17、人型にも反応出来たらしい
さわ、と恐る恐る背中から優しく撫でられ、徐々に首回りと身体の側面を撫でられる。
うーん、気持ち良い。
エーベルの手ってこんなに大きかったっけ?
タコで少しゴツゴツした掌に、骨ばった長い指。
思えば猛獣を前に震えていたあんな小さな男の子が、良くこんなによく立派に育ったものだ。
マッサージの時やブラッシングの時はもっと毛の根元までざっくしと触れられるけれども、今は本当に上っ面を撫でられるだけ。
撫でられるのはイイコイイコと誉められている気分になるし、暖かい掌から穏やかな相手の気持ちがこちらに伝わってくるからとても落ち着く事が出来て好きな方だ。
とはいえ王族だから、母や父位にしか撫でられる事は殆んどないけど。
私の尻尾は私の気持ちを体現する為、自然とパタリ、パタリ、とゆっくり左右に揺れた。
──今日は久々に猛獣と対峙して緊張したし、夕食もしっかりと常宿で頂けた後だったし、一緒にいる相手は気心の知れた人物で、目を閉じたまま撫でられていた。
つまり何が言いたいかといいますと、一気に緊張から解放されたこの状況なら、多分誰でも寝てしまったと思うんだよね。
で、勿論私も寝た。
ご機嫌な尻尾は気付かぬうちに動きを止め、そのままエーベルの部屋で、ついうたた寝をしてしまったのだ。
***
「ん……」
肩がスースーした。
ぼんやりとした思考回路を辿り、明日は確か休息日だったなぁ……どう過ごそう、と思いを巡らす。
でも肌寒く感じるという事は、まだ朝にはなってないらしい。折角の休みだ、もう少し惰眠を貪ろう。
私は二の腕に感じていた毛布をずるり、と肩まで持ち上げて……。
「ヴァーリア……さま……っ」
……ん?
やたら近い距離で、エーベルの声が耳に入ってくる。
狼型であれば、遠くにいても耳に声が届くのはまぁわからんでもないが、冷たい空気を感じるという事は人型である筈。
漸く思考がクリアになって、私はパチリと目を開けた。
普段うつ伏せで寝るから、まず視界に入るのはシーツの白さだ。そーっとそのまま、視線を持ち上げると……。
「……エーベル?何してるの?」
何故か椅子に座った状態で、ぐるぐる巻きに何かで括りつけられたエーベルが充血した瞳でこちらを向いていた。
猛獣じゃない癖に、目が爛々として見える。
遠回しに言っても、怖。
それよりも、部屋の中は月明かりで多少の光が入ってくるとはいえ真っ暗だ。
もう夜中なのだろう。
エーベルのベッドを占領してしまったのかと思いつつ、両手でベッドを押してむく、と上体を持ち上げる。
「ヴァーリア様っ……!!」
「ん?」
エーベルが息を飲んで、ギュウッと目を瞑って下を向いた。
……おお、見事な股間のもっこり具合。
そこでやっと気付いた。
真っ裸じゃないか、私。
人型ではいつもの事で何とも思っていなかったが、エーベルの部屋で真っ裸じゃないか!!
