第25話 猫もどき
ひとしきり泣いた後、僕と七海は立ちあがった。
七海が「アイツの状態を確認しないと」と告げたためだ。
それもそうだろう。また先ほどのように再生されてはたまらない。
僕らは完全に動きを止めているファロールに近づく。
改めて見るとやはり大きい。
全長20メートルはあるだろう黒い巨体が横に倒れているが、全身穴だらけだ。
その穴という穴から瘴気が立ち上り、霧散していく。
全ての穴が徐々に大きくなっていくのが観察できる。
やがては肉体全てが蒸発してしまうだろうと思えた。
「これ、アキトがやったの?」
「うん……たぶん……」
「どうやって?」
「殴って?」
七海の質問に対して思わず疑問系で答えてしまう。
戦っている間は無我夢中でわからなかったが、恐らく僕の仕業には違いない。
ただ、七海の剣でさえ通じなかった相手になぜ生身の拳が通用したのか。
その理由は僕が一番知りたいくらいだ。
「殴ってって……ミーディアム以外の兵器でILIMに攻撃が成功したなんて話、今まで聞いたこともないわよ。ましてや殴るなんて……」
「やっぱりそうなんだ」
「ええ。考えられるとしたら、あなたが宿主となったことで肉体になんらかの変化が生じたか、このファロールって個体と特別な繋がりができて、それで攻撃が通じたのか……」
「え!? やめてよ、こんなヤツとの繋がりなんて! 縁起でもない」
「でも、可能性はゼロじゃないのよね。今まで一度でもILIMの宿主になった人間は、確認されてる限り、全員が死亡しているし。万が一宿主に何らかの変化が起こっていたとしても、これまでは全く調査できなかった」
「全員死亡って……でも、現に僕はこうして生きているし。大体、コイツが僕を再び苗床にしようとしたから、ギリギリのところで死なずに戦えた。そう考えると、他のILIMだって一度苗床にした人間をもう一度利用するために生かしておくような気がするんだけど」
「うーん……今考えてもわからないことだらけね。それより、先にコイツを完全に消しておきましょう。放っておいても消えそうだけど、念には念を入れるべきよ」
「確かにね」
七海は剣を構える。
剣で完全に消滅させる方法は僕には一瞬ではイメージできなかったが、七海のことだ。何か考えがあるのだろう。粒子レベルにみじん切りしたりするのかもしれない。
七海の剣が振り下ろされる。
が、ファロールに当たる直前。
「え? 何っ!?」
ファロールの巨体から、何か白い物体(?)が飛び出した。
僕らから逃げるように距離を離していく。
「待てっ!」
僕は思わず追いかける。
筋力強化の効果がまだ続いていたので、爆発的な加速でもって謎の白い物体に追いつくことができた。
僕は飛び上がると、全身で覆いかぶさるようにして白い物体を取り押さえた。
「捕まえた!」
『にゃー! 痛いにゃ! 重いにゃ! 放してにゃ!』
「にゃー?」
謎の物体を逃さないようにしっかりと手で押さえつけてから持ち上げてみた。
何だこれは? 猫?
「アキトー!」
七海がこちらに駆け寄ってくる。
既にファロールの体は完全に消滅させたようだ。
「それ、何?」
「いや、僕にもよくわからない」
『やあ! ボクは善良な野生の猫なのにゃ! いきなり捕まえられて困っているにゃ! 野生に帰して欲しいにゃ!』
手のひらサイズと言っても良いくらい小さくて白い猫らしきものが、4本の足をバタバタさせながら必死で訴えてくる。
が、怪しさ満点だ。
どこの世界に喋る野生の猫がいる。
それによくよく見ると背中には小さな羽が生えているし、尻尾は先の方で二股にわかれている。そう、まるで蛇のように。
「お前、ファロールだろ?」
『ぎくっ! 何のことかにゃ〜? ボクは猫だから難しいことはわかんないにゃ〜? あはは〜』
「とぼけるな」
ゴスッ
七海が無言で猫もどきの腹に一発入れた。
ちょっと怖い。
『ぐへっ! 痛いにゃ! 何するにゃ! 動物虐待は犯罪なのにゃ! 動物愛護団体に訴えるにゃ!』
「何でただの猫が動物愛護団体なんて知ってるのよ? それは地球の知識よ」
『ぎくぎくっ!』
「それに、動物愛護法はILIMには適用外」
そう言ってもう2発ほどお見舞いする。
『ぐへぐはっ! くぅ〜ん……』
猫もどきは力なく項垂れる。
これが普通の猫なら擁護本能のようなものが刺激されるのだろうが、さっきまで僕たちを殺そうとしていたヤツの可能性がある以上、とてもそんな気にはなれない。
それに”くぅ〜ん”って……
猫型の癖に犬の物真似とは節操が無いやつだな。
それだけ演技できるのは、まだまだ堪えていない証拠だと思われる。
「七海、ちょっとこれ持ってて」
僕は七海に猫もどきを渡した。
彼女はそれを受け取ると全力で地面に叩きつけ、右足で強かに踏みつけた。
『ぎにゃっ! ちょっとこれは酷いと思うにゃ! 女の子が愛玩動物を踏みつけるなんて、少年漫画だったら絵面的にアウトにゃ! PTAが黙ってないにゃ! あ、パンツ見え「黙れ」
がすっ、がすっ、がすっ、と何度も猫もどきを踏みつける七海。
僕はそのやり取りを放っておいて、青の書を取り出し体組成解析を起動した。
個体名:ファロール
種族:ILIM?
