歳で今の婚約者と結婚するつもりらしいが、五つ年上の婚約者からすれば、もしかしたら今すぐ結婚したいと思っていてもおかしくはない。

出立時に寄り添いあう二人を思い出して、元気にやっているだろうか、と少ししんみりする。



ただ、思っていたより両親兄妹と離れていても寂しさは感じなかった。

それはきっと、エーベルがずっと傍にいてくれるからだろう。

エーベルの変態っぷりは、私の寂しさを紛らわしてくれる。



そう言えば、エーベルは私の恋人に志願していたな、とそこで何回目か思い出した。


恋人になったところで、エーベルと私の関係はどう変化するのだろう?

今までの関係が心地好くて、あまり真剣に考えてなかったけど……うーん、試してみるのはありかもしれない。



「エーベル、今日って何か予定ある?」

私がそう聞けば、エーベルは驚いた顔でこちらを見た。

まぁ、エーベルがこちらの予定を聞いてくるのが常だから、その反応もわからんでもない。


「いえ、ヴァーリア様にお供する以外の予定はございません!」

ハキッとエーベルは答えた。


「そ、そうか。じゃあ今日は、デートしよう」

「……」

エーベルは驚愕に目を見開き、彼が手にしていたスプーンはするりと皿に落ちる。


「……ヴァーリア様、私の耳か頭がおかしくなったみたいで幻聴が」

「エーベル、デートしよう」



幻聴じゃないよ、と言っても良いのだけど、エーベルの反応が面白いので見物してみた。


「……」

エーベルは自分の頬をつねってから、更に耳を引っ張った。


「ゆ、夢じゃない……とうとう自分の頭が願望まみれの幻覚を引き起こしたのかと思いましたが……」


普段エーベルにはその変態っぷりに動揺させられる事が多いが、こうして逆にエーベルの動揺を目の当たりにすると悪戯が成功したようで嬉しい。

抑えきれない喜びが勝手にぴこぴこと耳を動かした。



「はぁうっ……!ヴァーリア様が私とのデートをそんなに楽しみにされていたなんて……!!」

いや違うがな。

目敏く私の耳の動きを察知し、勘違いするエーベル。


「エーベル、私さぁ……ペガススに乗ってみたいっ!!」

すまんな、エーベルとのデートが目的というよりペガススに乗る事が私の願いだったんだ!!




***




「……申し訳ありません、ヴァーリア様……」

「うわーん!!全っ然乗らせてくれないーっっ!!」

私は、私にツンでエーベルにデレのペガススを前に泣くしかなかった。


何でっ!

人型で登場した私を「お前か」的に察知したっぽいのに、「まだ心を許した訳ではない」とばかりに前肢を高く上げるペガススにめちゃ拒絶されましたよっと。



悲しい。

だいぶ心の距離が近くなっていた気がしたのに、こちらの片思い止まりだったらしい。



まぁ、確かに狼型では慣れたとはいえ、人型でいきなり登場して背に乗せろと言われても、ペガススとしては警戒するのが当たり前か。

むしろ、パニックに陥らないだけ有り難いのかもしれない。



「……折角のヴァーリア様との騎乗デートが……本当に申し訳ありません……!!」

私が涙目になっている横で、エーベルはマジ泣きし出した。


イケメンの頬につぅ、と涙が溢れるさまは実情を知らなければある意味美しいと思うかもしれないけど、残念ながら私は知っている。


「エーベルは悪くないからさ、残念だけど元気出してよ!私がもっと人型でペガススと交流しておけば良かっただけだし」


何故かエーベルを慰める私。

ペガススに拒否られてるのは私の筈なんだが……。



「ヴァーリア様……お詫びに、私にヴァーリア様のお召し物を買わせては頂けないでしょうか?」

エーベルに真剣に言われて、私は自分の格好を見た。


唯一持ってきたお忍び用の平民服で、前回と同じく茶髪のカツラを装着している。

エーベルに言われて、何故かその上からフードつきのマントを羽織らされてもいた。


「どっか変?」

「いいえ、ヴァーリア様はいつなんどきでも凛々しく神々しいです」

「私、普段服着ないし勿体ないからいいよ」

「えっ……?ヴァーリア様、今何とおっしゃいましたか?」

「服買わないでいいよって」

「いえ、その前です」

「私裸族だから?」

「……ヴァーリア様は、夜……普段は裸なのですか?」


エーベルは、さっきまで泣いていた素振りさえなく真剣な表情で私を見てくる。


「うん」

「下着すら身につけないと?」

「うん」

「……」

急に黙ったエーベルの方をみると、赤いものがポタポタと垂れていて焦る。


うわぁ、エーベル鼻血出てる鼻血っ!!


「……失礼、興奮し過ぎました」

静かに興奮出来るんだね、高度な技だ。


ハンカチで鼻を抑えながら、「では私がヴァーリア様のランジェリーを初めてプレゼントすれば……」とブツブツ何か言っているが、何でそんなものをわざわざ着せたいのか意味がわからない。

朝になれば、布っ切れになる事間違いないからだ。


「服なんて着る機会少ないから、いいよ」

「で、では……」

「エーベルと一緒なら何でも楽しいから、なんにもないのにプレゼントとかいらない。ペガススに乗れないなら、人型でいるのもう疲れたし、一回宿に戻ろう?また狼の姿で良ければ午後にお出掛けしようよ」

「ヴァーリア様っ……!」

私がエーベルの顔を下から覗き上げると、エーベルは赤面して後ろによろけた。


顔近かったか、ごめん。


人型で他の人と接した事がないから、どうも距離感がつかめなくて困る。

身長とかエーベルにぐっと近くなるから気を付けないと。



「……あの、ヴァーリア様」

「ん?なーに?」

「許されるならば……ヴァーリア様のお(ぐし)を触らせ……いえ、見せて頂きたいのですが……」

「え?今?」


私はキョロキョロと辺りを見回す。

この町の猛獣隔離室は町と少し離れたところに立派なものが建っているので、辺りに人はいなかった。


「こう?」

私はフードを下ろしてカツラを外す。

カツラはどうしても蒸れてしまうから、さらりと吹くそよ風が髪を靡かせてくれるのが気持ち良かった。



「ああ、私の女神……っっ」

崩れ落ちる様にして私の前に跪くエーベルに呆れた視線を投げる私。


多分こうなるんだろうな、とは思っていたしどうでも良いけど、涙と鼻血ともっこり股間で折角のイケメンが台無しだった。

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