「……見た?」
身体には何の違和感もない。
貞操が無事なのは、変態ストーカーのエーベルが気力を振り絞って自分の鞭で自分を椅子に固定したかららしい。
「ななな何も見ておりませんっ!!」
「私の胸さぁ、ヴィーニルより小さいのがちょっとした悩みなんだよね」
「いいえ、確かに慎ましやかかもしれませんが、ヴァーリア様のお胸は大変綺麗なお椀型ですっ!!」
見てんじゃんか。
毛布を胸元まで引き上げ、ジロリとエーベルを見る。エーベルは下を向いたままだったが、自分の失言に気付いたらしい。
多分ぐるぐる巻きにされてなければ、自分の口を両手で塞いだだろうなぁーと思い、つい笑いが漏れそうになる。
「た、確かにたった今、少しだけ見えてしまいましたが……っっ、ヴァーリア様に誓って、私は指一本触れておりませんっ……その、ヴァーリア様がお眠りになられた後、少しスハスハさせては頂きましたが……」
スハスハしたのか。
「日没後、ヴァーリア様が目の前で人になるご様子はそれはもう神秘的なお姿で……人になられた後も、つい、毛布を掛けるのを忘れてしまう程、美しいしなやかな脚線美や腰からお尻にかけてのラインや極め細やかな肌を舐める様に見てしまったのは確かではございますが……!!」
うつ伏せだからって女の裸を舐める様に見ても良いとは言えないんじゃ……。
「その後は直ぐに、ヴァーリア様が風邪をひかれぬよう、毛布を掛けさせて頂きましたっ!!胸や大事なところが見えないかと寝返りを期待してガン見していたのは事実ですが、たった今ヴァーリア様がサービス……上体を起こされるまでは、決して前は見ておりません!!」
エーベルのフォローは全くフォローになっていなかった。
多分普通の女性であれば、いくらエーベルの顔が良くてもドン引きしたかもしれない。
しかし私は普段から裸族なんである。
人型の裸を年頃になって他人に見られたのは初めてだが、人型でも狼型でも基本裸でうろうろしているのだ。
という訳で、私は裸を見られた事よりも、ひとまず思った事を口にした。
「エーベルって、人間相手にも勃つんだな!」
ふむふむ。
ひとまずエーベルと恋人になったと仮定して、狼型でしか愛されないとかはないらしい。
「当たり前じゃないですかっ!……まぁ、私はヴァーリア様以外に興奮した事がないので、今回自分もホッとしています」
ホッとしたんか。
「ベッド占領しちゃって悪かったね。自分の部屋に戻るよ」
「……その姿でお戻りに……?」
「うん?」
何かエーベルの瞳に剣呑な光が浮かんでいる気がした。
やだなぁ、人型真っ裸でエーベルの部屋の外に出て、誰かに出くわしたり見られたりしたら色々とヤバイ事位わかってますって。
私は一度毛布にくるまり、意識して狼型になる。
全身が毛に覆われた事を感じてから、ぶるりと身体をふるい、毛布を落として四つ足で立った。
「ああ、ヴァーリア様……先程のお姿も今のお姿も、本当になんと神々しい……」
エーベルは、うっとりとした艶のある顔でこちらを見ている。
もっこり元気な股間や、ぐるぐる巻きにされているのを気にしなければ、こういうのを色気があるというのだろう。
残念ながら、今は色気よりも変態がクローズアップされているが。
「狼型なら問題ないでしょ」
ひょいと私はベッドから飛び降りた。
「はい。人型は、私とヴァーリア様の二人だけの秘密ですから」
……もしかして、さっきの剣呑な雰囲気って、自分が処罰されるかもとかじゃなく……それ?
「じゃあね、お休みエーベル」
「おやすみなさいませ、ヴァーリア様」
扉の外には、誰もいなかった。
狼になっても何の音もしなかったから、大丈夫だとは思っていたがホッとする。
隣の自室に引き上げたところで、エーベルがまだぐるぐる巻き状態だった事を思い出した。
「……鞭、ほどかなくて大丈夫だったかな?」
あの鞭、荒れ狂う猛獣すら微動だにさせない拘束力があった気がするが。
一瞬悩んだ時、隣からエーベルの声が聞こえてきた。
「ヴァーリア様の姿も立ち振舞いも全てが愛し過ぎて下半身にクる……っっ!!ああ、私の女神に早く触れたい埋めたい撫でたい舐め回したい突っ込みたい……!!」
「……ま、大丈夫か~」
自分でやったのだろうし、まさか自分で取れない様にやってしまう程馬鹿ではないだろう。
「いいや、寝よ寝よ」
興奮しているエーベルの前に再び顔を出す勇気はないので、さっさと人型に戻って聴力を下げる。
ドスンバタンとエーベルは椅子ごと倒れて何やらズリズリしている様だったが、直ぐに睡魔に襲われた私はさっさと一人、夢の中へと旅立った。