膂力:人間の平均値と同程度
構成:不明 100.0%
やっぱりファロールじゃないか。
何が”善良な野生の猫”だ。
それにしてもおかしな点だらけだ。
種族:ILIM? ってどういうことだ?
戦闘中に見た時はクエスチョンマークなんて無かったぞ。
膂力が人並みになってるのは恐らく精神エネルギーや魔素が完全に抜けたからだと思うが、併せて構成要素が不明100.0%になっている。
これじゃ何もわからないのと変わらないな……
この魔術は改良の余地あり、だ。
それはともかく、と。
「七海、解析してみたけど、やっぱりコイツはファロールで間違いないみたいだ。消そう!」
『げげっ! そんなに前向きな表情で”消そう”だなんて、ただのドMだと思ってたら意外なドS発言! ちょっと待つにゃ! きっと話し合いの余地はあると思うにゃ!』
「そんなものは無い」
七海が腰の剣に手をかける。
『すとっぷ! すとっぷにゃ! 理不尽にゃ! 確かにエネルギー満タンで調子に乗ったのは謝るにゃ! ”我”とか”ニンゲン風情”とか偉そうに言ってごめんなさいにゃ! でも、ボクはまだニンゲン誰も殺したことないにゃ! むしろ宿主に関してはボクが救ったくらいにゃ! 感謝される謂れはあっても殺されるのは承服しかねるにゃ!』
「……アキトを救った? ……どういうことよ?」
七海は手を剣にかけたまま問い質す。
『あんた…あ、お姉様にフランスで追い詰められて、にっちもさっちもいかなくなったボクは気付いたらよくわからない空間にワープしてたにゃ。で、物凄い大きなエネルギーを感じたからそっちの方に向かっていたら、いきなり放り出されて、気付いた時には目の前にニンゲンがいたにゃ。そしたら、いきなり大爆発が起きたにゃ。
ボクは目の前にいたニンゲンに取り憑いて避難しようとしたけど、爆発に巻き込まれてニンゲンがいきなり死にそうになるから、そこら辺に漂ってた魔素とかいうエネルギーを吸収してニンゲンの防御に使ったにゃ。魔素は結構たくさんあったからなんとかなったにゃ。
その後、そのニンゲンがいい感じに絶望してたからこっそり取り憑いたにゃ。それが宿主にゃ。われながら良い仕事だったにゃ。そういうわけでボクは宿主の命の恩人……恩猫にゃ!』
なんだって……?
僕がILIMに命を救われた……?
確かに不自然だとは思ってた。
あの灼熱の嵐の中で、なぜ僕だけが生き残れたのか。
無限機関から大量の魔素が吹き出していたのに、なぜ僕には影響が無かったのか。
理由は、ファロールが僕を守ったから……だと?
しかも、たまたま目の前にいたのが僕だったから?
