19、ヴァーリア信者エーベル浮気疑惑
そして午後。
この町に着いた日から、私は積極的にエーベルと屈辱のお散歩を重ね、最近では狼の姿でうろうろしても町の者達に驚かれる事がなくなった。
なのでめでたく本日から首輪とリードなしで町中に出る事にしている。
ひゃっほーい!自由だー!!
鬱陶しい紐がないの嬉しい。
紐がなくても「王女様だ!王女様だ!」と町の子供達が懐いてくれるのが嬉しい。
だがしかし、私の背中に乗ろうとする子供達を真剣に叱るエーベルが結構マジで怖い。
子供達が私の身体を撫でるだけでこめかみがピクピク動いているけど、血管大丈夫だろうか。
慌てて子供達を引き離しながらも、『ヴァーリア殿下は王族なのにおおらかで有り難いわね』なんてご婦人方が井戸端会議してくれるのも嬉しい。
遠くだから聞こえないと思って話してるんだろうけど筒抜けです。
町中を歩いていれば、様々な情報が集まってくる。
中央の城下町でもそうだったが、狼の聴覚を知らない者達は自分の話が聞かれていると気付かないまま、平気で非合法な打ち合わせを小声でこそこそっとしたりするのだ。
お陰で城下町の治安は非常に良くなったらしい。
町民達が話している事はとても些細な事であるが、繋ぎ合わせると実はとても有益な情報源となったりもする。
「最近○○ちゃん見かけないわね」と「あのおたく、子供いないのに子供服買ってたけど親戚でも遊びにくるのかしら?」が合体すれば誘拐犯が捕まったりもするのだ。
という訳で、私は町中をただ子供達にもみくちゃにされに外出しているのではなく、必要な情報を集めに出ているのである。
今日は取り立てて収穫はなかったが、「また猛獣遣いが……」という単語を耳にして気になった。
正直、この町の猛獣遣いはあまり協力的ではない。
エーベルに対して慇懃無礼な態度を取るし、軍隊がいないところで文句を言っているのを聞いた事もある。
けれども、広すぎる森を調べていくには大事な戦力だ。
自分達が今まで守ってきた土地を、急に現れた地元民でもない輩にあれこれ指示を受けなくてはならないのも嫌だというのもわかる。
また、私はエーベルと長くいすぎてエーベルに甘いところもあるから、贔屓目で見てしまうところもあるだろう。
国を思う気持ちや町の安全を願う気持ちは同じなのだから、是非上っ面だけでなく仲良くなりたいものだ。
婦人方の情報によると、猛獣遣い達はこの町を含む一帯を治める家門のグデーラ伯爵家とは懇意らしいから、そちらの方とも仲良くなればまたこの関係性も変わってくるかもしれない。
いつまでかかるかわからない、謎の猛獣捜査に派遣されてまだ一ヶ月も経っていない。
焦りは禁物だし、王である父は捜査以上に、国民へ自分達の国を治める狼一族がどんな者達なのか身近に感じて貰う為に私達を派遣したのだと考えて良いだろう。
「王女様!牙見せて~」
子供達に乞われて、頬の筋肉をぐいと上げる。
グルルと威嚇した時の様に皮膚が持ち上がり、中から現れた鋭い牙を見た子供達は「すげー!!」と興奮して拍手をする。
うむ、この子達を守る為にも頑張らなくては。
改めてそう思った。
夜、エーベルが会議中だと言うので、人型で一人ペガススに会いに行ってから戻って来た帰り。
多分普通の人間には聞こえないレベルなのだろうが、宿の開いた窓から、隊長の声が聞こえて来て足を止める。
「エーベル、お前可愛い女の子と町歩いてたって本当か!?町の女達から質問ぜめにあうんだが、ヴァーリア殿下はどうすんだ!?ヴァーリア殿下信者のお前に、とうとう春が来たのか……?」
エーベルが可愛い女の子と町を歩いていた?
脳裏にそのイメージが浮かんで、何だか楽しい気分でなくなる。
「何を馬鹿な事を。私には、一生ヴァーリア様だけです」
続くエーベルの返事に、何となく照れる。
そろそろ立ち聞きはやめようとその場を離れて部屋に向かった。
だから、その先の会話を私が知る事はなかった。
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「いやでも、お前が女の子と二人きりで歩くなんて……しかも、無視せずにまともに会話してたっぽいとか初めて聞いたからさー」
「……ああ、成る程。やっぱり誰の目が見ているかわかったものではありませんね。フードをかぶせたのに可愛い女の子と噂されるなんて……意味がない」
「え?やっぱり浮気?」
「違いますよ」
「じゃあ誰だよ!!」
「秘密です」
隊長がどれだけしつこく粘っても、エーベルは口を割らなかった。
**
早いもので、私達が北の森に派遣されてから一ヶ月が経過した。
森も猛獣遣いと協力してあらかた調べ終えたというのに、いまだ猛獣の急激な増加についての解明はなされていない。
その為猛獣隔離室を拡大する工事は急ピッチで進められ、森の外に出てしまった猛獣を捉えて調教するのにエーベルは多忙を極めていた。
猛獣調教師であるエーベルの仕事は、ほぼほぼ休みがない。
だから、休める時には休んで欲しいのに「ヴァーリア様欠乏症の私に、もふもふのご褒美を下さい」とか言われると無下にも扱えなくて困ってしまう。
エーベルが宿に戻れるのが日没後だとすれ違いも多く、とうとうエーベルに泣きつかれた私は仕方なくエーベルの寝室のベッドで惰眠を貪っていた。
今回ばかりは人間用のパジャマをエーベルが用意してくれたので、裸族の私も流石に腕を通している。
さらりとした布は肌触りがよく、身体を包む布地の感触を動く度に感じてはじめは違和感があったが、しばらくするとそれも直ぐに薄れた。
頭を撫でられた感覚で、目が覚める。
うっすら目を開けると、エーベルが私の顔を上から覗きながら銀色の髪をさらさらと撫で梳いていた。
疲れている筈なのに、その微笑みはとても穏やかで優しさに溢れている。
私は幸せな気分になって、寝惚けた頭でふにゃ、と笑った。
「エーベル、お疲れ様ぁ……」
「ヴァーリア様もお疲れでしょう。……どうぞこのまま寝てしまって下さい」
「……ん……」
私はとろとろと再び睡魔に身を投げようとしたが、エーベルの呟きが耳に入ってそれを諦めた。
「我慢我慢我慢我慢、可愛い唇に吸い付きたいけど無防備な首筋舐めたいけどパジャマ脱がせたいけど胸揉みたいけどお尻触りたいけど全身触りたいけどピー舐めてピー突っ込んでピーしたいけど、まだ我慢我慢我慢我慢我慢我慢……」
「……」
私が無言でむくり、と上体をあげると、エーベルは股間をもっこりさせたまま爽やかにのたまう。
「大丈夫ですよ、そのままお休み下さい。ヴァーリア様の頭を撫でる以外は我慢致しますので」
「うん、エーベル程エーベルの忍耐力信じてないんで、部屋に戻るわ」
そのままベッドから立ち上がろうとすると、寝惚けて足がもつれた。
普段眠いのに二足歩行で歩く事がないからだろう。
ふらついた私はエーベルにガシッと腕を掴まれ、そのまま横抱きに抱っこされる。
お姫様抱っこだー。あ、私本当に王女だったっけか。
背中に当たる熱い物体が気になるものの、エーベルの早鐘の様な鼓動に笑ってしまう。
狼であっても人であっても、私はエーベルをドキドキさせる事が出来るんだなぁと思うと少し嬉しかった。
そう言えば、人型でデートしてみようと考えてから、ペガススにすげなく断られて以来すっかり忘れていた。
今度また、ペガスス抜きで人型デートを提案したら喜んでくれるだろうか……そんな事を考えながら、ゆらゆらとした揺れが気持ちよくて私は再び寝てしまった。
「……ヴァーリア様は、口で言うよりずっと私を信用して下さっていますよね、本当に……」
と、エーベルが夢に落ちる瞬間言った気がした。