じゃあ……じゃあなんで……
「じゃあなんであの時サティを助けなかったんだよ!! いただろ! 僕よりも守られるべき人間が! 自惚れた法魔術師よりも生きるべき人間が! なんでだ! 答えろ! 答えろよファロール!!!」
『ご、ごめんなさいにゃ……いきなりだったから、目の前の宿主と自分を守る以外のことは考えられなかったにゃ……許して欲しいにゃ……』
「くそっ……どうして僕なんかを……サティじゃなくて僕なんかを……」
「落ち着きなさい、アキト」
七海の透き通った声で我に返る。
そうだ、取り乱してはいけない。
七海に言われて冷静さを取り戻すようでは、今後彼女を守り続けることなんかできない。
ただ、同時に気付いたこともある。
僕は七海のために生きると誓った。
その考えに迷いはない。
しかし、それがイコールで自分の罪が許されることになるわけではないのだ。
当たり前のことだが。
罪は罪として、僕が背負うべき問題だ。
そして無意識のうちに償う方法を探している。
サティじゃなく僕が生き残ったことを後悔しているのがその証拠だ。
今のはそれをファロールのせいにしようとしただけ。
それは間違っている。
僕は僕なりの、贖罪の道を探さなくてはならない。
サティに対しても、15万もの人々に対しても。
そのためには、やはり僕自身が真実を知る必要があると思う。
あの日、一体何が起こったのか。
「ごめん七海、もう大丈夫だ」
「ならいいわ。それよりさっきのコイツの話、アキトは本当だと思う?」
「おそらく嘘は言っていないと思う。それ以外に僕が魔素の影響も受けずにこうして生きている理由が見つからないし」
「そうなのね……ただ、コイツの話が本当だとすると、不可思議な点も出てくるわ。私はコイツの後を追ってジャンプしたのに、アキトの元に出るまでに2ヶ月以上もの時間差があったわけだし。次元が時間的に歪んでた、って言われればそれまでだし、追求のしようもないけど。ま、それはいいわ。とりあえずコイツ、どうするべきかしら?」
時間差については些細な問題だと切り捨て、まずは現状の対処について七海が尋ねる。
僕は少し考えた後、こう答えた。
「……僕が生きているのはソイツのおかげなのかもしれない。でも、七海を殺そうとした以上、ソイツを許すことは僕にはできない。ただ、利用価値はあると思う」
『にゃ! 宿主! それはあんまりにゃ! 命の恩猫を利用だなんて!』
「あんたは黙ってなさい」
『ぶぎゃ』
七海に再び踏みつけられたファロールが変な声を出す。
「ファロールが本当に魔素を吸収できるなら利用価値はある。あの日、学術都市全域で魔素が発生したのは間違いないし、それが原因で多くの人の体に悪影響を及ぼしている可能性は高い。ファロールを調べれば、もしかしたら解決の糸口が見つかるかもしれない」
「なるほど。じゃあ決まりね」
そういって七海は一息に剣を抜いた。
ファロールの顔に突きつける。
『ひいっ!』
「おい、猫もどき。感謝しろ。お前に利用価値があるうちは生かしておいてやる。だが、私たちを裏切って逃げようとしたり、攻撃しようとするなら、即、殺す」
七海がどうみても悪役にしか聞こえないセリフでファロールを脅している。
ちょっとどころじゃないくらい怖い。
彼女が味方で良かった……
まぁ、こちらとしては一度殺されかけてるわけだし、これでも優しすぎる処置だとは思うが……
『わ、わかったにゃ! 言うこときくにゃ! だから命だけは勘弁して欲しいにゃ!』
コイツはコイツで完全に小物と化している。
戦闘中の迫力はどこへ行った。
立場が逆転するとは正にこのことだろう。
「一応、拘束用の魔術もかけておく?」
念のために七海に聞いておく。
「ええ、お願いするわ」
「わかった」
僕は黄の書を開く。
「式句:主従契約。対象:ファロール。詳細:主を……アキト・リブロとす。起動」
少し迷って、僕は自分を主、ファロールを従として契約を結ぶ魔術をかけた。
いわゆる、隷属の魔術だ。
サーカスなどで動物を使役する時に使う。
従の動物が、主の意志に反する攻撃行動や逃走を図った場合に、体をマナの鞭で拘束して動けない状態にする。
これも王都からの依頼で僕が開発した。
意気揚々と開発できる類の魔術ではなかったが、王都からの依頼を断るわけにもいかず、しぶしぶ完成までこぎつけた、という代物だ。
こんなタイミングで役に立つとは、開発中は思ってもいなかった。
主に七海ではなく僕を選んだのは、この得体の知れないILIMについての責任は僕が持つべきだと考えたからだ。
僕の行った実験や負の感情によって暴れたコイツに責任を持つべきなのは、間違いなく僕だろう。
黄色の光がファロールを包み、やがて消えた。
「これで大丈夫。僕が念じさえすれば、コイツは動けなくなる」
「わかったわ」
ようやく七海がファロールを解放した。
『わざわざ魔術なんてかけなくても大丈夫にゃ。ボクはお二人には逆らいませんにゃ』
そう言いながら、ファロールは僕たちからじりじりと距離を取ろうとしている。
早速かよ。
わかりやすすぎる性格だな。
(拘束)
『ぎにゃっ!』
ファロールが潰れる。
マナの鞭がヤツの全身を縛り付け、押さえ込んでいる。
思わぬ実証実験ができた。
「まったく、油断も隙もないヤツね」
七海は再びファロールを強かに踏みつけた。
なんというか、ファロールが小物すぎてだんだん哀れになってくる。
僕としてはどう接するべきか、まだ明確な答えが見つからない。
僕の命を守ってもらったのも事実だし、七海を殺されそうになったのもまた事実。
なんとも複雑だが、魔術が効いている限りこれ以上危害を加えられることもない。
ファロールへの対処の仕方についてはおいおい考えていくとしよう。
今はまだ、やるべきことが残っている。
僕はシヴァ始め、倒れている軍人たちの元へ向かった。




